大阪朝日会館が果たした役割

大阪朝日新聞創業50年を記念して、社会への利益還元の事業の一つとして中之島に建設された大阪朝日会館は、地上6階・地下1階で黒い壁に窓を金色に縁取った、ひときわ目をひく外観であった。4~6階部分が1600席の多目的ホールとなっており、冷暖房、最新の照明、映写装置を備え、当時の音響技術の粋を凝らして作られていた。

会館ができて以降「朝日新聞社会事業団」(現・朝日新聞厚生文化事業団)主催として、内外の著名な演奏家を招いて自主公演を行うなかで、関西で一流演奏家がステージに立つ場合は朝日会館、という時代を築いたことになる。

関西交響楽団(現・大阪フィルハーモニー交響楽団)を育て、固定ファンのための機関誌『会館芸術』を発行、音楽教室を開いたり、勤労者が割安な団体料金で音楽鑑賞ができる全国初のシステムとなった大阪労音(大阪勤労者音楽協議会)を擁するなど、後継のフェスティバルホール(1958年開館、場所は異なる)にその役目を譲るまでの30年あまり、昭和前期の関西洋楽文化の普及に大きな役割を果たした。もちろん、西洋音楽やオペラのみならず、能楽など日本伝統演劇、バレエ、演劇、映画など、ありとあらゆるジャンルがステージに登場した。

朝比奈隆は本学発行の『大阪音楽界の思い出』(1975年)の中で、「朝日会館が登場して、昭和の音楽の聖地となる」とし、その姿を消してもなお「その生命は永久に芸術を愛し文化を尊ぶ大阪の人々の心に生き続けるのである」と述べている。

朝日会館内部(大正15年10月6日 大阪朝日新聞)

「朝日」にちなみ、太陽神ラーを奉るエジプト調のデザインで、緞帳や両脇の柱にはパピルス文書に描かれた絵があしらわれていたという

 

10月29日 近衛秀麿指揮 新交響楽団(現・NHK交響楽団)の関西初公演(大正15年 月日不祥 大阪朝日新聞)

朝日会館における初のオーケストラの演奏会でもあり、ベートーヴェン《交響曲第4番》、ワーグナー楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕への前奏曲、J.シュトラウス《美しく青きドナウ》などが演奏された

『会館芸術』1932年(昭和7年)第5号