5月14日 大阪日日新聞社主催「大阪アマチュア音楽競演大会」開催

前年に東京で時事新報社主催の音楽コンクール(現・日本音楽コンクール)が開催されたが、約1年後、関西でも初めての本格的な音楽コンクールが大阪市中央公会堂を会場に、大阪日日新聞社の主催で行われた。審査委員長を山田耕筰が務め、大阪音楽学校長の永井幸次、金澤塾(大阪で本格的なピアノ教育を行っていた私塾)を主宰することになるピアニストの金澤孝次郎、大阪市音楽隊隊長の林亘など関西楽壇の主だった顔ぶれの25名が審査を行った。

4月30日、三木ホールにおいて70名の参加者で予選を行い、ピアノ8名、ヴァイオリン4名、声楽4名、チェロ2名の合計18名が本選に進んだ。1933年(昭和8年)5月16日の大阪日日新聞には、このときつめかけた聴衆は3千名と記されている。1位に輝いたのは、ラフマニノフの《舟歌》などを演奏した原田千代子という女性であった。