関西が生んだモダニズム作曲家、大澤寿人

1907年(明治40年)、神戸に生まれる。関西学院専門部を卒業後、ボストンに留学、ボストン大学、ニューイングランド音楽院に学び、ロンドン、パリで研鑽ののち、同時代の音楽家にみとめられ、パリ楽壇デビューを果たす。1936年(昭和11年)に帰国した。

この年、発表公演されたピアノ協奏曲第3番《神風協奏曲》とは当時の最新鋭国産飛行機、神風号にインスピレーションを得て、着手されたピアノ協奏曲であった。作曲時期からも、いわゆる神風特攻隊をモチーフにしたものではない。初演時には大澤自身がタクトをとり、マキシム・シャピロのピアノ、宝塚交響楽団によって演奏された。同時代の欧米の作曲家に比肩する作品を残し、当時の日本国内での評価もきわめて高いものであった。1953(昭和28)年、46歳の若さで亡くなる。

 

1937年(昭和12年)大澤寿人交響大演奏会 プログラム表紙