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NHK大河「べらぼう」オープニングテーマでツィンバロンを演奏


作曲家ジョン・グラム氏と共に

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アーティスト

NHK大河ドラマ「べらぼう」のオープニングテーマは異国情緒漂うハンガリーの伝統楽器「ツィンバロン」の音色から始まり、これから展開される壮大なストーリーへと誘います。演奏するのは、アジア人で初めてツィンバロン・ソリストディプロマを授与された、本学卒業生の斉藤浩さん。起用の経緯、ツィンバロン奏者として、また音楽家としての思いをご寄稿いただきました。

ツィンバロン奏者の斉藤浩さん

NHK大河ドラマ・ガイド「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~前編」(NHK出版)。斉藤さんやツィンバロンについても紹介


作曲家からオファー、ツィンバロンに託された思い

ハンガリーの作曲家ゾルターン・コダーイの作品の中で、極めて人気があるのが「ハーリ・ヤーノシュ組曲」。この組曲の中には、どうしても外せないツィンバロンというハンガリーの伝統楽器が出てきます。

私は留学を終え、帰国してから、たくさんのオーケストラとこの曲を共演してきました。その中で、2023年11月10日・11日にNHK交響楽団第1995回定期演奏会にてN響さんとご一緒させていただくことになりました。オールハンガリープログラムで非常に盛り上がった演奏会となり、NHKクラシック音楽館やFMベストオブクラシックでも放送されて好評を得ました。

ハンガリーの伝統楽器「ツィンバロン」

そのご縁で2024年5月、初演作品ばかりを演奏する「N響 Music Tomorrow 2024」にも呼んでいただくことになるのですが、この演奏会がさらに大きなご縁となって、大河ドラマ「べらぼう」のオープニングテーマの中に是非ツィンバロンを!という作曲家ジョン・グラム氏からのオファーがきたのです。子供の頃から「いつか大河ドラマのオープニングで演奏してみたい」という夢が叶ったわけです。

レコーディングは10月1日と決まっていましたが、ツィンバロンのスタジオへの運搬、調律等のため前日入りして作業していたところ、スタジオにジョン・グラム氏が登場。ツィンバロン談義に華が咲きました。ジョン・グラム氏曰く「ツィンバロンは西洋と東洋、世界をつなぐグローバルな楽器」。私にとって、とても嬉しい言葉でした。

大河「べらぼう」のオープニングテーマはツィンバロンから始まります。フルスコアを見せていただくと、驚くほどの大編成。NHK放送局の巨大スタジオにN響さんビッシリ、大音量。下野竜也氏のエネルギッシュな指揮と相まって、壮大なサウンドのオープニングテーマのレコーディングとなりました。

巨大なスタジオで行われたレコーディング

収録リハーサルの様子

ジョン・グラム氏が大河べらぼうのメインテーマ曲【Glorious Edo】を作曲するにあたり、ツィンバロンの楽曲上の立ち位置について、ご自身のサイトにこのように書いておられました。

― ジョン・グラム氏のサイトからの抜粋 ―

『このメインテーマでは、蔦重という一人の人間の物語、その旅路を緩やかに描き出しています。まず、異国情緒溢れるツィンバロンの音色が聞こえてきます。これは蔦重が初めて挑戦するきっかけとなった、ひらめきの音でしょうか?それとも、どんな芸術が人々を魅了し感動させるのかを敏感に感じとる、蔦重の才能を暗示しているのでしょうか?その「兆し」の後には主旋律が続きます…』

公式サイト▸https://johngrahammusic.com/gloriousedo

ツィンバロンは「ひらめきの音」「蔦重の才能の暗示」「兆し」。そうだったのか…。フルスコアを初めて拝見した時には、ツィンバロン以外のパートは躍動感溢れ、いかにも江戸の活気を感じさせるものでした。「なぜ曲冒頭からツィンバロンだけ、少し寂しげな妖しげな雰囲気なんだろう?」そう思っていただけに、ジョン・グラム氏のサイトを拝見し、このメインテーマでジョン・グラム氏の意図するツィンバロンの音色の意味が伝わって来て、胸が熱くなりました。

メインテーマ【Glorious Edo】の音楽そのものにも、実は大きな大きなストーリーが詰まっていたのです。

作曲のジョン・グラム氏(中央)、指揮の下野竜也氏(右)と共に

ディプロマ取得者として、音楽家として

私は大阪音楽大学の学生の頃、音楽家の坂本龍一さんのように「映像に音楽をつけるような仕事がしたい」と思っていました。ちょうどその頃、ラストエンペラーという映画があり、メインテーマにはオーケストラと中国の二胡(中国の胡弓)が使われていました。オーケストラの中に中国の伝統楽器をフィーチャーして、グローバルなエンターテイメントの世界観を作り上げていく坂本龍一さんは憧れの存在。私もツィンバロンとオーケストラでいつか映画音楽を作ってみたいと夢を描いていました。

卒業後は3年間作曲学科の助手をし、いざ社会人となり、ハンガリーへの留学も考えていた頃…。阪神淡路大震災が起こったのです。私はツィンバロン以外のものをほぼ失ってしまいました。もちろん留学も諦めなければなりませんでした。社会人として6年間、7つの仕事を掛け持ちし、なんとか震災前の生活レベルに戻った頃、「このままでいいのだろうか」と疑問に感じ、全ての仕事を辞め、ハンガリーへ留学することを決めました。

ハンガリーでの留学生活はとても厳しかったけれど夢のような毎日でした。生活の中に音楽が溢れていましたから…。留学3年目にハンガリーはEUへ加入することになり、毎日のように制度が変わったり、物価が上がったり、大変な時代ではありましたが、現地でしか経験できないこともたくさんあり、本当に充実した毎日でした。

留学中に出演したオペラ「ハーリ・ヤーノシュ」のバックステージにて(ハンガリー国立エルケル劇場)

留学中の2004年「バラッシャジャルマト国際コンクール」第1位受賞。
師匠ヘレンチャール・ヴィクトーリア女史(世界ツィンバロン協会会長)と共に

そしてツィンバロン奏者としてのディプロマ取得のために最後の2年間は毎週ハンガリーとスロバキアを行き来して、ようやく卒業。アジア人初のツィンバロン奏者としてディプロマを授与されることになりました。5年間の留学を終え、帰国した時には私はもう36歳になっていました。

帰国直後からサントリーホールサマーフェスティバルをはじめ、各地のオーケストラとも共演させていただき、演奏家として軌道にのりはじめました。また講師としても、いくつかの大学で講義をさせていただいていました。中でも毎年訪れていたのが岩手大学。私は岩手に行くと、必ず岩手県内でいくつかコンサートをするようにしていました。そんな中で起きたのが東日本大震災。私が2010年にリサイタルをした岩手県大船渡市にあるリアスホールは、開館してたった数か月で被災…。音楽ホールとしてではなく避難所として使われていました。

私は、生まれ故郷の松江市も、ハンガリーもスロバキアも、そして岩手も自分の故郷のように感じていたので、なんとかしなければ、という想いでいっぱいでした。1年に数回、自車にツィンバロンを積み込み、車中泊をしながら、三陸地方の仮設住宅を1日3軒ほど周って2018年まで復興支援コンサートを続けました。

自分自身も阪神淡路大震災で被災して辛い思いをした経験が、被災地のために何かしたいという想い=復興支援コンサートの形になり、8年間も続けてこられたのかもしれません。

好奇心をくすぐるツィンバロンの細部

それに加え、自分が生まれて初めてツィンバロンを目にした時のことがいつも思い出されるのです。「なんなんだ、この楽器は?綿の巻いてあるバチで弦を叩いて、しかもすごくきれいな音。もっと聴いていたい。この楽器のことをもっと知りたい。できることなら触ってみたい…」ツィンバロンとの初めての出会いはまさにカルチャーショックでした。好奇心、驚き、感動…それは生きる力につながるのだ、と私は感じていたのです。

被災した地域に住んでおられる人たちにとって、「初めて見る楽器…どんな音?バチで叩いて音を出すんだ。きれいな音だなぁ…」なんて感じてもらえることが出来たら、少しの時間でも日々の大変さから救われるのではないか、と思っていました。私は子供の頃に両親にこんなことを言われたことがあります。

「あなたが自分の為だけに音楽をするのであれば、すぐにやめなさい。そうでなく、誰かを助けたり、世の中の役に立つような音楽活動を目指すなら、私たちはあなたを応援するから」

今でも、この両親からの言葉は自分が音楽家として生きる指針ともなっています。音楽家として、しかもアジア人で初めてツィンバロン奏者としてディプロマを頂き、母国日本でひとつひとつの演奏を大切にしなければならない責任を感じています。ただ、それだけでなく、自分の音楽活動で何かささやかなことでも社会に貢献できることを継続していきたいと思っています。

名古屋フィルハーモニー交響楽団第524回定期演奏会「さよならの哀しみ」にて、「ハーリ・ヤーノシュ組曲」のソリストとして出演
(2024年6月 愛知県芸術劇場コンサートホール)

世界に目を向け、音楽の力信じ邁進

2025年1月5日に始まった大河ドラマ「べらぼう」。今年は放送100年、大河ドラマとしては64作目になるそうです。そして大河「べらぼう」はグローバル放送として世界に発信されることになりました。そのオープニングメインテーマの冒頭にツィンバロンが出てくるというのはなんというか少し照れくさいところもありますが、日本ではこれまでツィンバロンという楽器自体がなかなか認識されず「チェンバロン?」「チョンバリン?」と楽器名すら覚えていただけない状況でした。作曲家ジョン・グラム氏との出会いにより、メインテーマに起用されたことで、一気にツィンバロンという楽器の認知度があがりました。また「芸術楽器のひとつ」として見てもらえるようにもなりました。

大河「べらぼう」は、ご存じのように吉原出身の蔦谷重三郎が浮世絵をもとにメディア王になっていくストーリーです。ジョン・グラム氏が私に伝えてくれました。「音楽はグローバルなんだ。ツィンバロンもグローバルな楽器。浩の演奏したツィンバロンが映像やそれを見ている人のイマジネーションをどれほど膨らませているか考えてみてごらん?」と。

どんなジャンルの音楽であっても、どんな楽器でも、もはやグローバルな時代。お互いがリスペクトすることで、音楽が世の中に与える影響はもっと大きくなっていくと思います。自分の信じた大好きな音楽を継続していくこと、それが夢の実現につながると思います。

私は2年前から続けている活動があります。それは「戦時下の子供の命を守る」ためのコンサート。寄付を募り、ユニセフを通じて送金しています。私がやろうとしていることは「戦争でどちらが正義、どちらが悪」のような善悪の判断ではありません。「何も悪いことをしていないのに、将来に不安をもって怯えながら生きている将来を担う子供たちを救いたい」、そういった活動も続けていきたいのです。これからも自分自身のソロ活動、オーケストラとの共演…それに加えて、災害のあった地域へささやかでも何か役に立てるような活動、戦時下の子供の命を救う活動を続けていこうと思っています。

大河「べらぼう」の主人公、蔦谷重三郎が、吉原から世界を見渡す人生を送ったように、後輩の皆さんにも、是非、いちはやく世界に目を向けて、世界中の音楽に(世界中の人々の鼓動に)グローバルな感覚を持って触れていってほしいと思います。

Report & Photo/斉藤浩

斉藤浩(Hiroshi Saito)
アジア人で初めてツィンバロン・ソリストディプロマを授与された打弦楽器奏者。クラシックだけでなく、中欧の民俗音楽、ジャズ、映画音楽、現代音楽にいたるまで、レパートリーは広く、日本を代表するツィンバロン奏者として注目されている。大阪音楽大学作曲学科卒業後、ニューアーティストオーディション'91ファイナル(SONY MUSIC、FM TOKYO主催)にて審査員奨励賞受賞。日本ハンガリー友好協会の推薦によりハンガリー政府給費留学生としてブダペストに留学し、2003年にエチュード音楽院ツィンバロン科首席卒業、ディプロマ取得。その後、ハンガリー国立リスト音楽院を経て学長特別推薦によりスロバキア国立バンスカビストリツァ芸術アカデミーに編入し、2006年首席卒業。アジア人で初めてツィンバロン・ソリストディプロマを授与された。2004年、バラッシャジャルマト国際コンクール第1位。これまでにツィンバロンを世界ツィンバロン協会会長ヘレンチャール・ヴィクトーリア、またサカーイ・アーグネシュ、セヴェレーニ・イロナ各氏に師事。

【演奏歴】2003年、2004年にはブダペストにおいてELTEコンサートオーケストラと共演。2006年3月スロバキアデビューリサイタル、5月にはソリストとして、スロバキア国立バンスカビストリツァオペラハウス管弦楽団と共演。ハンガリー国内はもとよりスロバキアやチェコからの招聘により、数々の国際音楽祭に出演。2007年には、チェコ・ヴァラシュスケーメズィージチ国際コンクール&フェスティバル、岩手大学、城西大学、大東文化大学からも招聘され、特別講師として講演、演奏を行う。日本国内においてもNHK交響楽団はじめ数々のオーケストラと共演。2019年、日本ハンガリー国交150周年イベントとして、武蔵野音楽大学ベートーヴェンホールにてハンガリー・ジュールフィルハーモニー管弦楽団と共演している。2024年5月にはNHK交響楽団『Music Tomorrow 2024』にてエトヴェシュ・ペーテル「マレーヴィチを読む」の日本初演にも関わった。ソロリサイタルもハンガリー国内だけでなく日本各地でも開催し、好評を得ている。 西村朗氏より献呈された「ツィンバロンのための伝説曲」を2011年4月、名古屋電気文化会館でのリサイタルにて世界初演。このリサイタルはサントリー芸術財団の推薦コンサートに選ばれた。盛岡彫刻シンポジウムにて彫刻とコラボレーションをしたのがきっかけで、毎年岩手県から招かれている。2011年10月には平泉国際交流展「アートをつなぐ」音楽会にも招聘された。

【リリース】2003年に1st アルバム「Csardas ~ クラシックツィンバロンによる名曲集」、2007年2nd アルバム「Fantasia ~ ツィンバロンリサイタル」、2016年に3rd アルバム「HOMELAND~あの輝ける海へ(全曲オリジナル)」、2023年に4th アルバム「Life」

【その他の活動】2022年7月、ツィンバロン&バイオリンデュオ ヒロシンタ HIROSHINTA (斉藤浩 cimbalom / 水野慎太郎 violin)デビュー。平和のための音楽活動を開始。スロバキア国立バンスカビストリツァ芸術アカデミー特別セミナー講師。アンサンブル・バラトン主宰。および、Cimbalom Art Japan 代表。