イタリアオペラと中川牧三

《カヴァレリア・ルスティカーナ》は、戦後、関西オペラ界の本格的なスタートとなった記念すべき公演であった。

関西音楽研究集団がのちの関西歌劇団へと発展することになる。

この上演の指揮や歌詞翻訳を手がけた中川牧三(1902〜2008)は京都の富裕な家庭に育ち、戦前、近衛秀麿とともに欧州各地におもむき、またイタリアで本格的にオペラを学んだ経歴をもつ。当時は本校の声楽教授であった。

戦前、歌手として活躍するも、戦時には陸軍将校となり、上海では陸軍情報部で、文化宣伝工作に携わっていた。朝比奈隆を上海交響楽団に指揮者として呼びよせたのは中川であった。オペラの中川、バレエの小牧正英、そして朝比奈は上海で交流の機会をもっていたことになる。

 

上海時代 後列左より小牧正英、朝比奈隆、中川牧三 前列は上海バレエ・リュスのメンバー(上海交響楽団資料室所蔵)

戦後、中川は、大阪音楽学校の声楽教授となったことから、この公演は中川のもと、大阪音楽学校の教員が主要キャストをつとめ、学生が参加することとなった。ベルカント唱法の普及につとめ、数多くのイタリア・オペラの訳詞を手がけ、またイタリアからのオペラ歌手の招聘や、声楽コンクールの主催など105歳の生涯をオペラ振興に捧げた。