大阪市音楽隊の誕生

明治期から関西の洋楽普及に大きな役割を果たしてきた陸軍第四師団軍楽隊(明治21年、大阪着任)は、軍備縮小に伴い廃隊が決定、3月25日、長年にわたり“公園奏楽”を行ってきた天王寺公園奏楽堂において告別演奏会を開催。プログラムの最後はJ.ハイドンの交響曲《告別》の最終楽章で、奏者が一人ずつ退場していくという演出によって、つめかけた市民に別れを告げた。

同年、6月1日 廃隊を惜しむ声から、隊長林亘氏以下18名からなる大阪市音楽隊として生まれ変わる。以後、1946年(昭和21年)大阪市音楽団として名を改めた。大阪市直営廃止に伴い、2014年4月より音楽監督に宮川彬良氏を、芸術顧問に秋山和慶氏を迎え「一般社団法人大阪市音楽団」として活動を行っている。

大阪市音楽隊の初演奏会 大正12年8月4日、天王寺公園奏楽堂(大正12年8月5日 大阪毎日新聞)