大阪音楽学校の演奏会

大正4年の開校から昭和19年に一時閉校を余儀なくされるまで、大阪音楽学校が主催した演奏会は資料から確認できたものだけで65回に及ぶ。大正年間に開催された18回は、大阪音楽学校というよりも実質、永井校長個人の主催のものも多く、その大部分は国内外の著名な音楽家の演奏会が占めていた。当初は本校自前の出演者だけで聴衆を呼ぶことのできる演奏会を開催するのは難しかったためである。

1930年(昭和5年)の開催から回を重ねること9回目のこの年の定期大演奏会は、日頃の研鑽を世に問うべく、それまでの本校主催ではなく大阪毎日新聞社の主催で、しかも大阪(昼夜2回)と神戸の2か所で開催され、演奏会の収益金は新聞社の社会事業団の事業資金に寄附された。

この時の大阪公演については2月21日の大阪毎日新聞紙上に吉村一夫氏が「全プログラムを管弦楽の伴奏をもつてし器楽、声楽の全ての部門にわたる曲目のヴアライエテイの豊かさと、その効果においてまづ満足すべき水準に達してゐることは慶賀に堪へない。」(原文ママ)と批評を寄せている。創立からほぼ四半世紀のことであった。

この当時開催されていた大阪音楽学校の演奏会としては、主に次のようなものがある。

・定期大演奏会(大阪朝日会館、大阪市中央公会堂など)

・創立記念音楽会(大阪府立清水谷高等女学校講堂など)

・卒業演奏会(国民会館、軍人会館)

・演奏旅行(山陰地方、関西、四国、北九州など)

・選科生音楽会(三越ホールなど)

・学期末演奏会(大阪府立清水谷高等女学校講堂など)