関西におけるベートーヴェン《第九》演奏会

関西でベートーヴェンの《第九》が初演されたのは、1929年(昭和4年)のことである。近衛秀麿指揮、新交響楽団(現・NHK交響楽団)、合唱は東京高等音楽学院(現・国立音楽大学)生徒160名によるものであった。

それから6年半が過ぎ、この年の11月17日、京都宝塚劇場、22日、大阪朝日会館にてようやく京都大学オーケストラとその他、ソリスト、合唱団すべて関西在住のメンバーによる第九が初めて演奏されたのである。京都大学のオーケストラメンバーたちは、京都大学音楽部20周年を記念すべく、まだ実力的に難しいと渋る指揮者、E.メッテルをときふせ、指導をあおぎ、猛練習を経ての公演となった。

当日、京都宝塚劇場は、映画上映を一日休止し、1800名定員の会場には2800名がつめかけ、付近の交通整理のために警察官が繰り出された。

また、第4楽章はJOOK(現・NHK京都放送局)からラジオで全国中継されることになっていたため、第3楽章でいったん演奏をとめ、放送時間にあわせて最終楽章を演奏するという状況であった。合唱指揮者の長井斉は「合唱部が全曲最後の句(略)を歌い終わるや、満堂を揺るがす大歓声が巻き起こり、演奏者は相擁して感激の涙に咽んだことである」と自伝『み翼のかげに -- 合唱音楽と共に歩んで』に記している。

第九の練習風景 指揮者メッテルとオーケストラ(昭和11年11月12日 大阪毎日新聞附録京都版)