《第九》初公演に参加した本校関係者

関西人による第九初公演に参加したソリスト、合唱指揮、オーケストラのコンサートマスター、合唱団メンバーは大阪音楽学校の教員、学生、卒業生であった。京都大学音楽部が企画した、関西洋楽界にとってこの歴史的な公演に本校が参加することになったのは、京都大学オーケストラに在籍していた経験を持ち、本校で教鞭をとっていた朝比奈隆の尽力があったと思われる。朝比奈はこの演奏会に向け、小編成のオーケストラのためにアレンジを行い、自ら第1ヴァイオリンを弾いて、練習の助手も務めている。

10月18日、本校で初めてコーラスとオーケストラの顔合わせがあり、その時の練習ではコーラスメンバーが1列に並ばされて、指揮者メッテルから「アナタタチ、顔アゲテ下サイ。ガクフにノリで顔クツツイテヰマスカ」(当日のプログラム掲載「音楽部日記」より原文ママ)と厳しく指導されたようである。

この演奏会について11月19日の大阪毎日新聞附録京都版には、関西の楽壇の記念すべき日であったと記されており、コーラスについては「初めてとしては上出来だ。唯後で疲れたのは遺憾。今後の努力に期待する」と評価されている。

プログラムには参加者全員の氏名が掲載されている。学校関係者ではソリストの永井八重子(ソプラノ)、コンサートマスターとして田中平三郎、合唱指揮の長井斉、そして150名による合唱には、生徒、卒業生のほか長井が主宰する大阪コーラルソサエティのメンバーも参加していた。音楽学校をあげての協力をおこなった公演であった。

 

150名の合唱団(本学の生徒は学則に従い、男子が黒の詰襟、女子は黒袖五つ紋にオリーブ色の袴を着ていた。それ以外は大阪コーラルソサエティのメンバー)

 

公演のあとの打ち上げ(恵比須町)

 

プログラムより