永井校長、音楽学校26年の総括

音楽学校が創立より26年を経過するにあたり、この年の4月入学式に、永井幸次は「大阪音楽学校小史並に希望」という文章を著している。

私塾のような状態が10年続いたのち、味原町に近代的校舎を建設したものの、増築にともなう負債が重くのしかかり、かつ高価なピアノなどを購入することの困難を嘆きつつも、文章の最後には「純日本音楽、新歌劇」が生まれ、東亜全体を文化によって導く、と大志を表明している。

この文章を著した時点で、学校にはピアノ30台、オルガン10台あまりという状態であった。「専門学校」に昇格するにはピアノ50台、運動場600坪以上が必要であり、現状では無理であるが、必ずや専門学校に、という決意を文章にすることで自らと学校関係者を鼓舞していたのかもしれない。