学外オペラへの出演

国民歌劇協会とは東京で1939年(昭和14年)、神宮寺雄三郎が「山田耕筰、故青山杉作両師を指導者として、国民歌劇の樹立を目指し、創作歌劇の上演を目的として設立」した団体である。(2003年『日本オペラ史~1952』昭和音楽大学オペラ研究所)

その協会としては2作目にあたる作品、ヴィンチェンツォ・チマッティ作曲オペラ《細川ガラシャ夫人》の大阪公演に、本校の管弦楽団と合唱団が賛助出演した。これは1940年1月に日比谷公会堂で行った同協会公演の再演で、大阪では朝比奈隆が指揮を行った。

オペラ出演とはいえ、合唱団は衣裳をつけて演唱したわけではなく、ステージ下にしつらえたオーケストラピットのようなところで、男子は詰襟姿、女子は黒袖紋付に袴といういつもの式服姿で歌ったのであるが、本校として学外のオペラに出演するのはこれが初めてのことであった。

舞台前方にオーケストラ、その左方に合唱団