学校を取り巻く戦時体制

日米開戦を前にした1941年(昭和16年)3月より、学制に関する法律が次々と発令され、学生にとっては厳しい状況へと変化していく。本校学生も開戦後の昭和17年頃より男子の本格的な召集が始まり、女子は徴用へと駆り出されていくこととなる。

1941年(昭和16年)3月

「国民学校令」制定

小学校は国民学校と名称が改められ、年限も8年になり、教科は国民、理数、体錬、芸能の4科になり、音楽は芸能科に含まれた。

8月8日

「学校報国隊編成訓令」公布

10月16日

「大学学部等の在学又は修業年限の臨時短縮に関する勅令」制定

昭和16年度から大学・専門学校・実業専門学校等は在学・修業年限を1年短縮できると定めた。昭和16年は12月に卒業させることを決定。

11月1日

「大学学部等の在学年限又は修業年限の昭和17年度臨時短縮に関する件」制定

昭和17年度からは高等学校高等科・大学予科・臨時教員養成所も含めて6か月短縮する措置を決定。

1943年(昭和18年)1月20日

「高等学校令・大学令改正」公布

高等学校高等科・大学予科の修業年限を2年とし、昭和18年4月入学者よりこれを適用と決定。

1月21日

「中等学校令改正」公布

5年制を4年制へ改正。

3月

「戦時学徒体育訓練実施要綱」制定

体育訓練などを強化して、精神・体力・科学訓練の一体化を図る。

6月25日

「学徒戦時動員体制確立要綱」閣議決定

学校報国団による勤労動員体制の確立を図る。

10月12日

「教育に関する戦時非常措置方策」閣議決定

理工科系および教員養成諸学校学生を除き、一般学生の徴兵猶予を停止。この結果、学徒の全面的な出陣となる。

1944年(昭和19年)1月8日

「緊急学徒勤労動員方策」閣議決定

学徒の年間4か月の勤労動員を決定。

2月

「決戦非常時措置要綱」閣議決定

中等学校以上の学徒に通年の勤労動員を決定。

1945年(昭和20年) 3月

「決戦教育措置要綱」閣議決定

国民学校初等科を除き、学校における授業は昭和20年4月1日から昭和21年3月30日に至るまで原則としてこれを停止することを決定。

5月22日

「戦時教育令」公布

先の「決戦教育措置」の終了期限を定めず、学徒に本土決戦に参加して最後の奉公を義務づけた。