戦後最初の演奏旅行

戦後最初の演奏旅行は、開校後間もない本校初の演奏旅行同様、永井校長の出身地である鳥取を中心とした山陰地方からスタートしている。終戦わずか2年後のことである。永井校長はじめ9名の教員が38名の生徒を引率して、総勢47名、四泊五日の旅であった。城崎温泉で一泊したのち、当時の鳥取市日進小学校を皮切りに倉吉、米子、豊岡と4つの学校を回り、午前は生徒たちのため、午後からは父兄一般のためというように、合計8回の演奏会をこなしている。

この年復刊された『楽友』復活第一号に寄せられたある生徒の随想録によると、最後に演奏会を行った豊岡高等女学校の生徒たちが、校庭のあたりから自分たちの乗る列車に向かって盛んに手を振り「サヨナラ又来て頂だーい」(原文ママ)と可愛い声で見送る姿に、演奏旅行に来た甲斐とその土地の人情に触れたような久々に温かい気持ちになったと綴っている。

演奏旅行というものを始めた当初より、生徒たちから旅費は一切徴収していなかったので、毎回赤字を出していたようだが、永井校長はそれについて一度も口にしたことがなかったという。しかし生徒たちがこのように地方に出向いて演奏する意義と喜びを感じていたとしたら、たとえ赤字になっても生徒たちに貴重な体験を積ませたいという永井校長の思いは果たせていたのではないだろうか。

 

『楽友』復活第一号に掲載の記事より

演奏旅行における主なプログラム

 

戦後の食糧難の最中だったせいか食に関する記事が目につく

私の間食一覧表

 

野口源次郎教員企画

演奏旅行献立一覧表