闘うピアニストに学ぶ「自己実現のセオリー」②
国際的ピアニストとして多方面で活躍されている、大阪音楽大学准教授の赤松林太郎さん。この連載では、音楽家も意識すべきSNS戦略をはじめとするビジネスマインドや情報収集の手法、セルフプロデュース術を、“闘うピアニスト”赤松さんの経験に基づくお話からひもときます。第2回のテーマは「SNSと情報の活用法」です。(全5回連載)
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第1回「コロナ禍での闘い方」
第1回「コロナ禍での闘い方」
【第2回】SNSと情報の活用法
同時代でも、生まれたときに何を手にしているかの差は大きい
ことSNSに関していえば、僕自身も時代遅れです。昭和生まれですから、生まれたときからスマホやタブレットを持っている今の学生とは、情報のキャッチ力が全然違う。それって音楽も一緒で、同じ古典派でも、チェンバロから入ったハイドンと早いうちからピアノに触れていたベートーヴェンでは全然違いますから。同時代でも、生まれたときに何を手にしているかの差は大きいです。
逆に言うと、僕にとってはまだ今のものが輝いて見える。5円の駄菓子屋とかダイヤル式の電話から始まっている世代ですからね。新しいiPhoneやタブレットは全部が目新しく、手に入れたいと思うけど、若い彼らにとってはそれが生活の一部。服を着るのと同じような感覚なんでしょうけど、僕たちにとってはまだアクセサリー的なものに感じられますよね。欲しくなるからこそ、意識的に情報を得ようとしているのかもしれません。ベートーヴェンがiPhoneのある時代に生きていたら、さぞかし毎日が慌ただしかったことでしょうね。
今の子たちは、コンサートには来ていなくても、インターネットで僕の演奏を見たことがあるという人が結構多く、実際に会うと“生赤松先生”のように“生(なま)”という表現がつく。リアルとネットで世界が二分しているということでしょう。だから両方でバランス良く存在することが、演奏家としての僕の生きていくべきスタイルだと考えています。ただ、リアルにせよネットにせよ、僕にしかできないこともたくさんあります。例を挙げると、世界的なピアソラ編曲家である山本京子さんが僕のために書いてくれた編曲譜は、僕が披露しないことには世界に発信できません。ならば、どう見せるのが最も効果的か。そういったことを常に考えながら活動をしています。
適切な情報をきれいに流すことが、SNSでの発信で重要なこと
SNSで学生の信頼を得るのは重要なこと。アメリカでは生徒が先生の評価をすると聞いたことがあります。成績判定は学校という組織では必要ですが、芸術家としての師弟関係を結ぶには、僕たちがジャッジされる側に敢えて立つというのも大切。さらされる立場になるために、僕はInstagramを活用しています。するとたくさんの人が問い合わせ、レッスンやコンサートに来てくださるようになりました。
インスタでは、自分の練習風景や生徒に承諾を得たレッスンの様子を、1~2分ほどの動画にして投稿し続けています。すると先日、初めて来た学生から「いつも赤松先生のインスタを見ていてレッスンを受けたかった」と言われました。こういった流れは、「いつも○○ちゃんから先生の話を聴いていて…」という口コミと同じように、新たな受講者との出会いにもつながります。
もともと僕は自宅レッスンを行っていませんでしたが、コロナ禍になり、楽器店や大学も使えなくなったため、Twitterで告知したところ40人ほどの希望が集まりました。わざわざ電車を乗り継いでこんな六甲山の裏まで来てもらえるかという心配もありましたが、今では全国で約 200人の生徒を抱えています。長年、組んでいる楽器店も含め、関西での開催地は4つ。東京でも以前から会員制のレッスンを行っていましたし、札幌では10年以上続いています。そのような流れで、世界に向けたピアニストを育成しようと、「ジャパンリストピアノアカデミー」を2022年2月に設立。コネクションを持っている元教え子に構想を話したところ、準備を進めてくれました。スピード感は大切です。
自分の仲間や理解者を増やすこともとても大切です。数がないと勝負できないこともありますからね。そのためにもSNSを活用し、適切な情報をきれいに流すことが重要。「自分はこういうことを発信したい」ということだけではなく、社会や時代のニーズを把握しなければなりません。
たとえば動画。動画を観てもらえるのはせいぜい1分ほど。1分で何が完結できるのと思っても、1分以上は観てもらえないんです。YouTubeで流す30分の動画をつくっても、視聴数は伸びません。1分では伝えきれないと思うかもしれませんが、1分を100本つくれば100分でしょう。でも「100分じゃないと成立しないから100分つくります」という人が、とくに教育機関には多い。いくら100分でつくっても、見られなかったらゼロのまま。でも1分を観てもらえたら少なくとも100分の1は伝えたことになりますよね。
音楽も世界を形づくる現象のひとつ。世界全体を見る必要がある
音楽も世界をつくっている現象のひとつです。たとえばショパン国際ピアノコンクールも、昨年のものは昨年でしかあり得ません。ショパンを弾いている事実は変わらなくても、コロナ禍によってあらゆるSNSが参加した、時代の過渡期にあるコンクールだったと言えます。音楽そのものを見るというより、それを形づくっている社会全体、世界全体を見ていくなかで、今僕たちが扱っているものの価値を知る必要がある。それも音楽家の使命です。
世界全体を知るためには、情報が重要。キャッチの仕方を間違えると、ある一部分の偏ったものしか手に入らなくなります。現在、空中で散らばっている、数多の情報を自分の目でキャッチするためには、歴史的なことも含めて知識が必要です。情報というと、薄っぺらいものに思えますが、イコール知識ですから、すべてが血肉になります。その集積が思考の経験値となり、ある種の形にしようとしたときのフォーマットになっていく。日頃から蓄えておけば、ここは削ぐべきところ、ここは残すべきところというフィルタリングは高度なものになっていきます。情報が多ければ多いほど、フィルタリングの能力は不可欠になりますし、一度削いだものでも「あれは捨てなくても良かった」とごみ箱から戻すなど、応用もできるようになるでしょう。
有益な情報を得て、知識を活用するためにも読書は続けるべき
僕は学生時代から本の虫で、ひたすら本を集めています。担当している大阪音楽大学ピアノ専攻・コースのTwitterでは、「今日の1冊」という形でおすすめの本を紹介していますが、後々にでも学生が興味をもって、「こうやって時代を拾っていけばいいんだ」と学べるツールになればと考えています。
#今日の1冊📚
— 大阪音楽大学 ピアノ(DAION PIANO) (@daion_piano) October 1, 2022
ショパン・エチュードの作り方 作品10
パスカル・ドゥヴァイヨン著(音楽之友社)
全体の軽さを保証するため、回転や手首、前腕のジェスチャーは、ごく近くから明確でしっかり打鍵をしている指の「手助け」でしかありませんし、手助けにとどまらなければいけないのです。(p.80) pic.twitter.com/YhshscdZOx
若いうちにたくさん本を読み、知識を武器にしていくことは、自分がどう生きていくのかの術にもなります。書籍はそれ相応の責任の下で出版されているので、SNSを活用するのと同時に、それらの情報の裏付けを得るためにも、自分にとって幾多もの層を持つ地盤となる本を読むべきです。そうすることで感性もより複雑で、豊かなものになるのです。
なんでもそうですが、先輩は必要です。そういう意味で僕は、本や楽譜の読み方、ピアノの弾き方や教え方といったものに対しては、先輩でありたいと思っています。一方でSNSに関しては後発隊。SNSの海のなかで航海する術はまだまだ未熟です。アマチュアとしてならそれなりの経験値で漕ぐことはできますが、プロフェッショナルではない。スペシャリストに漕ぐ方法を教えてもらうことは、今の子たちに不可欠だと思いますし、そういった講義を大音でも開講しようと尽力しているところです。来年度以降をお楽しみに!
赤松林太郎(Rintaro Akamatsu)
世界的音楽評論家ヨアヒム・カイザーにドイツ国営第2テレビにて「聡明かつ才能がある」と評され、マルタ・アルゲリッチやネルソン・フレイレから称賛された2000年のクララ・シューマン国際ピアノコンクール受賞がきっかけとなり、本格的にピアニストとして活動を始める。
1978年大分に生まれ、2歳よりピアノとヴァイオリンを、6歳よりチェロを始める。幼少より活動を始め、5歳の時に小曽根実氏や芥川也寸志氏の進行でテレビ出演。10歳の時には自作カデンツァでモーツァルトの協奏曲を演奏。1990年全日本学生音楽コンクールで優勝。神戸大学を卒業後、パリ・エコール・ノルマル音楽院にてピアノ・室内楽共に高等演奏家課程ディプロムを審査員満場一致で取得(室内楽は全審査員満点による)、国際コンクールでの受賞は10以上に及ぶ。
国内はもとよりアジアやヨーロッパでの公演も多く、2016年よりハンガリーのダヌビア・タレンツ国際音楽コンクールでは審査委員長を務め、ヨーロッパ各国で国際コンクールやマスタークラスに度々招かれている。キングインターナショナルよりアルバムを次々リリースする一方、新聞や雑誌への執筆・連載も多く、エッセイや教則本を多数出版。メディアへの出演も多い。
現職は、大阪音楽大学准教授、洗足学園音楽大学客員教授、宇都宮短期大学客員教授、Budapest International Piano Masterclass音楽監督、Japan Liszt Piano Academy音楽監督、カシオ計算機株式会社アンバサダー。
世界的音楽評論家ヨアヒム・カイザーにドイツ国営第2テレビにて「聡明かつ才能がある」と評され、マルタ・アルゲリッチやネルソン・フレイレから称賛された2000年のクララ・シューマン国際ピアノコンクール受賞がきっかけとなり、本格的にピアニストとして活動を始める。
1978年大分に生まれ、2歳よりピアノとヴァイオリンを、6歳よりチェロを始める。幼少より活動を始め、5歳の時に小曽根実氏や芥川也寸志氏の進行でテレビ出演。10歳の時には自作カデンツァでモーツァルトの協奏曲を演奏。1990年全日本学生音楽コンクールで優勝。神戸大学を卒業後、パリ・エコール・ノルマル音楽院にてピアノ・室内楽共に高等演奏家課程ディプロムを審査員満場一致で取得(室内楽は全審査員満点による)、国際コンクールでの受賞は10以上に及ぶ。
国内はもとよりアジアやヨーロッパでの公演も多く、2016年よりハンガリーのダヌビア・タレンツ国際音楽コンクールでは審査委員長を務め、ヨーロッパ各国で国際コンクールやマスタークラスに度々招かれている。キングインターナショナルよりアルバムを次々リリースする一方、新聞や雑誌への執筆・連載も多く、エッセイや教則本を多数出版。メディアへの出演も多い。
現職は、大阪音楽大学准教授、洗足学園音楽大学客員教授、宇都宮短期大学客員教授、Budapest International Piano Masterclass音楽監督、Japan Liszt Piano Academy音楽監督、カシオ計算機株式会社アンバサダー。