大阪の文化的シンボル、大阪市中央公会堂

赤レンガの壁に青銅のドーム屋根が美しい大阪市中央公会堂は、1913年(大正2年)春に着工し、延べ18万4千人の職人と5年の歳月を経て完成した。商都らしく商人(株仲買人、岩本栄之助)の寄付によるものであった。

細部にわたり当時の建築の粋を集めた地上3階、地下1階のネオ・ルネサンス様式のこの建物の実施設計には東京駅などの設計者、辰野金吾らが関わっている。建設以来、コンサートをはじめ様々な催しに利用され、大阪文化の発信地として大きな役割を果たした。

老朽化のため一時は取り壊しの声も出ていたが、大阪市が市民の要望に応えて永久保存することを決定。2002年、3年半を費やした本格的保存・再生工事が完了し、国の重要文化財にも指定された。

音響のよいコンサートホールが数多く存在する現在においても、2006年に始まった「大阪クラシック」(音楽祭)などの催しで、この公会堂が使われるのは、大阪の文化的シンボル、ランドマークとしての存在感ゆえであろう。

その後、大植英次プロデュース「大阪クラシック」の演奏を公会堂で行うことになった大阪フィルハーモニー交響楽団から本学に「公会堂でこけら落としとなった音楽会の最初の演奏曲目は何ですか?」と問い合わせがあった。「こけら落しは、本学の創立三周年記念音楽会で、プログラムの一番目は校歌でした」と答えると、「校歌というのはちょっと大阪クラシックでは演奏できませんね」と困惑されてしまったという逸話がある。