大阪音楽学校報国隊

1938年(昭和13年)、国家総動員法が公布され、1941年(昭和16年)8月8日には文部省より「学校報国団の体制確立方」という訓令が発せられた。戦時下における総力戦遂行のため、学校を軍隊のような組織に編成し、国土防衛、生産、輸送の各方面に組織的な勤労動員を義務づけるものであった。これを受けて、本校も大阪音楽学校報国隊を結成する。

永井校長を本隊長に教職員30名、生徒101名による総勢131名。生徒は74名という大半が女子であった。本隊は3小隊と特技(衛生隊)、特別警備、看護、炊事という4隊で組織され、3小隊の下に各3分隊を置いた。

一応、学校として形を整えた報国隊であったが、実際に稼働することはなかったという。

大阪音楽学校報国隊組織図