10月26日 伊達三郎セロ独奏会 (土佐堀基督教青年会館)

伊達三郎は大阪音楽学校教員であるが、チェリストとしてソロ活動、ラジオ放送出演、オーケストラ活動、と大活躍をした音楽家であった。大正期に東京でリサイタルを開くなど大阪や関西に限定されない名声を得ていた。「伊達氏はセリストとして我が国屈指の名手」(昭和5年8月15日 大阪毎日新聞)と写真入りで紹介されている。大正から昭和前期にかけて、彼の名前は、ヴァイオリンの田中平三郎、ピアノの片山(永井)静子、声楽の永井八重子らとともに毎月のように、ラジオ放送プログラムに登場していた。

最後の朝日会館館長(4代目)となった十河厳(そごう・がん)は彼の肖像画(制作年代は不明)にそえて「長い間オーケストラが無かった大阪に、初めて関西交響楽団が結成された時、リサイタル活動を続けていた伊達三郎さんは、喜んで関響の一楽団員として参加し、創始当時の楽団に、どれだけ生彩を添えたか知れなかった」「物静かなチェロイスト〔ママ〕だった。早く亡くなって、全く惜しい人だった」と記している(十河厳著『あの花この花』1977年 中外書房)