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〈レビュー〉第36回学生オペラ「ドン・ジョヴァンニ」


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研究生によるレビュー

〈大阪音楽大学大学院を修了後、専門分野を研究し続けている「研究生」。本記事では研究生が観覧したコンサートレビューをお届けします〉

大阪音楽大学が誇る劇場、ザ・カレッジ・オペラハウス。ここは一年を通してさまざまな音楽が奏でられる場として機能しているが、そのなかでも花形となるのはやはりホール名にも冠されているオペラの公演だろう。大阪音楽大学の声楽はオペラの学びが充実しており、自らの名がオペラのキャストとして載ることを希望する者は、この舞台に立つ日を夢見て学生生活を過ごす。そうした学びの集大成が、学生オペラだ。今回は第36回学生オペラとして上演された「ドン・ジョヴァンニ」の第2日目に伺った。

指揮・瀬山智博の切れ味鋭い〈序曲〉で幕が上がると、最初に出てくるのはこの物語の狂言回しとも言うべきレポレッロ(吉武誠一)。出だしは低音の伸びにやや不安が感じられたが、〈カタログの歌〉以降は伸びやかさが増し、自由な演技でこのストーリーを最後まで引っ張った。

舞台上の大道具として柱などは出てくるが、背景はプロジェクションマッピングのような映像のもの。この背景と照明の組み合わせがよく合っており、フットライトで照らされた群衆の影が背景を蠢くように見えた第一幕のフィナーレは素晴らしい効果を生んでいた。

ドン・ジョヴァンニは現代の一般市民の感覚からすると共感しにくいタイプの主人公。しかしそれでも劇中の人物が彼に惹きこまれていってしまう理由を、今回このタイトルロールを演じた小松大祐が色気たっぷりに演じていたことで、納得感のあるものとして受け入れることができた。ピカレスク・ロマンとしての魅力に溢れていた演技だった。聞くところによると、第1日目のドン・ジョヴァンニ役が不慮のアクシデントで降板したことで、予定外の2日連続の出演だったという。素晴らしい熱演に拍手を贈りたい。

オペラのキャストには音楽とその発音、そして演技を起点とした声の音色などの表現という三拍子が求められる、というふうに筆者は考えている。今回のキャストは誰のどの場面を切り取っていてもそれらの要素ができていたという印象だ。父を喪った哀しい声、婚約者が盗られそうになって怒っている声、死者が蘇り悔い改めよと呼びかける声。そのどれもが、膨大な選択肢のなかから適切なものを選びぬかれたように感じた。また丁々発止のレチタティーヴォのやりとりもイタリア語が自然に操られてるように聞こえた。

井原広樹演出による「ドン・ジョヴァンニ」は、3年前の第33回学生オペラでも上演されている。その際にも感じたことだが、ピストルやゾンビ(?)の登場など汎時代的な味付けがよく、令和を生きる私たちにも身近なものとして引き込まれるものがあった。一幕の終盤で仮面の男女達が客席最前方に登場して舞台を眺める場面なども演劇における第四の壁の破壊と言っていいだろうし、現実と虚構の境目を曖昧にする効果を生んでいた。極め付けは、先ほども言及したプロジェクター背景による騎士長(船本洸)の大映しだろう。これは今後もこの演出で上演されるなら一度は目にしてほしい、衝撃の名シーンだと思う。

騎士長(船本洸)大映しのシーン

オーケストラ・ピットに入る管弦楽団も学生で構成されている。床ごしに伝わってくる学友たちの奮闘をどう感じただろうか。今後プロのオーケストラ奏者になるとしてもオペラの現場に入る機会がどれほどあるのか筆者にはわからないが、同じパルナッソス山の頂を目指すものとして、お互いに高めあう刺激を受ける貴重な機会となったことだろう。なお、第2幕のドン・ジョヴァンニのセレナード〈窓辺においで〉では、声楽卒業生の松永祐子によるマンドリンがオケピから華を添えていた。

舞台での音楽を作っているのはキャストや合唱団・管弦楽団だが、もちろんそれだけではないことにも言及しておきたい。学生では、舞台・衣装・字幕スタッフとして働く声楽専攻生たちや、フライヤーや映像演出を担当したミュージックコミュニケーション専攻生、プログラム・ノートを担当した音楽学研究室生など(後者2つは筆者の出身でもある)。C. スモールによって提唱された「ミュージッキング」という思想では、音楽とは楽譜やそれを演奏する行為だけでなく、その周縁の行為も含めて「音楽する」ことである。その意味では、これらの学生たちはまさしく「ミュージッキング」していたことに胸を張っていい。

幕が降りたあと客席で帰り支度をしていると、幕の向こう側の舞台からカーテンコールを終えた学生たちによるお互いの健闘を称え合う熱い拍手が聞こえてきた。そういった手作り感も含めて「あぁ、学生オペラっていいなぁ」という爽やかな気分で劇場を後にした。

Text / 坂井威文(大阪音楽大学研究生)
Photo / 上田浩江