9月14日、12月19日 貴志康一 提琴独奏会

貴志康一(1909〜1937)が2度目の欧州留学、一年半にわたるベルリンでの研鑽を経てからストラディバリウスを携えて帰朝し、朝日会館でリサイタルを開催したのは1931年9月14日のことである。

阪神間のモダニズム文化の申し子ともいえる彼の華やかな生い立ち(大商家に生まれ、阪神、深江村のロシア人ヴェクスラーに師事、甲南高等学校を中退しジュネーブ音楽院に留学)と容姿は、演奏や作曲活動に独特の彩りを添えていたに違いない。

同年12月19日にもリサイタルを開き、新聞記事には「時価5万円の名器を手にする」と記された演奏写真が掲げられ、音楽界のスターとして脚光をあびた様子がうかがえる。ちなみに当時、高価なグランドピアノが500円ほどであった。12月19日の演奏会では、自作《小さな日本組曲》やファリャの《スパニッシュ・ダンス》などが演奏された。1934年(昭和9年)11月にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したことが新聞で大きく報じられることになる。

主要作品に、交響曲《仏陀》、バレエ曲《天の岩戸》、その他、多くの歌曲がある。

9月14日 貴志康一提琴独奏会 プログラム