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〈レビュー〉ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団 第65回定期演奏会


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レビュー

11月3日(日)、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第65回定期演奏会が開催されました。「Concert’Opera~音楽とお芝居、映像の新しいかたちのコンサート・オペラ~」として、J.ハイドン作曲『薬剤師/Lo Speziale』を関西初演。公共ホールの芸術プロデューサー、音楽関係の文筆業、クラシック音楽のステージマネージャーなどを務める音楽評論家、小味渕彦之さんから公演レビューが届きました。

《関西初演》J.ハイドン作曲『薬剤師/Lo Speziale』原語(イタリア語)上演・字幕

 ハイドンのオペラを観る、そして聴く機会は、これまで日本ではほとんどなかった。エステルハージ家の宮廷楽長として、消失したものも含めると20作以上ものオペラを書いたことは知られていても、なかなか実際に取り上げられる機会は少なかった。近年は再評価も進み状況も若干は変化していて、欧米でも上演機会が少しは増えている。

 大阪音楽大学では近年、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の定期演奏会の中で、「Concert'Opera~音楽とお芝居、映像の新しいかたちのコンサート・オペラ~」として比較的上演機会の限られているオペラ作品を取り上げてきた。今回はハイドンの《薬剤師》が選ばれた。ハイドン作品を取り上げるのは2022年の《無人島》に続く2作目で、次回もハイドンの《月の世界》の上演が予定されている。まだまだ接する機会の少ないハイドンのオペラに、こうして触れることができる機会が設けられることは、非常に意義深い取り組みだと言える。

 《薬剤師》は1768年の作曲で、エステルハージ家の別荘であるエステルハーザに完成したオペラ劇場の柿落としを飾った。老人の薬剤師のセンプローニオ(清原邦仁)は、自身が後見人となっている若い女性のグリレッタ(内藤里美)と結婚したくてたまらない。実はグリレッタは、センプローニオの助手であるメンゴーネ(中川正崇)と恋仲である。一方、グリレッタに憧れるヴォルピーノ(村岡瞳)は金持ちの青年で、女性が演じるズボン役だ。4人の歌手が繰り広げる、隅から隅まで、すったもんだのドタバタ喜劇。

 セットは4本の柱を軸にしたシンプルな設えだ。ピットが浅く作られたため、冒頭の〈序曲〉から明確にオーケストラの響きが届けられる。弦楽器の編成が6型のオーケストラが、牧村邦彦の指揮のもとでキビキビと動いた。〈急-緩-急〉の定形を持つ序曲は、ハイドンらしさ満載の端正な響きの造形が連なる。

第1幕

左からメンゴーネ(中川正崇)、ヴォルピーノ(村岡瞳)

 第1幕はメンゴーネが張り切って歌ったアリアから。コミカルな味わいが最初から隅々まで意図されている。演出の井原広樹が創った世界は喜劇でありながらも、人間の機微が細やかに描いていて、それだからこそ、物語から真実味が浮かび上がった。ピットの前の客席最前列前の通路を宝塚歌劇で言う「銀橋」のように使って、まさに「客席とスターとの距離を縮め、舞台空間に奥行きを与える」役割が与えられる。ここでセンプローニオがゴシップ紙を手に客席の聴衆へちょっかいを出すのがツボにはまった。時事ネタも盛り込んで面白さ爆発だ。メンゴーネは薬の調合を面白おかしく説明する。すすめられるまま薬を飲んだヴォルピーノはショックのあまり仮死状態。グリレッタと話すために自身で持ってきた偽の処方箋のワナにまんまと自分がかかってしまった。グリレッタのアリアで「美しいヴォルピーノ様、あなたは変わり者でいらっしゃる。確かにあなたは美しい。でも私の好みじゃありませんわ」とあしらわれてしまって、その後のヴォルピーノが歌う恨み節が映えた。グリレッタとメンゴーネは仲睦まじく歌うが、「やるじゃないかお二人さん」とセンプローニオが乱入して、せっかくのランデブーが台無しに。バタバタのままに幕となった。

左からヴォルピーノ(村岡瞳)、メンゴーネ(中川正崇)、センプローニオ(清原邦仁)

第2幕

左からヴォルピーノ(村岡瞳)、グリレッタ(内藤里美)

 第2幕はセンプローニオのうなされた声から始まる。聴こえてくるのは「びっくり交響曲」の一節かも(?)。シャンデリアの炎がゆらめき、あやしい雰囲気がただよった。センプローニオとヴォルピーノが画策して、どうにかしてグリレッタの気を引こうとすったもんだ。都合のよいことに、グリレッタはメンゴーネの態度が煮え切らないことに業を煮やし、ヴォルピーノと結婚すると言い出して大喧嘩する。「愛は終わったの」と言われて、やけになるメンゴーネ。そこにセンプローニオがグリレッタとの結婚証書を作ろうとする。偽の公証人2人が登場して、またここでもドタバタなのだが、混乱するこのフィナーレがハイドンの才気煥発たるもの。派手さはないものの、それぞれの心情の交錯が鮮やかに描かれていて、この日の演奏も四人の歌手を軸に見事なものとなった。

左からヴォルピーノ(村岡瞳)、メンゴーネ(中川正崇)

第3幕

左からメンゴーネ(中川正崇)、グリレッタ(内藤里美)、センプローニオ(清原邦仁)

 第3幕は短く、未完であり補作された楽譜が使われた。今回は劇場の緞帳が下ろされて、その前での芝居から始まる。字幕装置が隠れるから、ここではプロセニアムアーチの上部に投影された。古典派の時代に大流行したお決まりのトルコ趣味の賑やかな音楽から。「ペストには強壮剤が効果絶大」とはキワドイが、トルコでペストが流行って王が高収入で薬剤師を雇うという話をヴォルピーノがセンプローニオに吹っかけた。緞帳が上がって、ドニゼッティの名アリア“人知れぬ涙”の一節が聴こえてくるのも面白い。もちろんセンプローニオは騙されているのだけども、すっかりその気になって、仲直りしたメンゴーネとグリレッタの結婚もあっさり認めてしまう。最後は愛の神様をみんなで賛美して大団円のハッピーエンド。

 舞台上演ではないものの、演奏会形式の新しい形を目指して工夫を凝らした上演形態が回数を重ねて熟成してきた。セットは簡素でありながらも、映像(久保田テツ)が存分に役割を果たし、いつもながらに美しく陰影を浮かび上がらせる原中治美の照明が上演を支えた。ハイドンのオペラに触れるという体験だけでなく、オペラを観て聴くよろこびを感じられたことが貴重だ。

Text / 小味渕彦之(音楽評論家)Photo / 上田浩江

Ⓒ樋川智昭

小味渕彦之(Hiroyuki Komibuchi)
1971年大阪生まれ。関西学院大学、および同大学院で音楽学を学ぶ。関西地方を中心に演奏会のために曲目解説を執筆するほか、「サマーミュージックフェスティバル大阪」、武満徹の合唱作品を中心とする演奏会など、コンサートのプロデュースも手がけている。「朝日新聞(大阪本社版)」などで演奏会の音楽評を担当。また、ステージマネージャーとして数多くの演奏会に携わってきた。1999年から2023年まで、住友生命いずみホールのステージマネージャーを務めた。2023年から豊中市立文化芸術センター総合館長。 関西学院大学、大阪芸術大学、武庫川女子大学非常勤講師、同志社女子大学嘱託講師。