戦時下の演奏会

この年1月に内閣情報局は、米英の音楽の演奏を禁止すると通告。「敵性音楽」として追放すべき米英の楽曲1000曲余りのリストが発表され、生演奏はもとより、レコード演奏も禁止された。ただ、原曲が米英のものでも、『蛍の光』『庭の千草』など日本曲として消化されていたものについては保存との方針が示された。

これによりジャズなどの軽音楽は演奏ができなくなったが、クラシック音楽界では同盟国のドイツ、イタリアの作品が多いので、さほど大きな影響なく音楽活動が続けられていた。10月の大阪朝日会館での本校大演奏会も一見、従来と同じような内容で行われている。

しかし演奏会のタイトルの前に「軍人援護資金醵集のため」とあるように、戦争が長引くにつれ戦況の悪化も影響してか、昭和18年頃からそれまで以上に、純粋に音楽を楽しむための演奏会ではなく、「建艦資金醵集のため…」「軍人遺家族激励慰問資金醵集のため…」といった文言が目立つようになる。もはや「お国のため」の演奏会でなければ許されない状況になっていた。