大阪勤労者音楽協議会より生まれた労音

労音(勤労者音楽協議会)のさきがけとなったのは、大阪勤労者音楽協議会という組織であり、1949年(昭和24年)11月に大阪で結成された。勤労者の鑑賞団体をつくろうという目的から朝日新聞労組事務所で準備委員会が開かれ、大阪朝日会館で第一回の例会(賛助出演、笹田和子)が開催された。入場税のために割高なオーケストラやバレエなどの公演を団体割引によって鑑賞できるようにしようという会員制のシステムであった。

会員数は当初の470名から翌年4月には2200名、さらに2年後には7500名と、年々増加し、朝日会館、毎日会館、中央公会堂などで開催されるバレエや演奏会が会員に提供された。

また、スタート時の大阪労音から神戸労音、京都労音といった近隣地域への広がりもみせ、労音の鑑賞システムは全国に順調に拡大する(最大時、会員65万人)。しかし社会情勢の変化などにより、1970年代より急速に組織は衰退した。

1950年代、労音会員には割安なチケット以外にも、各種音楽講座、レコード鑑賞会など、戦後の関西に洋楽ファンを根づかせる役割も果たしていた。安定した観客動員はオペラの長期公演やミュージカルの上演、また邦人作曲家による「創作オペラ」の公演を可能にした。

 

1949年(昭和24年)11月24日 大阪勤労者音楽協議会発会式 配布資料

 

1950年(昭和25年)『勤労者音楽』(仮称)第一号 関西勤労者音楽協議会