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関西洋楽史のなかの大阪音楽大学

大阪音楽大学の100年は、関西洋楽史100年と密接に関わっています。阪神地域のモダニズム、大大阪の繁栄、オペラをはじめとする特色ある音楽文化は大学にも色濃く反映されてきましたし、逆に大阪音楽大学の存在なくして関西洋楽の発展はなかったであろうと自負いたしております。創立100周年を迎える2015年10月15日には創立100周年記念誌の冊子版を発行する予定ですが、本サイトでは約1年をかけて順次年表を完成させていきます。ご意見や資料情報など、送信フォームからのご連絡をお待ちしています。

    西暦    大阪音楽大学の歴史    関西洋楽の歴史
1915年
(大正4年)

10月15日 大阪音楽学校創立(校長 永井幸次)
関西初の私立音楽学校、この日より授業開始

創立時の音楽学校

大阪市南区塩町(現、南船場)の音楽学校
( 大正4年頃撮影)

 

初めての生徒募集の新聞広告

生徒募集 新聞広告
(大正4年10月9日 大阪毎日新聞)

ピアノの前の永井幸次

 

 

 

創立当時の関西の洋楽状況

 

大阪ヴァイオリン倶楽部(『音楽界』大正5年8月号)

 

 

 

 

 

 

 

1916年
(大正5年)

10月28日 創立一周年記念演奏会(土佐堀青年会館)

 

はじめての演奏旅行(大正5、6年頃、山陰地方)

日本人ソリストの演奏会が増える

 

12月10日 本学主催、久野久子の天王寺公会堂における独奏会(大正5年12月11日 大阪毎日新聞)

1918年
(大正7年)

12月21日 創立三周年記念音楽会(大阪市中央公会堂)
中之島に完成したばかりの大阪市中央公会堂にて、本学生徒・教員による創立3周年を祝う音楽会が開催された。これが、中央公会堂のこけら落としの音楽会となった
 

プログラム表紙
画像

 

 

 

 

11月17日 大阪市中央公会堂落成 

(大正7年11月17日  大阪朝日新聞)

 

 

関西で生産されたSPレコード

ラクダ印の「オリエント・レコード」(日蓄京都工場)

宝塚少女歌劇団「馬の王様」(前田牙塔作/高木和夫作曲/初演:大正7年/レコード発売日:大正8年頃)

 

 

1919年
(大正8年)

2月 本学初の楽譜出版

永井幸次作曲の合唱曲《凱旋》の楽譜を発刊、この作品は人気を博し、59版、2万部を印刷、その収益はすべて学校維持費にあてられた。翌年よりこの作品を第1篇とする「合唱曲」シリーズの刊行が始まる

 

《凱旋》表紙

 

 

9月〜10月 関西で初の本格的歌劇公演

 

《カルメン》の舞台 (大正8年10月4日  大阪朝日新聞)

 

1923年
(大正12年)

3月  「N.T楽譜」シリーズ刊行開始

永井と盟友、田中銀之助のイニシャルから「N.T楽譜」シリーズとして大正から昭和にかけて数多くの楽譜を刊行し、その収益は学校運営にあてられた

 

「N.T楽譜」第1篇《舟遊び》表紙

3月 第四師団軍楽隊廃隊

 

5月8日 フリッツ・クライスラー関西初公演(神戸・聚楽館)

 9日:同会場 10、11日・大阪市中央公会堂 14、16日:京都市公会堂

 

プログラム表紙

 

 

6月 3月の軍楽隊廃隊をうけて大阪市音楽隊の誕生

 

 

8月頃 新生・大阪市音楽隊

 

 

9月1日 関東大震災

1924年
(大正13年)

「大阪音楽学校楽友会」

楽友会は教育機関としての学校とは独立した団体として学校創立後まもなく設立され、楽譜の出版、演奏会の開催などの収益事業を行っていた。楽友会主催の演奏会の収入も当時の学校経営を支える財源となっていた

 

大阪音楽学校楽友会の書類 1924年(大正13年)校長自筆

(楽友会の収益が全額を寄付という形で学校の基金にされていたことが分かる)

 

2月 宝塚歌劇管弦楽団、第1回公演(大阪市中央公会堂)

 

ラスカ指揮の演奏風景(第4回 定期演奏会プログラムより)

1925年
(大正14年)

9月 味原校舎建設着工

大阪市味原町に、地上3階、地下1階の鉄筋コンクリート新校舎の建設が始まる。日本家屋のわずか5教室から始まった音楽学校は、創立時の構想どおり、10年を経てようやく学校のかたちを外からも整えることになった

 

味原新校舎設計図

 

6月1日 ラジオ仮放送開始(本放送は翌年より)

 

試験放送風景(大正14年5月10日 大阪毎日新聞)

 

10月 JOBKオーケストラ結成

 練習風景 (大正14年10月31日 大阪毎日新聞)

 

 

 

1926年
(大正15年)

4月1日 大阪市天王寺区味原本町に建設された新校舎にて授業開始

新学則のもと昼間授業へ(男女別クラス)鉄筋コンクリート校舎

 

味原校舎練習室(昭和5年頃撮影)

 

 

 

 

 

無声映画(楽隊つき)の上映は明治末期以降、昭和初期まで続く

 

無声映画の広告 幕奏楽《カルメン》松竹管絃楽団演奏 (大正15年7月25日 大阪朝日新聞) 

 

 

10月9日 大阪朝日会館開館

(大正15年10月4日 大阪朝日新聞)

 

 

12月1日 大阪中央放送局(現・NHK大阪放送局)ラジオ本放送開始

 

12月25日 大正天皇崩御 昭和と改元

 

 

1927年
(昭和2年)

3月 乙種師範科第1期生卒業

 

10月15日 『唱歌研究』(大阪音楽学校小学唱歌研究部)創刊

学校教員向けの楽譜、指導法、諸研究をまとめた小冊子、唱歌教育の普及を目的に刊行

 

12月17日 職員生徒大演奏会(朝日会館)

60名からなる混声合唱団が出演、当時これだけの規模の混声合唱は珍しいものであった

 

新校舎移転を機に学生からの申し出により、校章が現行のものに変更される

旧校章は音の文字を組み合わせ大阪の大の字をかたどっていた(左)

新校章は樂の文字をデザイン化した学生考案のもの(右)

 

 

12月 エフレム・ジンバリスト3度目の来日公演

4、7日:大阪市中央公会堂  5日:京都市公会堂

 

中央公会堂での演奏会(昭和2年12月5日 大阪毎日新聞)

 

1928年
(昭和3年)

3月 甲種師範科第一期生卒業

 

5月15日 味原校舎の増築(木造3階)左奥に増築部分

 

 

7月 大阪に「日本音楽家連盟」新設

「各種音楽家の相互扶助と音楽の民衆化を目的とした日本音楽家連盟が大阪北区中之島二ノ二一ジャパン・ミュジック・ニュース社内に新設された」(昭和3年7月26日 大阪毎日新聞)

 

11月1日 天王寺音楽堂竣工

(昭和3年11月2日 大阪毎日新聞)

 

1929年
(昭和4年)

 

3月 増築された味原校舎のイラストつき大阪音楽学校募集記事

(昭和4年3月7日 大阪毎日新聞)

 

3月 本科第1期生 卒業

 

7月10日 学生による『楽友』創刊 演奏活動報告など掲載

 

創刊号に掲載された集合写真(前列には教員9名、後列には卒業生)

前列左より、教員の長井斉、内藤俊二、水野康孝、永井校長、永井潔、田中輝孝、松本仙、片山静子、永井八重子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月26日 ベートーヴェン《交響曲第9番》関西初演(朝日会館)

27日:京都市公会堂 28日:関西学院講堂

近衛秀麿指揮、新交響楽団(現・NHK交響楽団)、東京高等音楽学院(現・国立音楽大学)生徒160余名の合唱により演奏された

 

 

10月24日 世界恐慌 ウォール街株式市場大暴落 

 

10月30日 アンドレス・セゴヴィア関西初公演(朝日会館)

11月2日:同会館 11月1日:京都市公会堂 11月4日:神戸基督教青年会館

 

アンドレス・セゴヴィア ギター独奏会(朝日会館)プログラム

1930年
(昭和5年)

2月23日 第一回公開大演奏会(大阪市中央公会堂)

教員による独奏のほか混声合唱が披露された。公演は大成功をおさめ、収益でブリュートナー製のグランドピアノほか管楽器を購入した

 

 

4月24日 大阪音楽学校生徒 ラジオ初出演

大阪中央放送局で、混声合唱による《君が代》を放送した。これ以後もしばしばラジオ出演を重ねる

 

1月16日 オール・オーサカ・コーラスコンテスト(大阪中央公会堂)

 

本学で練習する大阪ゲミシュテンコール(昭和4年12月30日 大阪毎日新聞)

 

 

    西暦    大阪音楽大学の歴史    関西洋楽の歴史
1931年
(昭和6年)
2月26日 第二回大阪音楽学校公開演奏会(朝日会館)
教員、生徒の混成で、シューベルトの交響曲《未完成》の第一楽章を演奏。本学初のオーケストラ演奏となった
公開演奏会写真

9月18日 満州事変(柳条湖事件)勃発

 

朝日会館にてハイフェッツ、シゲティら世界的ソリストが公演

 

10月 ヤーシャ・ハイフェッツ 公演プログラム・大阪第一夜(10月3日)

 

 

 

1932年
(昭和7年)

2月20日 大阪音楽学校第三回公開演奏会(朝日会館)

ハイドン交響曲《驚愕》ほか、教員の独奏など

プログラム最後は混声合唱曲として、ハイドン《テレジアンミサ》(テレジアミサ)の中からグローリアがオーケストラ伴奏で演奏された。本学合唱団に加えて、大阪コーラルソサエティーが参加

プログラム

 

 

6月8日 大阪音楽学校演奏会(樟蔭高等女学校 現・大阪樟蔭女子大学)

先の第三回公開演奏会では「大阪音楽学校管絃楽部員」としていたが、ここで初めて「大阪音楽学校管絃楽団」という名称に変わる

プログラム

 

 

9月27日 合同大演奏会(朝日会館)

田中平三郎(本学ヴァイオリン主任、ソリスト、京大オーケストラ賛助出演など)、詠人(ヴァイオリン)、伸枝(ソプラノ)ほかによる本学主催演奏会 田中平三郎ら三氏はラジオ放送でも活躍していた

3月17〜19日 陸軍戸山学校軍楽隊が《爆弾三勇士の歌》を市内三カ所で演奏、行進

18日には《肉弾三勇士の歌》発表演奏会(朝日会館) 山田耕筰作曲の楽譜10万枚が無料で配布される

 

 

4月21日 山田耕筰第1回作曲講座 三木ホールにて開催

 

作曲講座の写真 山田自筆サイン入り

(三木楽器株式会社提供)

 

邦人演奏家の渡欧、帰朝公演が増える

6月5~7日 三浦環帰朝公演

5、6日:朝日会館 7日:旧関西学院講堂

 

三浦環独唱会プログラムより

 

6月20〜22日 藤原義江帰朝公演 

20日:京都市公会堂 21日:旧関西学院講堂 22、23日:朝日会館

 

9月20〜22日 藤原義江<オペラの夕> 

20、21日 朝日会館 22日:京都市公会堂

 

藤原義江<オペラの夕> プログラムより

 

 

11月4日 日本国民歌発表音楽会(大阪市中央公会堂)

山田耕筰指揮、宝塚交響楽団 5000名の聴衆を集めた

その後、「愛国のメロディ」、「愛国歌」、「国民歌」といった冠をつけた演奏会が増え続ける

1933年
(昭和8年)

2月 大阪音楽学校学則制定

 

3月  大阪音楽学校後援会創設

 

4月 特別専門科をおく(永井校長が財団法人大阪音楽学校設置を念頭に発案)

これは芸術家育成のための特別コースであった(教授陣はすべてロシア人 ピアノ科はマキシム・シャピロ、ヴァイオリン科はアレクサンダー・モギレフスキー、声楽科はオルガ・カラリロワが担当)

 

4月27日 大阪音楽学校から「第4回オール日本新人演奏会」(日比谷公会堂)に初参加

関西からは本学と神戸女学院音楽部から初参加とある 

 

第四回オール日本新人演奏会 チラシ                          

                             

 

1934年(昭和9年)第5回オール日本新人演奏会への本学出演者(同演奏会プログラムより)

 

 

12月 財団法人大阪音楽学校設立認可

3月15日 大阪ラヂオオーケストラ結成

 

3月17日 邦人によるヴェルディ作曲オペラ《リゴレット》関西初演(日本語上演、朝日会館)

18日:同会館 19日:京都市公会堂

指揮、歌手、オーケストラ、演出まで全て日本人のみで上演された。東京のヴォーカル・フォアという団体の関西公演であったが、オーケストラは宝塚交響楽団、合唱にはアサヒ・コーラス団が加わった

 

《リゴレット》公演(『会館芸術』昭和8年 第2巻-第2号)

 

 

8月5日 大阪地下鉄(梅田〜心斎橋)開通

 

 

 

 

 

1934年
(昭和9年)

3月 専攻科(甲種師範科を改称)第1期生卒業、乙種師範科を廃止

 

5月9日 大阪音楽学校専攻科の課程を終えたものに「府立小学校音楽科専科正教員の無試験検定」認可

 

学生控え室の一コマ(昭和9年頃)

 

味原校舎講堂での合唱練習 1934年(昭和9年頃)指揮は長井斉教授

 

 

 

 

9月 オペラ《ラ・ボエーム》公演

17、18日:朝日会館 29、30日:京都南座

主演、藤原義江 作曲家の江文也がバリトンで出演

東京日比谷公会堂での公演を関西にて再演(宝塚交響楽団)

(昭和9年9月14日 大阪朝日新聞)

 

 

10月 関西トーキー音楽協会設立

トーキー映画によって失業した無声映画の楽士たちを救済

 

 

 

1935年
(昭和10年)

2月21日 永井幸次先生楽壇40年祝賀音楽会(朝日会館)

教員による室内楽のほか、永井作品(合唱曲)の指揮は永井本人、最後は永井作曲の《浪華のゆかり》という構成

プログラム 

 

4月21日 大阪音楽学校生徒 斉唱と混声合唱を全国放送(JOBK桃谷演奏所にて撮影)

 

6月に大阪府より授与された初の小学校教員免許状

 

 

4月26、28日 アルトゥール・ルビンシュタイン ピアノ独奏会(大阪朝日会館)

 

プログラムより

 

 

9月15日 大阪交響楽協会設立(指揮者にはE.メッテルが就任)

所属組織をこえて在阪の音楽家が楽団を結成

 

10月21~24日 藤原歌劇団(当時は藤原義江一党などと称す) 関西公演(大阪朝日会館)

 21、24日 ビゼー作曲オペラ《カルメン》

 22、23日 ヴェルディ作曲オペラ《リゴレット》

 

1936年
(昭和11年)

大阪音楽学校で教える朝比奈隆

学生の朝比奈評「早口で講義されるので時々ノートを書き損ふ。生徒を見くびつて居られないのが先生の美点です」『楽友』第十一号より

講義風景(昭和11、12年頃)

講義風景

 

 

2月18日 大阪音楽学校創立記念音楽会(大阪朝日会館)

この音楽会が朝比奈隆の指揮者デビューとなる

 

 

 

11月17、22日 関西人によるベートーヴェン《交響曲第9番》初演(京都大学音楽部創立20周年記念演奏会)に出演(17日:京都宝塚劇場 22日:大阪朝日会館)

合唱、合唱指揮、ソリスト、コンサートマスターと、本校あげての参加であった

 

京都宝塚劇場での演奏(株式会社JEUGIA提供)

京都宝塚劇場

 

 

11月21日 作曲科 研究発表会(作曲科という言葉はこの時初出)

2月、4月 フョードル・シャリアピン、ウィルヘルム・ケンプら関西初公演(大阪市中央公会堂)

 

 

2月26日 二・二六事件

 

 

11月17日 関西人によるベートーヴェン《交響曲第9番》初演(京都宝塚劇場)

22日:大阪朝日会館

京都大学音楽部創立20周年記念演奏会として企画された

 

 

京都宝塚劇場 看板(株式会社JEUGIA提供)

(映画上映を一日休業し、第九のために劇場を借りた)

 

京都公演 プログラム

 

 

10月11日 アレキサンダー・チェレプニン ピアノ独奏会(大阪朝日会館) 

自作《ソナタ》イ短調ほか、邦人作曲家、清瀬保二、松平頼則、太田忠、伊福部昭と江文也の作品を紹介

 

1937年
(昭和12年)

1月25日 大阪音楽学校第八回定期大演奏会(大阪朝日会館)

ビゼー作曲《カルメン》第1幕よりコンサート形式、フランス語で演奏。朝比奈隆初のオペラ指揮、学校にとっても初のオペラ演奏となった。この時のフランス語は、朝比奈がフランス語が堪能な阪急時代の上司夫妻につきっきりで習い、生徒たちに教えたという

 

《カルメン》を指揮する朝比奈隆

 

フランク《交響曲的変奏曲》を指揮する朝比奈隆、ピアノは長谷川さく子

 

 

 

3月24日 初の卒業演奏会(国民会館)

 

4月 正式に管楽器レッスン開始

 

 

10月1日 『軍歌集』発行(大阪音楽学校楽友会)

 

 

10月25日 『小学唱歌 教授法の実際』発行(大阪音楽学校楽友会)

 

 

11月2日 創立記念音楽会(清水谷高等女学校講堂)

『楽友』第十一号によると「非常時にもかかわらず多数の聴衆者を得、盛会裡に無事終了す」とある

 

 

12月19日 関西楽壇大演奏会に出演(大阪市中央公会堂)

大阪音楽学校生徒100名の混声合唱と教員たちが出演

1月 大阪毎日新聞社「音楽コンクール(現・日本音楽コンクール)」継承

大阪で東西音楽界重鎮の懇談会開催。大阪でも第一次予選開催、発表会開催が決定

 

 

 

1月29、30日 三浦環主演《蝶々夫人》関西初公演(大阪市中央公会堂)

三浦環訳詞の日本語上演

 

終演後、舞台上での出演者記念撮影

東京音楽学校同声会大阪支部の主催で、支部長の永井幸次(前列左から3人目)の姿もある

 

 

 

 

7月7日 盧溝橋事件勃発、日中戦争へ

 

 

9月25日 全関西吹奏楽団連盟結成

 

 

10月24日 愛国吹奏楽大会(全関西吹奏楽連盟結成記念)

(昭和12年10月25日 大阪朝日新聞)

 

 

12月1日 全関西合唱連盟結成

JOBK第1スタジオ 指揮:山田耕筰(12月13日撮影)



 
1938年
(昭和13年)

1月『楽友』第十一号より 大阪城を背景に昭和11年度専攻科卒業生の記念写真

 

3月 卒業アルバム  永井校長直筆の祝辞 (毎年、直筆でしたためられた)  

 

 

4月25日 第九回オール日本新人演奏会(日比谷公会堂)  

出演者を囲む教員、卒業生たち

前列左から山田康子、松山一子(ピアノ伴奏)、松本寛子(アルト)、西川温子、後列左から長井斉、卒業生3人、朝比奈隆

 

 

5月7日 三楽人作品発表演奏会に賛助出演(大阪朝日会館)

橘静雄、山縣茂太郎、加藤直四郎の新作曲を合唱で演奏。宝塚交響楽団などと協演

1月22、23日 大阪で音楽コンクール(第6回)関西初第一予選開催

10月の第7回音楽コンクールでは、13歳の辻久子が最終予選を突破したことが報じられる

 

第7回音楽コンクール関西第一予選(昭和13年10月2日 大阪毎日新聞)

 

 

4月17日 関西初の音楽コンクール発表会開催(国民会館)

(昭和13年4月14日 大阪毎日新聞)

 

 

6月2〜4日 「三大オペラの夕」

2日:京都朝日会館 3、4日:大阪朝日会館

三浦環《お蝶夫人》、関谷敏子《椿姫》、佐藤美子《カルメン》で、日本の3大プリマが一堂に会した

 

大阪朝日会館での《椿姫》第2幕(昭和13年6月4日 大阪朝日新聞)

 

 

6月24日 大澤寿人《神風協奏曲》発表公演(大阪朝日会館)

 

 

7月 JOBK唱歌隊発足(大阪放送合唱団前身)

日本初の放送合唱団。メンバー募集時の条件は「容姿端麗にして時間に余裕のある美声の持主、しかも金銭的には頓着しない御婦人に限る」であったという。37名を採用。昭和15年に男声部設置。同年4月に混声合唱団となり、「大阪放送合唱団」と改称

 

 

8月15日 蓄音器製造禁止

 

 

 

10月30日 大阪音楽協会主催 第1回小、中学生音楽コンクール開催(大阪中央放送局)

1939年
(昭和14年)

2月19日 大阪音楽学校第九回定期大演奏会(大阪市中央公会堂)

昼夜2回、3月4日の神戸の大演奏会とともに大阪毎日新聞社主催で開催

 

 

 

3月4日 大阪音楽学校大演奏会(神戸基督教青年会館)

 

 

 

5月7日 「太平洋行進曲」発表演奏会に出演(甲子園球場)

大阪中央放送局(現・NHK大阪放送局)よりラジオで全国中継される。藤原義江、四家文子らも出演

 

 

11月3日 愛国大合唱の夕に出演(大阪朝日会館)

長井斉指揮の本校生徒100名が《菊》《国威》を合唱

 

5月 大阪音楽文化クラブ設立  『音楽文化』発刊

 

 

6月 文部省絶対音感教育採用

 

 

9月1日 第二次世界大戦始まる

 

 

10月 大日本音楽著作権協会設立

 

 
1940年
(昭和15年)

1月 女子選科(夜間部)募集

 

 

3月20日 『楽友』を『楽報』」と改め発行(より広く社会に発信するべく改称)

 

 

4月26日 慰問演奏会(大阪陸軍病院)

 

 

5月21~23日 国民歌劇協会第1回公演、チマッティ作曲オペラ《細川ガラシャ夫人》に大阪音楽学校管弦楽団・合唱団賛助出演、朝比奈隆指揮(大阪朝日会館)

本校として学外オペラ公演への初出演となる

 

 

 

5月27日 海軍記念日奉祝大音楽会に出演(大阪朝日会館)

演奏会の最後に全演奏者を指揮する永井校長。全関西合唱連盟、全関西吹奏楽連盟などと共演。大阪中央放送局(現・NHK大阪放送局)よりラジオ放送される

 

 

夏休み 白浜慰問演奏旅行

白浜の陸軍療養所へ向かう途中、船上での合唱練習(撮影年月日不祥)

 

 

11月3日 愛国大合唱の夕に出演(大阪朝日会館)

 

 

9月 日独伊三国同盟成立

 

 

10月 大政翼賛会結成

 

 

10月6日 第一回全関西吹奏楽競演会(第一回全日本吹奏楽競演会予選)(天王寺公園音楽堂)

 

 

 

11月 日本演奏家協会創立

 

 

 

12月26、27日 紀元二千六百年 奉祝楽曲発表大演奏会(大阪歌舞伎座)

盟邦国、ドイツ、イタリア、フランス、ハンガリーより当代一級の作曲家から、R.シュトラウス《祝典音楽》、Jイベール《祝典序曲》などの作品提供をうけ、大規模な演奏会を開催

 

自作を演奏するR.シュトラウス 楽譜は自筆(昭和15年『会館芸術』)

 

1941年
(昭和16年)

女子生徒の制服が登場(撮影は昭和17年)

 

 

3月 卒業生送別会(心斎橋 森永喫茶店)

 

 

4月8日 「大阪音楽学校小史並びに希望」発行

 

 

 

5月1日 李王殿下御来校記念演奏会 

記念演奏会での田中平三郎教授のヴァイオリン演奏

 

 

5月9日 第一回全日本洋楽新人演奏会関西公演に出演(宝塚大劇場)

昭和8年の第四回から本校も参加してきた読売新聞社主催の「全日本洋楽新人演奏会」がこの年より関西公演を開催。本校からはピアノ3名、声楽2名が出演。4月22日の同演奏会東京公演にはこのうちの1名が出演している。

 

 

 

 

大阪音楽学校報国隊結成

2月23日 楽隣会の創立(大阪洋楽界の草分け的功労者16名が結成)

 

 

4月1日 大阪放送交響楽団再編成

 

 

 

 

4月1日 文部省、ドレミ唱法をハニホ音名唱法に

 

 

 

 

6月30、7月1日 東京交響楽団(現・東京フィルハーモニー交響楽団)披露公演会(宝塚大劇場)

 

プログラム

 

 

 

 

8月 音楽挺身隊結成

前年11月創立の日本演奏家協会全会員2,300名を動員して結成され、山田耕筰がその隊長を務めた。

銃後国民の慰安と鼓舞激励のための市民慰安会、農村漁村への音楽慰安隊派遣、産業戦士の慰労演奏などを行った

 

 

 

 

9月11日 第一回全国勤労者音楽会大阪予選(大阪市中央公会堂)

 

 

 

9月13日 日本音楽文化協会設立

 

 

 

9月22日 音楽雑誌第一次統合

紙の使用制限を目的とした政府の音楽雑誌統合令により14種を6種の音楽雑誌に統合

12月には3誌発行元が合併し、音楽之友社が創立され、『音楽之友』創刊号発刊

 

 

 

10月6、7日 京都交響楽団第一回演奏会

6日:京都朝日会館 7日:大阪朝日会館

 

プログラム

 

 

 

12月7日 若き人々のための「第一回交響楽演奏会」開催(大阪市中央公会堂)

戦時下の日本の音楽は誰よりも若人たちによって支えられなければならないと、本校校長永井幸次を委員長に青少年交響楽鑑賞協会が設立され、第一回の演奏会が開催された。ベートーヴェン《第九交響曲》終楽章の演奏では水野康孝の指導で聴衆全員が「歓喜の頌歌」を合唱するという、音楽鑑賞の全く新しい様式を拓いたという。昼夜2回公演で、阪神の中等・高専大学60校約3,500名の学生が鑑賞した。

 

(昭和16年12月8日 大阪毎日新聞)

 

 

 

 

12月8日 太平洋戦争開戦

 

12月9日 JOBK都市放送一時中止

1942年
(昭和17年)

1月1日 必勝誓願元旦音楽大会に出演(橿原神宮野外講堂、北野劇場)

 

1月20日 「和音感の育成より合唱指導への音楽練習書」(大阪音楽学校楽友会)発行

 

2月25日 大阪朝日新聞社会事業団主催 大阪音楽学校大演奏会(大阪朝日会館)

 

 

3月 卒業式記念写真

 

 

応召する男子学生との記念撮影(昭和17年頃)

 

 

新入生歓迎ピクニック(淡路島・洲本)

 

 

 

4月23日 山田耕筰指揮の新交響楽団大演奏会に出演(京都宝塚劇場)

 

 

4月25日 N.T楽譜「大東亜讃歌」戦中最後の出版(大阪音楽学校楽友会)

2月8日 大阪放送交響楽団第一回発表演奏会(大阪朝日会館)

再編成後初の演奏会開催

 

プログラム

 

 

 

2月22日 日本音楽文化協会大阪支部結成(発会式に大阪音楽学校賛助出演)

戦時下の国策として音楽活動を統制しようとする日本音楽文化協会は終戦とともに解散した(10月京都、昭和18年6月兵庫にも結成)

 

 

 

 

9月 大阪音盤文化協会設立

1943年
(昭和18年)

9月 小西教授口述「教育問題解決」表紙(文字は持主の生徒の手書き)

 

 

10月20日 朝日新聞大阪厚生事業団主催 軍人援護資金醵集のための大阪音楽学校大演奏会(大阪朝日会館)

 

チラシ

 

 

11月16日 出陣学徒壮行音楽会に出演(大阪市中央公会堂)

 

プログラム

1月 米英の楽曲演奏中止および邦人作品奨励(4月鋼鉄使用楽器の製造禁止、6月敵性楽曲出版禁止、9月音楽雑誌再統合)

 

 

 

 

3月 大阪で敵性音楽追放運動展開

市内約300の蓄音器店を敵性音盤供出相談所に指定

 

 

 

 

11月7日 大日本吹奏楽連盟関西本部挺身隊結成

 

 

 

 

11月29日 第十二回音楽コンクール発表演奏会(北野劇場)

この舞台より直に戦地に赴く出陣学徒もいた

 

(昭和18年11月30日 毎日新聞)

1944年
(昭和19年)

2月29日 専門学校設立申請

 

 

3月9日 第39回陸軍記念決戦必勝大音楽会に出演(大阪市中央公会堂)

 

 

3月23日 第十六回卒業演奏会(軍人会館)

本校戦中最後の演奏会となった

 

 

卒業生への教員祝辞

それまでの立派な卒業アルバムではなく、合唱用のスクラップ帳に永井校長以下の教員祝辞が書かれている。外地より一時帰国中の朝比奈隆の祝辞

 

 

4月 一時閉校(戦時緊急措置令)

 

 

4月17日 永井幸次代筆の「宣誓書」(挺身隊に学生が参加した際の決意表明)

結果的には学生たちがこれを読むことはなかったという

 

 

「アッツ島玉砕の歌発表会」出演(大阪朝日会館)

1月 日本音楽著作権協会設立



2月 決戦非常措置要綱公布(高級音楽停止、19大劇場閉鎖)


2月27日〜29日、北野定期演奏会開設(北野劇場)
27日(昼夜2回)、ベートーヴェン《フィデリオ》本邦舞台初演の関西公演
マンフレッド・グルリット指揮 大東亜交響楽団、藤原義江歌劇団、日本合唱団出演
28、29日:大東亜交響楽団関西披露公演
齋藤秀雄指揮 長門美保独唱
毎日新聞社が「増産へ働き抜いたあとの人々に憩いの一ときを捧げるため」として北野劇場を会場に新たな定期演奏会を開始
この藤原歌劇団の《フィデリオ》がわが国の戦中最後のオペラ公演となる



6月29日 女子挺身隊慰安激励音楽会(大阪海軍会館)

(昭和19年6月30日 毎日新聞)




8月23日 学徒勤労令・女子挺身隊勤労令公布



1945年
(昭和20年)

8月15日 終戦

 

 

9月 在校生へ開校通知

 

 

10月1日 学校再開  夜の校舎(写真は昭和17年頃)

 

10月1日 西川温子 任教授証書

3月13~14日 大阪大空襲

 

 

8月3、4日 「朝日名曲定期演奏会」(大阪朝日会館) 

大阪での戦中最後の演奏会と思われる

 

 

8月15日 終戦

 

 

10月7日 「第1回市民音楽文化の会」(大阪市中央公会堂)

大阪での戦後初の演奏会と思われる

 

 プログラム


※画像をクリックすると拡大します

 

 

 

各種音楽禁制解禁

 

 

朝日新聞社厚生事業団主催で、進駐軍勤務の世界的ピアニスト、ジョン・フレッチャー氏独奏会なども開催される

(昭和20年11月14日 朝日新聞)

 

 

    

ヤマハ製ハーモニカ・木琴など製造再開

    西暦    大阪音楽大学の歴史    関西洋楽の歴史
1946年
(昭和21年)

空襲から焼け残った校舎と生徒たち(昭和21年頃)
鉄筋コンクリートで焼失を免れた本校の周辺は、かなりの焼け跡になっているのが分かる

画像


1月27日 戦後初の本校演奏会(天理高等女学校講堂)
学校職員生徒約120名が参加した



3月7日 大阪音楽学校春季演奏会(毎日会館、現・国民会館)
本校主催としては戦後初の演奏会

プログラム表紙




戦後初の生徒募集広告(3月7日「大阪音楽学校春季演奏会」プログラムより)
予科、本科、師範科(専攻科)各50名を募集




3月23日 戦後初の卒業証書
専攻科第十二期女子5名、本科第十七期男子1名卒業




5月14日 大阪府立生野中学校主催 大音楽会(大阪府立生野中学校講堂)



6月3日 大阪帝国大学医学部記念祭文化体育週間 音楽・演劇会(毎日会館 現・国民会館)



11月10日 (海外引揚同胞援護資金募集) 大阪音楽学校職員生徒合同演奏会(和歌山師範学校講堂)
和歌山における音楽文化の向上、および優秀な音楽家の斡旋などを目的に新設された、和歌山音楽芸術社が初後援した演奏会に招聘された。主催は恩賜財団同胞援護会和歌山県支部

2月 関西合唱連盟設立
朝日新聞社の後援により設立。4月29日、大阪朝日会館にて創立記念合唱大会開催

11の団体が出演、連盟委員長は長井斉であった


※画像をクリックすると拡大します。


4月 宝塚大劇場再開
雪組が《カルメン》他を上演



5月 日本現代音楽協会結成(日本作曲家聯盟の復活)



6月22日 大阪市音楽隊、大阪市音楽団と改称



9月 大阪レコード愛好家協会設立



11月3日 第一回関西合唱コンクール開催
設立されたばかりの関西合唱連盟主催。23団体が出場、アサヒ・コーラスが特別出演として第九の合唱を披露

コンクール要綱




大阪府文芸賞創設
音楽の分野では昭和22年に辻久子が、23年に永井校長、大阪府芸術賞と改称された昭和24年には朝比奈隆が受賞している

1947年
(昭和22年)

2月23日 大阪音楽学校音楽演奏会(奈良女子高等師範学校講堂)

 

 

 

 

4月1日 大阪音楽学校同窓会発足

 

 

箕面に新入生歓迎遠足

 

 

 

6月 昭和天皇大阪行幸 歓迎式典にて歌唱

戦後の昭和天皇の全国巡幸における大阪ご訪問の際、府庁前で歓迎の歌を歌唱した際の記念写真

 

 

 

7月10〜14日 戦後初の演奏旅行(城崎、鳥取、倉吉、米子、豊岡)


 

 

 

 

 

10月14日 第三十三回大阪音楽学校創立記念日祝賀音楽会(デモクラシー会館)

 

 

 

 

12月20日 『楽友』を復刊

夏に赴いた山陰地方への演奏旅行号という内容であったが、永井校長の巻頭の辞のあとに竹内忠雄新常任理事が「大阪音楽大学実現に」と題した文章を寄せており、将来の大学設置を見据えて、来春から高等学校として出発すると書かれている

 

『楽友』復活第一号(大阪音楽学校楽友会文芸部発行)

1月10〜13日 東京バレエ団関西第一回公演《白鳥の湖》(全幕)本邦初演の関西公演(大阪朝日会館)
山田和男編曲・指揮 東宝交響楽団

プログラム表紙



1月 大阪放送交響楽団 BK(大阪中央放送局)ラジオ放送における演奏を再開

1月16〜21日 藤原歌劇団公演 ヴェルディ《椿姫》(毎日会館 現・国民会館)
戦後初の関西における本格的オペラ公演



3月31日 教育基本法・学校教育法公布
4月より新学制(六・三・三制)実施 男女共学が認められる



4月26日 関西交響楽団第一回定期演奏会(大阪朝日会館)
朝比奈隆指揮《新世界より》ほか
9月には後援団体「関響友の会」発足

プログラム表紙




5月16日 小牧バレエ団大阪公演《パレード》《シェーラザード》(大阪朝日会館)

プログラム表紙




7月 関西室内楽同好会設立
関西室内楽合奏団を中心に月一回の例会を開催

関西室内楽合奏団(右から朝比奈隆、伊達三郎、小杉博英、宮本政雄)




11月15〜19日 藤原歌劇団公演 ヴァーグナー《タンホイザー》(大阪朝日会館)
本邦初演の関西公演

プログラム表紙




第1回全日本学生音楽コンクール開催(毎日新聞社、サン写真新聞社主催、第2回目以降は毎日新聞社のみ)
第1回と第2回は東日本大会と西日本大会を東京と大阪で実施した。全国大会は本選で演奏されたものを録音し、AK、BK(東京中央放送局、大阪中央放送局)放送を通じて東西の審査員が審査して全国大会第1位を決定

1948年
(昭和23年)

1月23~25日   関西交響楽団結成一周年第七回定期演奏会に出演(大阪朝日会館)

朝比奈隆指揮 ヘンデル《ハレルヤ・コーラス》 べートーヴェン《第九交響曲》

本校合唱団が大阪放送合唱団、ジュピター・コール、アサヒ・コーラスとともに参加。ソリストとして教員の市木崎義子(アルト)、木村四郎(テノール)、横井輝男(バリトン)も出演した。関西における戦後初の第九演奏会であり、本校と関西交響楽団の初共演であった

 

 

 

4月1日    財団法人大阪音楽高等学校設立認可 永井幸次理事長就任

大阪音楽高等学校設立認可、開学 永井幸次校長就任

総定員120名、専攻科(二年)開設

 

 

 

 

6月19~21日     関西音楽研究集団第1回公演 マスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》に出演

19、20日:毎日会館(現・国民会館) 21日:同志社栄光館

本校教員が中心となった関西音楽研究集団の公演に、高等学校になったばかりの本校合唱団も参加した。衣装、メイク、演技つきの本格的なオペラ上演は教員、生徒ともに初めてのことであった

 

プログラム表紙 (OSAKA MUSIC HIGH SCHOOLと記載されている)

 

 

 

 

 

7月10日  故林亘氏を偲ぶ大演奏会に出演(大阪市中央公会堂)

陸軍第四師団軍楽隊廃隊後、大阪市音楽隊誕生以来、長年にわたり大阪市音楽団の団長をつとめた林亘氏を追悼する演奏会に大阪音楽高等学校混声合唱団の名前で出演。野口源次郎教員の指揮でマスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》の合唱などを披露

 

 

 

 

 

7月31日 朝日新聞厚生事業団主催 第一回たそがれコンサート 第九シンフォニーの夕に出演(西宮球場)

朝比奈隆指揮 関西交響楽団

 

 

 

9月1日    大阪音楽建物会社解散

大正14年、味原校舎建設のため、学内外37名の出資者により設立された大阪音楽建物会社が、財産全てを学校に寄附して解散

 

 

 

12月19日 関西楽壇大演奏会に出演(大阪市中央公会堂)

5月13、14日 牧嗣人歌劇団結成公演 毎日会館(現・国民会館)
《カルメン》、《椿姫》、《ボリス・ゴドノフ》より抜粋 関西人戦後初のオペラ公演

プログラム表紙



5月29〜31日 長門美保歌劇団関西初公演 プッチーニ《蝶々夫人》(大阪歌舞伎座)
昭和21年11月に東京で旗揚げした長門美保歌劇団(発足当時は長門美保歌劇研究所)の関西における初公演で、この頃文化事業に力を入れ出していた新大阪新聞社の主催で行われた。以後、東京での藤原、長門歌劇団の競演が関西でも繰り広げられることとなる



6月19〜21日 関西音楽研究集団第一回公演 マスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》
19日、20日:毎日会館(現・国民会館)21日:同志社栄光館
総監督:大田黒元雄 中川牧三指揮・訳詞(竹内忠雄共訳) 東京フィルハーモニー・オーケストラ

前列右からルチア(松本寛子)、サントゥッツァ(小島幸)、ローラ(市來崎義子)、後列右アルフィオ(横井輝男)、左トゥリッドゥ(竹内光夫)
小島の実弟の竹内以外は全員本校教員(プログラムより)




11月23日 第一回全日本合唱コンクール大会開催(神田共立講堂)
日本合唱連盟・朝日新聞社主催
1949年
(昭和24年)
3月 大阪音楽高等学校、専攻科、生徒募集
声楽科10名、ピアノ科10名、管弦学科5名、教育科15名、2、3年(編入)、専攻科若干名募集。専攻科は将来設置する大学の前期2年に該当し、本高等学校卒業生は無試験で入学できた。大学設置と同時に、大学に編入されるものとした


3月18日 大阪音楽高等学校第一回卒業式
組織変更の過渡期であり、39名の新制音楽高等学校第一期生とともに、大阪音楽学校第二十期生23名、大阪音楽学校専攻科第十五期生16名が卒業した



5月14日 永井八重子先生謝恩音楽会(大手前会館)



7月 生徒募集広告(明星学園第一回音楽研究演奏会プログラムより)
当時は準備科、選科といったものがあった



永井ピアノ試作(昭和23年〜24年頃)
戦後のピアノ不足を補うために、永井校長が廉価なピアノを考案、製造を試みた

K.NAGAI AND SON PIANOと刻印されている


当時の住宅事情を考え、奥行きを130cmに縮小して製造
永井ピアノ全体

1月15日 関西交響楽団第十七回定期演奏会 《魔弾の射手》(演奏会形式)
朝比奈隆指揮 阿部幸次、小島幸、横井輝男ほか出演 コーラスはアサヒ・コーラス、ジュピター・コール
朗読により物語の筋を運び、演奏を続けていくという演奏会方式による全曲演奏で、関西交響楽団としては初の試みであった




2月 関西オペラ協会発足決定



4月1日 同志社女子大学学芸部音楽科設置


4月1〜3日 藤原歌劇団公演 《ドン・ファン》(ドン・ジョヴァンニ)(大阪朝日会館)
創立15周年記念・本邦初演の関西公演 マンフレッド・グルリット指揮 東京交響楽団


4月16日 関西交響楽団、新設の大阪市民文化賞受賞



5月31日 東京音楽学校、東京藝術大学音楽学部に



6月 関西作曲家協会設立
関西の作曲家29名により結成。幹事に大澤壽人、高橋半、宮原康雄、斎藤登の四氏就任


6月18、19日 関西オペラ協会第一回公演 ヴェルディ《椿姫》(大阪朝日会館)
朝比奈隆指揮・訳詞 関西交響楽団 中西武夫演出 関種子、小島幸(ヴィオレッタ)、阿部孝次(アルフレード)ほか
7月には初の地方公演として松江市、米子市で再演。山陰地方では初めての本格的オペラの上演となった
(関西歌劇団提供)




10月29日、30日 小牧バレエ団出演関西実験劇場第二回公演 《悲愴交響曲に依る“受難”》本邦初演(大阪朝日会館)
29日昼夜2回 朝比奈隆指揮 関西交響楽団



11月24日 関西勤労者音楽協会議会発会式・第一回例会開催(大阪朝日会館)

第一回例会プログラム




12月17日 藤原歌劇団公演 チャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》本邦初演の関西公演
~21日 計6回(大阪朝日会館)
指揮:マンフレッド・グルリット 東宝交響楽団 藤原歌劇団合唱部 谷桃子バレエ団ほか

1950年
(昭和25年)

1月20日 永井幸次、校長と兼務の理事長職を退任 後任に水川清一就任

 

 

3月5日  楽壇五十年 永井幸次先生を囲む音楽会(大阪市中央公会堂)

新大阪新聞社主催で昼夜2回にわたり開催された。本校教員、生徒、卒業生と名だたる東西の音楽家たちが無償で出演し、いずれも満員の盛況ぶりであったと伝えられる

 

永井校長自ら、この日のために作曲した混声合唱《真善美》の指揮をとり、出演者全員で演奏した(昭和25年3月6日 新大阪新聞)

 

 

 

昭和25年度音楽高等学校新入生(前列右から4人目は担任の横井輝男教員)

 

 

 

5月26日  大阪音楽高等学校春季演奏会(大阪朝日会館)

 

 

 

7月5~9日   演奏旅行(香川、徳島、高知県)

教員と3年生、専攻生により、9カ所で計13回の演奏会を行った

香川県公会堂での演奏会の前売券。昼は学生、夜は一般対象に2回公演を行っている。一般は前売り50円、当日70円、学生は前売り40円、当日50円

 

徳島における教員のみの演奏会 

左から横井輝男、市義崎義子、小島幸、木村四郎

 

高知公演を伝える新聞記事(昭和25年7月7日 高知新聞)

 

高知公演での集合写真

 

 

 

9月30日「大阪音楽短期大学」設立申請

 

 

 

11月19日  大阪音楽大学設置基金募集文化祭(大阪市中央公会堂)

本校初の文化祭 

チケット

 

 

12月25日 新大阪新聞社主催 クリスマス大音楽会に出演(松竹座)

小橋潔教員の指揮で生徒たちが聖歌やハレルヤコーラスなどを歌い、教員の木村四郎、横井輝男も二重唱を演奏。平岡養一、牧嗣人、辻久子らと共演した

4月14日 朝比奈隆、辻久子ら15名、初の兵庫県音楽文化賞受賞


4月19日 関西交響楽団改組 社団法人関西交響楽協会創立
改組記念・第三十回演奏会プログラム




7月2日 東西三大交響楽団合同大演奏会(スポーツセンター)
毎日新聞社が主催した関西交響楽団、東京フィルハーモニー管弦楽団、東宝交響楽団の合同演奏会で、関西交響楽団初の東京公演であった。7月15日には甲子園球場で再び合同コンサートが開催されている

甲子園球場にて




8月1日 オペラ・パヴオ座関西初公演 スッペ《ボッカチオ》(神戸聚楽館)
朝比奈隆指揮 関西交響楽団
9月2、3日 同(北野劇場)



6月25日 朝鮮戦争始まる 



10月14、15、17日 ラザール・レヴィ ピアノ演奏会
14、15日:北野劇場 17日:京都松竹座
戦後初の外来演奏家であった




12月26日、27日 関西交響楽協会、推薦演奏会開催(大阪朝日会館)
関西交響楽協会が関西楽壇発展に寄与するためとして、将来有望な新人演奏家を推薦し、オーケストラと協演できる演奏会を企画した
1951年
(昭和26年)

2月4日 短期大学設立記念大音楽会(大阪市中央公会堂)
前年に文部省より内諾を得たということで2月から生徒募集を始め、それに合わせたのか本認可前に開催している。賛助出演の関西交響楽団が朝比奈隆指揮でブラームス《大学祝典序曲》などを演奏

ポスター
 大阪音楽短期大学設立記念大演奏会ポスター


3月5日 学校法人大阪音楽短期大学への組織変更認可 水川清一理事長就任


3月7日 大阪音楽短期大学設置認可(音楽科-作曲楽理・声楽・器楽専攻)


3月 昭和25年度卒業式
新制音楽高等学校生徒との合同卒業式が3年続いたが、この時の第二十二期生をもって、大阪音楽学校最後の生徒を送り出した

 大阪音楽学校生最後の卒業式(昭和25年度卒業式)


3月31日 教職課程認定(中学校教諭二級普通免許状=音楽)



4月1日 大阪音楽短期大学開学 永井幸次学長就任(高等学校校長兼任)

高等学校とともに新たに短期大学の看板がかけられた味原校舎
 大阪音楽学校校舎(短大看板)


5月5、6日 関西交響楽団ベートーヴェン・チクルス(第5夜)に出演(毎日会館)
朝比奈隆指揮《交響曲第9番》の合唱団として、本学学生・高等学校生徒がグリーン・エコー、ジュピター・コールとともに参加。毎日新聞社主催


5月27日 短期大学楽友会演奏会(清水谷高等学校講堂)
短期大学初の演奏会。学生・教員に加え高等学校生徒も合唱で出演



10月26~28日 短期大学初の演奏旅行(山陰地方)



11月4日 第一回短期大学秋季大演奏会(大阪朝日会館)
朝比奈隆指揮の関西交響楽団が特別出演。高等学校生徒、卒業生たちもベートーヴェン《交響曲第9番》の合唱で参加している。これが短期大学時代の定期演奏会の初回となる

プログラム
 大阪音楽短期大学第1回秋季大演奏会

2月19日 大阪労音合唱団発足
本学横井輝男教授が講師を務める



3月4日 藤原歌劇団 J.シュトラウス《ジプシー男爵》本邦初演の関西公演(毎日会館)
マンフレッド・グルリット指揮 関西交響楽団


3月24日 山田耕筰楽業五十年記念大音楽会(大阪朝日会館)
山田耕筰が自作のオペラ《夜明け》を指揮し、関西交響楽団が演奏した。藤原義江らの演奏、および朝比奈隆も自らヴィオラを弾いて関西の音楽ファンを感激させたという

大阪朝日会館にて(昭和26年3月25日 朝日新聞)
山田耕筰



5月1日 梶本音楽事務所発足
野口幸助音楽事務所閉鎖により同所支配人であった梶本尚靖が音楽事務所を開いた



8月1日 日本交響楽団、NHKの支援を受けNHK交響楽団と改称
11月25日、京都劇場にて改称後初の関西公演を行う。指揮は専任指揮者となったクルト・ウェス


8月14日 藤原オペラ・関西オペラ合同歌劇名曲の夕(大阪球場)
朝比奈隆指揮 関西交響楽団 アサヒコーラス



9月1日 民間ラジオ放送開始
試験放送でわが国の民放第一声を放ったのは、新日本放送(NJB)であった

新日本放送社屋(『NJBの四年』より)
梅田の阪急百貨店屋上にあった
大大阪の玄関にそびえる我らのNJB


9月8日 サンフランシスコ講和条約締結


9月20日 ユーディ・メニューイン関西初公演(大阪朝日会館)
21~23日:同館 10月5、13日:京都劇場 14日:宝塚大劇場

チラシ
提琴界の王者メニューヒン来る



11月16~18日 藤原歌劇団 トーマ《ミニョン》本邦初演の関西公演(毎日会館)
マンフレッド・グルリット指揮 関西交響楽団



12月12日 NHK大阪放送合唱団第一回定期演奏会(大阪朝日会館)


12月26日 第1回全関西吹奏楽コンクール(大阪朝日会館)
戦後復活最初のコンクール。全関西吹奏楽連盟(現・関西吹奏楽連盟)主催、朝日新聞社後援。学校の部(中学・高校)12、一般の部4の合計16団体が参加

1952年
(昭和27年)

3月16日 第四回高等学校卒業演奏会(本学講堂)



6月3日 短期大学就任披露演奏会(三越劇場)
メゾソプラノ木村(のち桂)斗伎子、ソプラノ樋本栄、ピアノ森田(のち宇都宮)淑子、右近たい子の新任教員4名による演奏会

プログラム
 大阪音楽短期大学就任披露演奏会(プログラム表紙)



7月13~17日 関西オペラ第5回公演《ラ・ボエーム》に出演(大阪朝日会館)
プログラムに記載はないが、短期大学声楽科の学生約10名が合唱で出演。昭和28年創刊の『楽友』第一号に「関西オペラ《ラ・ボエーム》合唱出演随想」と題した学生の寄稿文が掲載されており、この時の様子を「勉強しながら楽しめて嬉しかった」と綴っている

プログラム
 関西オペラ公演《ラ・ボエーム》・プログラム表紙


公演写真(関西歌劇団提供)
 関西オペラ公演《ラ・ボエーム》上演写真


7月11日 高等学校演奏部第一回研究発表会
自治会演奏部が高等学校開校以来5年目にして初の生徒自身による発表会を開催



11月6~10日 短期大学演奏旅行(四国地方)


11月22日 高等学校文化祭
この年に作曲活動を行う創作研究部が発足。演奏部のオーケストラ伴奏で新作が披露された。この時は未完成で、一部だけを演奏した3年生の作品、歌劇《竹取物語》が昭和30年に学生のみによる創作オペラとして完全上演されることとなる



12月13日 第二回短期大学選科演奏会(本学講堂)


12月17日 第二回短期大学秋季演奏会(毎日会館)

1月30日~2月6日 藤原歌劇団 團伊玖磨《夕鶴》初演(大阪朝日会館)
團伊玖磨指揮 関西交響楽団 朝日新聞文化事業団主催
第四回毎日音楽賞特別賞受賞

プログラム
オペラ《夕鶴》プログラム表紙


2月 二期会(現・東京二期会)発足
旗揚げ公演はプッチーニ《ラ・ボエーム》


大阪府民劇場賞創設
平成6年に大阪舞台芸術賞と改称、平成17年度で廃止


4月 京都市立音楽短期大学(現・京都市立芸術大学音楽学部)設置
全国初の公立音楽大学が誕生


大阪学芸大学特設音楽課程設置(現・大阪教育大学教養学科芸術専攻音楽コース)


4月5日 日本音楽学会設立
9月20日、相愛女子短期大学にて関西支部第1回の学会開催


7月18日 産経会館落成
翌、昭和28年に映画上映と貸館が中心となった大阪朝日会館に代わって、数多くの演奏会が開催された


8月8日 たそがれコンサート「千人の合唱と交響楽の夕べ」(西宮球場)
朝比奈隆指揮 関西交響楽団 プロコフィエフ《ロミオとジュリエット》より 本邦初演

公演写真(昭和28年『関西交響楽団目録』より)
たそがれコンサート


9月7、8日 ブタペスト弦楽四重奏団演奏会(産経会館)
わが国初の海外からの弦楽四重奏団が関西初公演を行った

プログラムより
ブタペスト弦楽四重奏団メンバー


9月20~22日 貝谷八百子バレエ団 《シンデレラ》関西初公演(産経会館)
朝比奈隆指揮 関西交響楽団

チラシ
貝谷八百子バレエ団公演《シンデレラ》


10月4日 アルフレッド・コルトー関西初公演(大阪朝日会館)
5、6日:同会場 18日:宝塚大劇場 19日:京都劇場 11月26日:大阪朝日会館

京都公演チラシ
アルフレッド・コルトー


10月21~25日 ソニア・アロワ、小牧バレエ団合同公演 《眠れる森の美女》本邦初演(産経会館)
朝比奈隆指揮 関西交響楽団

プログラム
ソニア・アロワ《眠れる森の美女》


11月24~30日 文部省芸術祭オペラ公演 モーツァルト《フィガロの結婚》(産経会館)
近衛秀麿指揮 青山杉作演出 芸術祭管弦楽団 芸術祭合唱団
東京藝術大学・藤原歌劇団・長門美保歌劇団・二期会・東京オペラ協会・関西オペラグループが参加

第2幕 伯爵夫人の居間(プログラムより)
右よりマルチェリーナ(市木崎義子)、伯爵(伊藤亘行)、伯爵夫人(長門美保)、スザンナ(伊藤京子)、フィガロ(伊藤武雄)
フィガロの結婚・第二幕


11月25日 毎日音楽賞受賞記念 関響招待演奏会(梅田劇場)
関西交響楽団が関西における交響楽運動への寄与により、第四回毎日音楽賞受賞。これを記念して招待演奏会を開催した

1953年
(昭和28年)

2月10日 新『楽友』第一号創刊(短期大学学生・高等学校生徒自治会)
短期大学設立後初の学生誌の発行。短期大学自治会はこの時まだ結成前で、実際の編集作業は高等学校の自治会が行った。第三号からは短期大学単独号になる

新『楽友』第一号
 楽友第一号(表紙)



3月22日 短期大学(第一部)初の卒業式
第一期生40名が卒業した
 短大第一期生の卒業式(集合写真)



3月22日 第一回短期大学卒業演奏会(大阪朝日会館)
朝比奈隆・宮本政雄指揮の関西交響楽団が特別出演。19名の出演者のうち、声楽科学生5名がプロ・オーケストラの伴奏で歌い、ピアノ科学生4名が協奏曲で協演した

プログラム
 短期大学第一回卒業演奏会(プログラム表紙)



5月13~16日 短期大学卒業演奏旅行(岐阜県)
小学校や中学校など8カ所で12公演を行った



7月4日 関西交響楽団ベートーヴェン連続演奏会に出演(産経会館)
朝比奈隆指揮《交響曲第9番》に本学学生・高等学校生徒による合唱が参加
 ベートーヴェン連続演奏会(第九)上演写真



7月8日 第一回短期大学学生演奏会(本学講堂)
短期大学に学生自治会が結成され、その事業の一つとして、研究演奏会を継続的に開催していくことになった



8月1日 短期大学同窓会第1回推薦演奏会(大阪朝日会館)
本学同窓会により、音楽文化の向上に寄与するためとして、会員の門下生の中から優秀な生徒を選んで演奏会を開催することになった

学生演奏会・推薦演奏会プログラム

短大第一回学生演奏会(プログラム表紙) 短大同窓会第1回推薦演奏会(プログラム表紙)

 

 

 


9月25日 朝比奈隆外遊歓送演奏会に出演(大阪府立体育館)
本学学生がアサヒコーラス、関西オペラ合唱部とともに、ベートーヴェン《交響曲第9番》および朝比奈隆の外遊に向け永井学長が作詞作曲した《“朝比奈隆外遊を記念する”歓送カンタータ》を合唱。本学教員もソリストで多数出演

 朝比奈隆外遊歓送演奏会



11月29日~12月4日 短期大学演奏旅行(姫路、岡山、香川県)



12月14日 第三回短期大学演奏会(産経会館)

 

 

 

1月20日 毎日新聞社主催、関西交響楽団ベートーヴェン全交響曲連続演奏会開始(毎日会館)


2月1日 NHK、テレビ放送開始
8月28日には民間放送第1号として日本テレビも開局。テレビ放送は人々の洋楽受容に画期的な変化をもたらしていくことになる

NHKによるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスター、ヘルムート・ヘラーの演奏放送風景(6月7日)​
NHKにおけるテレビ放送


2月14~17日 グルリット・オペラ協会第一回公演 モーツァルト《魔笛》本邦初演の関西公演(大阪朝日会館)
マンフレット・.グルリット指揮 青山圭男演出 関西交響楽団 グルリット・オペラ合唱団

(昭和28年2月15日 朝日新聞夕刊)
グルリット・オペラ「魔笛」


3月27、28日 ヴァルター・ギーゼキング関西初公演(宝塚大劇場)
(昭和28年3月28日 大阪読売新聞)
ギーゼキング関西初演奏


4月30日 関西交響楽団東京特別公演(日比谷公会堂)
5月2日:日本青年館
関西交響楽団、初の単独東京公演

4月30日 日比谷公会堂にて 朝比奈隆指揮
朝比奈隆指揮(日比谷公会堂)


6月14日 ショスタコーヴィッチ《オラトリオ「森の歌」》本邦初演(円山会館)
桜井武雄指揮 こんせる・ぬうぼお 紫明混声合唱団


7月10、11日 近衛管弦楽団・二期会合同公演 モーツァルト《フィガロの結婚》(宝塚大歌劇場)
近衛秀麿指揮 青山杉作演出 近衛秀麿管弦楽団 二期会合唱団

チラシ
近衛管弦楽団二期会合同公演「フィガロの結婚」


8月 日本コロンビア、国産初の邦盤LPレコード販売
長時間の記録が可能なLPレコードは、クラシック音楽の普及に大きく貢献する


9月19~23日 貝谷八百子バレエ団 《くるみ割人形》全曲本邦初演(産経会館)
朝比奈隆指揮 関西交響楽団 関西オペラ合唱部

チラシ
貝谷八百子バレエ団「くるみ割り人形」


9月24、25日 朝比奈隆外遊歓送コンサート
24日:宝塚大劇場 25日:大阪府立体育館


10月2日 アイザック・スターン関西初公演(産経会館)
3日:宝塚大劇場 13日:公楽会館(京都)

プログラムより
アイザック・スターン


10月12日 神戸女学院大学音楽学部設置


10月19日 ラザール・レヴィ公開レッスン(大阪朝日会館)
外来演奏家が演奏会だけでなく、公開レッスンを行うというのは当時としてはまだ珍しかった。3年前の来日の際、東京では実施されたが、関西ではこれが初めてであった

(昭和28年10月21日 朝日新聞夕刊)
レヴィ教授の公開レッスン


11月18日 朝日放送が開局3周年記念委嘱作品、清水修の創作オペラ《修禅寺物語》を放送し、この年の芸術祭賞を受賞
1954年
(昭和29年)
2月10日 短期大学演奏会(神戸商工会議所)


2月15日 短期大学音楽科第二部(夜間)増設認可
第一部と同じく、作曲楽理・声楽・器楽の3専攻。募集定員40名
昭和29年度学生・生徒募集ポスター
夜間新設の文字とともに、新校舎落成近しと書かれているが、“4月より”とある落成・移転が成ったのは10月15日の創立記念日のことであった
短大・高校生徒募集広告ポスター




3月3~5日 関西交響楽団第8回松竹定期演奏会に出演
3日:大阪松竹座 4日:京都松竹座 5日:神戸聚楽館
朝比奈隆帰朝歓迎大演奏会と銘打ち、朝比奈隆指揮によるベートーヴェン《交響曲第9番》などが演奏された。本学教員がソリストを務め、短期大学・高等学校合同の合唱団が参加した 朝比奈隆帰朝歓迎大演奏会(第8回松竹定演)




4月1日 短期大学第二部開設(定員40名)

庄内校地
短期大学第二部増設に際し、近い将来十分な校地を持ったところに移転するとの条件で文部省から認可を受けていたこともあり、大阪府豊能郡庄内町野田に3千坪の校地を取得する。当時は一面畑で、シャクシ菜の栽培が盛んであったという
庄内校地(秋)




7月 庄内校舎地鎮祭
永井学長が鍬を入れた
地鎮祭(永井幸次先生)


10月15日 庄内学舎1号館(木造2階建て6教室)が完成し、味原から移転する
建築中の新学舎


高等学校2年生の教室にて(昭和29年秋)
高二の教室にて(秋)




11月18日 教職課程認定 第一部・第二部正規の課程、同年4月1日適用(中学校教諭二級普通免許状=音楽)


11月20日 第四回短期大学定期演奏会(大阪市中央公会堂)
校舎増築資金募集を兼ねて開催され、朝比奈隆指揮の関西交響楽団が特別出演した。高等学校生徒も合唱で出演
ポスター
短大定演ポスター




11月26、27日 短期大学演奏旅行(福井、富山県)
学生・教員約70名が初の北陸公演を行った



12月1日 永井幸次、自伝『来し方八十年』刊行(大阪音楽短期大学楽友会出版部)
永井幸次著「来し方八十年」



12月24日 クリスマス大音楽会に出演(大阪松竹座)
本学学生が朝比奈隆指揮の関西交響楽団、関西歌劇団、辻久子らと共演。クリスマス・キャロルやヘンデル《メサイア》からハレルヤ・コーラスなどを合唱


3月3~5日 関西交響楽団 第8回松竹定期演奏会(朝比奈隆帰朝歓迎大演奏会)
3日:大阪松竹座 4日:京都松竹座 5日:神戸聚楽館
16日には宝塚大劇場において「朝比奈隆帰朝記念招待演奏会」も行われている

大阪駅にて帰国の出迎えを受ける朝比奈隆(1月30日)
朝比奈隆帰国




4月16、17日 ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ)関西初公演(宝塚大劇場)


4月17、18日 朝比奈隆帰朝記念 関西オペラ第8回公演《お蝶夫人》(大阪歌舞伎座)昼夜2回公演
この時初めて武智鉄二が演出を担当。歌舞伎の様式を取り入れたその手法が評価され、武智は第六回大阪市民文化賞受賞。この公演を機に関西オペラ協会は関西歌劇団と改称。劇団長:朝比奈隆、劇団主事:野口幸助、正団員12名、準団員3名、合唱班32名、演出部4名

プログラム
お蝶夫人プログラム




4月19、20日 フェルッチョ・タリアビーニ関西初公演(産経会館)

チラシ
フェルチオ・タリアビーニ独唱会チラシ

 


4月26日 『ミュージック&バレエ』創刊(社団法人関西交響楽協会発行)
『関西音楽新聞』という名前で関西のクラシック音楽、バレエ関係の専門誌として現在も発行されている


4月26日 ヘルベルト・フォン・カラヤン関西初公演(京都劇場)
27、28日:宝塚大劇場
関西におけるカラヤン初指揮の曲は、ベートーヴェン《エグモント》序曲であった

チラシより
カラヤンのチラシ

 



5月28、29日 藤原歌劇団帰朝特別公演 マスネー《マノン》本邦初演の関西公演(大阪朝日会館)
森正、福永陽一郎指揮 関西交響楽団 青山圭男演出 藤原歌劇団合唱部



6月15日 県立滋賀会館開館



10月9、10日 ヴィルヘルム・ケンプ関西初公演(宝塚大劇場)
11月21日:宝塚大劇場

チラシ
ケンプピアノリサイタル


 


10月23日 関西歌劇団東京初公演《お蝶夫人》を中止
関西歌劇団の東京初進出となる歌舞伎座での公演(同月28、29日)であったが、かねてから松竹の封建制を非難してきた武智鉄二の名前を出すことを拒否した松竹側との対立が起こり、無期延期となる。



11月4~6日 清水修《修禅寺物語》本邦舞台初演(大阪朝日会館)
朝比奈隆指揮 武智鉄二演出 関西交響楽団 関西歌劇団
前年のラジオ放送に引き続き、朝日放送が制作。武智演出での《お蝶夫人》が成功した関西歌劇団が全面協力した

プログラム
修禅寺物語プログラム


 


11月18~20日 能と狂言に依る創作劇の夕(新橋演舞場)
武智鉄二演出の能様式による《夕鶴》が東京で初演された。出演の関西歌劇団の歌手たちは紋付袴で謡曲の部分をオペラ調で歌うというものであった。作曲は團伊玖磨と片山博通。翌年1月29日、祇園歌舞練場で関西初演された

プログラム
能と狂言に依る創作劇の夕

 

1955年
(昭和30年)

1月1日 豊中市が庄内を合併。本学校地地番が豊中市野田160と変更



2月2日 短期大学自治会演奏部創作歌劇《竹取物語》(労働会館)
本学自治会演奏部主催で、学生のみによる創作オペラを上演した。脚色を和歌山大学学生、美術、装置、照明を京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学美術学部)学生が担当し、それ以外の作曲から指揮まではすべて本学学生の自作自演であった

 創作オペラ「竹取物語」の研究発表



2月14日 関西交響楽団第78回定期演奏会に出演(大阪朝日会館)
朝比奈隆指揮、ソリストとして樋本栄教員、本学学生が合唱で参加し、フォーレ《レクイエム》の本邦初演を行った

 関西交響楽団第78回定演(短大出演)舞台写真



庄内学舎移転後初の卒業生 1号館玄関前にて
 卒業生集合写真



3月29日 第三回短期大学卒業演奏会(産経会館)

朝比奈隆指揮の関西交響楽団とショパン《ピアノ協奏曲第1番》を協演する学生
 短大第3回卒業演奏会(演奏写真)


終演後の記念撮影
 短大第3回卒業演奏会(出演者写真)



6月4、5日 東京交響楽団第六回定期演奏会に出演
4日:宝塚大劇場 5日:キョウト・アリーナ
上田仁指揮のベートーヴェン《交響曲第9番》に短期大学・高等学校合同の合唱団で参加。ソプラノソリストは樋本栄教員であった。新日本放送のラジオ番組「ニッケコンサート」(日本毛織株式会社提供)の放送100回を記念して開催され、特別番組として放送された



8月15日 庄内学舎2号館完成(木造2階建て)
奥に見えているのは1号館
 庄内学舎



11月24日~12月1日 短期大学演奏旅行(岡山、香川、徳島、愛媛県)



12月11日 短期大学第二部文化祭(本学講堂)


12月18日 第五回短期大学定期演奏会(大阪市中央公会堂)
午後1時、3時の2回公演で「中学生のための音楽鑑賞会」「高校生のための音楽鑑賞会」として、中高生を招待した。会場は中学、高校生の聴衆で埋まったという


12月24~26日 X'MAS大音楽会に出演
24日:大阪松竹座 25日:京都松竹座 26日:神戸聚楽館
本学学生が関西歌劇団合唱部とともに合唱で参加


プログラム
 プログラム


クリスマス・コンサートに出演(撮影年不詳)
 クリスマス・コンサートに出演(撮影年不詳)

1月21日 関西交響楽団第77回定期演奏会にてサン・サーンス《交響曲第3番》を本邦初演
創立5周年を迎えたこの年、関西交響楽団は定期演奏会でフォーレ《レクイエム》、ラフマニノフ《交響曲第二番》、ハチャトリアン《ヴァイオリン協奏曲》、プラハー《パガニーニ変奏曲》など数多くの本邦初演を行った


2月 和歌山市民会館完成(1,500名収容)


2月28日 ダヴィッド・オイストラフ関西初公演(大阪歌舞伎座)
3月1日:同会場

プログラムより
オイストラフ


3月10日 京都府吹奏楽連盟結成記念合同演奏会(弥栄会館)
全関西吹奏楽連盟の中でさらに各府県連盟の結成が始まる。京都を皮切りに昭和34年に滋賀、奈良、昭和36年に大阪でそれぞれ結成された


3月18日 團伊玖磨《ききみみずきん》初演(宝塚大劇場)
19~22日:同会場 23~31日:毎日会館
團伊玖磨指揮 岡倉士朗演出 関西交響楽団 藤原歌劇団・二期会・関西歌劇団
大阪勤労者音楽協議会が創作オペラを自主制作して上演。労音会員による女声合唱団が関西歌劇団合唱部と共演して合唱を行った

プログラム
ききみみずきん


3月26日 関西歌劇団、大阪府民劇場賞受賞


4月1日 音楽文化協会発足
関西経営者協会が支援して、会社単位の音楽愛好者を会員とする「音楽文化協会」が創設された。機関誌『音楽文化』(月刊)発行


5月7日 シンフォニー・オブ・ジ・エア関西初公演(宝塚大劇場)
8、9日:同会場 10日:京都劇場
トスカニーニの手兵であった元NBC交響楽団「シンフォニー・オブ・ジ・エア」の関西初公演が毎日新聞社・日本放送協会主催で行われた。海外の有名オーケストラの来日公演はこの時が初めてであった。第三夜の9日は「大学生のための演奏会」として催され、全国から106校の学生が詰めかけた。前売券を求めて6千人の行列ができたという


6月11、12日 関西歌劇団創作歌劇第一回公演 大栗裕《赤い陣羽織》/芝祐久《白狐の湯》初演(三越劇場)

プログラム
赤い陣羽織


7月31日 三大交響楽団合同演奏会(甲子園球場)
朝比奈隆、上田仁、近衛秀麿という3人の指揮者による関西交響楽団、東京交響楽団、近衛管弦楽団の合同演奏会で、4万5千人という野外演奏の入場最高記録が出たという。毎日新聞社主催、大阪労音の例会でもあった

三大交響楽団合同演奏会


8月15日 関西交響楽団、エルツキー・アールトネン《交響曲ヒロシマ》を世界初演(広島市公会堂)


9月4日 桐朋学園オーケストラ演奏会(毎日会館)
5日:同会場 6日:弥栄会館

指揮をする同学園短大1年生の小沢征爾
(昭和30年9月4日 毎日新聞夕刊)
指揮をする同学園短大1年生の小沢征爾


9月23日 モーツァルト生誕二百年記念ピアノ協奏曲連続演奏会開始(大阪朝日会館)
翌年のモーツァルト生誕二百年を記念して、倉敷レイヨン社長の大原総一郎が提唱し、200人にのぼる関西財界・文化人による「モーツァルト生誕二百年祭祝典委員会」が組織された。その記念行事として朝日新聞社・朝日放送が、モーツァルトのピアノ協奏曲24曲の連続演奏会を開催。オーケストラは朝比奈隆・宮本政雄指揮の関西交響楽団、関西の中堅新進ピアニスト20人がソリストを務め、放送、記念出版も行われるという関西楽壇あげての催しに注目が集まった

プログラム
モーツァルト生誕二百年記念ピアノ協奏曲連続演奏会プログラム


9月24、25日 第一回全国労音連絡会議開催(大津)


10月1日 相愛学園子供の音楽教室開設


12月8日 大谷冽子渡欧記念 東西合同オペラ公演 プッチーニ《お蝶夫人》(宝塚大劇場)
当時、東京ではオペラ団の交流が盛んだったが、藤原歌劇団・二期会に関西歌劇団が加わって公演を行った。スズキに桂斗伎子、五郎に木村四郎が出演

    西暦    大阪音楽大学の歴史    関西洋楽の歴史
1956年
(昭和31年)

1月23日 関西交響楽団第87回定期演奏会に出演(大阪朝日会館)
モーツァルト生誕二百年祭記念公演に、本学学生が関西歌劇団合唱部とともに《鎮魂ミサ曲K.626》を歌った

チラシ
関響第87回定演「モーツァルト生誕200年祭記念」(チラシ)
※画像をクリックすると拡大します
プログラム
関響第87回定演「モーツァルト生誕200年祭記念」(プログラム表紙)

 

 

 

 


1月25~27日 演奏旅行(和歌山県)





2月15日 スタジオ兼講堂完成
第三期工事となるスタジオ兼講堂が関西交響楽協会との共同出資により完成した

正門を入ってすぐ右手、現在のぱうぜの位置にあった
完成したスタジオ

 

 

 

 

 


3月3日 ベートーヴェン・チクルス 第五回に出演(宝塚大劇場)
朝比奈隆指揮 関西交響楽団 新日本放送主催
本学学生がグリーン・エコー、関西歌劇団合唱部とともに第九の合唱を行った

プログラム表紙
プログラム表紙

 

 

 

 

 


4月 事務局を二部四課に整理(教務部=教務・学生課、総務部=庶務・会計課)





6月6日 永井幸次先生音楽教育60年祝賀音楽会に出演(大阪府立体育館)
大阪音楽短期大学、大阪音楽高等学校と東京芸術大学同声会大阪支部の共催で、永井学長の音楽教育60年を祝う演奏会が行われた。6千人の観客を集め、本学学生・教員はじめ、大阪学芸大学や相愛短期大学の音楽科学生、関西交響楽団など数百名の出演者による大阪音楽界あげての祝賀であった

ポスター
永井幸次先生音楽教育60年祝賀音楽会(ポスター)
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永井幸次学長夫妻
永井幸次先生音楽教育60年祝賀音楽会(永井学長ご夫婦)

 

 

 

 

 


11月2日 関響ベートーヴェン第9交響曲の夕に出演(あやめ池円型大劇場)
朝比奈隆指揮、本学学生が関西歌劇団とともに合唱を行った




11月13~17日 演奏旅行(四国地方)





12月7日 短期大学・高等学校合同文化祭(労働会館)
短大の一部・二部、高校が初めて合同で文化祭を行った。演劇や短大一部生による「世界音楽の旅」の演奏、高校生による服部正《手古奈》、短大二部生によるサリヴァン《ミカド》のオペラ上演があった

プログラム表紙
プログラム表紙
プログラム
曲目一覧
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12月18日 第6回短期大学定期演奏会(産経会館)

ポスター
第6回大阪音楽短期大学定演(ポスター)

 

 

 

 


12月21日 第1回短期大学同窓会研究発表演奏会(産経会館)
現在も続く「幸楽会コンサート」の初回。出演者は昭和42年の第6回より大阪フィルハーモニー交響楽団と共演するようになり、のちに日本センチュリー交響楽団、本学ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団などとも共演している

チラシ
短大同窓会第1回研究発表会(チラシ)
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プログラム表紙
短大同窓会第1回研究発表会(プログラム表紙)

 

 

 

 


12月25日 鉄筋校舎(3階建)完成
第四期工事として、木造の1号館と2号館の間に鉄筋校舎が建設された。現在のA館中央部付近で、1階が事務室、2階が演出研究室、3階が楽器室となっていた。これで1号館と2号館はつながり、この鉄筋校舎から2号館までは本館と呼ばれるようになった

1号館(左)と2号館(右)の間に増設
第四期工事中の研究室
完成した鉄筋校舎
鉄筋校舎

1月7日 ウィーン少年合唱団関西初公演(弥栄会館)
10、11日:宝塚大劇場
ポピュラークラシックの先駆。大人気を呼び、あわただしく追加公演が行われた

京都公演における演奏風景(昭和31年1月11日 毎日新聞)
ウィーン少年合唱団

 

 


1月 関西の演奏家3人が第7回毎日音楽賞受賞
ヴァイオリンの辻久子(本賞)、ピアノの内田朎子(特別賞)、声楽の樋本栄(新人賞)が受賞。関西人による関西での演奏に本賞が授与されるのは辻久子が初めてであった



2月15日 豊中市野田の大阪音楽短期大学内に関響スタジオ新設
関西交響楽団が初めて専属のスタジオを持ち、落成式が行われた



3月13、14日 関西歌劇団創作歌劇第二回公演 芝祐久《マンドリンを弾く男》/石桁真礼生《卒塔婆小町》(産経会館)
朝比奈隆指揮 武智鉄二演出 関西交響楽団 関西歌劇団合唱部

プログラム表紙
プログラム
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初演キャスト・スタッフ
初演キャスト一覧
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3月16日 シュトゥットガルト室内オーケストラ関西初公演(宝塚大劇場)
17日:同会場 18日:弥栄会館
世界的に著名な室内オーケストラの来日はこれが初めてであった


3月20日 近鉄あやめ池遊園地に「あやめ池円型大劇場」開場
日本初の円型劇場で、のちにOSKの拠点となる


3月28、29日 関西歌劇団東京初公演 大栗裕《赤い陣羽織》/芝祐久《白狐の湯》(東京産経ホール)
朝比奈隆指揮 武智鉄二演出 関西交響楽団 関西歌劇団合唱部
演出家武智と松竹との対立により、一昨年秋に《蝶々夫人》公演が中止となって以来の念願の東京進出であった。6千人の観客を集め、大きな人気を呼んだ

ポスター
ポスター
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4月 京都市交響楽団発足
市民の情操向上に資し、楽団自体を文化財として創造することを目的に、全国初の公共団体によるオーケストラとして誕生(現在は京都市音楽芸術文化振興財団が運営)。初代指揮者はカール・チュリウス。6月19日に円山音楽堂で第一回定期演奏会が開催された

第一回定期演奏会には約4500名の聴衆がつめかけた((公財)京都市音楽文化振興財団提供『京都市交響楽団30年史』より)
京都市交響楽団団員

 

 


4月14日 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団関西初公演(大阪朝日会館)
15、21日:宝塚大劇場
このときは51人と約半数のメンバーの来日であったが、つめかけた聴衆は大興奮であったという。作曲家としても名高いパウル・ヒンデミット指揮による関西での最初の演奏曲はメンデルスゾーン序曲《フィンガルの洞窟》

主催の朝日新聞社は英字新聞で来日を報じる
(1956年4月10日 Asahi Evening News)
アサヒイブニングニュース
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5月 神戸新聞会館竣工


5月6日 朝比奈隆氏を送る全関西音楽祭(大阪府立体育館)
3年前の初の外遊において親交を深めたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の招聘により、渡欧することになった朝比奈隆の壮行会。在阪の音楽団体が結集した

上演写真

 

 

 


6月 近衛管弦楽団からABC交響楽団への移行
近衛管弦楽団から日本フィルハーモニー交響楽団への発展解消に際して渡辺暁雄が初代常任指揮者となり、近衛秀麿は朝日放送(Asahi Broadcasting Corporation)と契約して新たにABC交響楽団を率いることになった


6月9日 ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団関西初公演(宝塚大劇場)
10日:同劇場 14日:大阪府立体育館



7月 「もはや『戦後』ではない」(『経済白書 昭和31年度』)
戦後復興期の終わりに釘刺した言葉だが、未来志向の解放感に通じて流行語となった



10月23~27日 第1回イタリア歌劇団公演(宝塚大劇場)
《アイーダ》《フィガロの結婚》《ファルスタッフ》
ヴィットリオ・グイ、ニノ・ヴェルキ指揮 ブルーノ・ノフリ演出 NHK交響楽団 東京放送合唱団 二期会合唱団 服部・島田バレエ団
NHK放送開始30年周年と日伊文化協定に基づく芸術交流の一環として、日本イタリア両政府後援のもと、イタリア歌劇団の来日公演が行われた。戦後初めて再開された海外オペラ公演であり、日本の洋楽史上、最大の影響を受けたものの一つであった。以後20年にわたって計8回の公演が行われる

プログラム表紙(見開き)
プログラム表紙

 

 


10月24日 神戸国際会館開館



12月1日 大阪テレビが本放送を開始
西日本初の民間テレビ局が開局した。昭和33年には関西テレビ、読売テレビが相次いで設立され、昭和34年には朝日放送が大阪テレビを合併。共同出資していた新日本放送(現・毎日放送)も独自にテレビ放送を開始し、現在の在阪民放4局が出揃った

大阪テレビ放送開始大演奏会(大阪歌舞伎座)

関西交響楽団・東京交響楽団・ABC交響楽団の合同演奏で歌う笹田和子(『音楽文化』昭和32年1月号)
上演写真

 

 


12月14日 シューマン百年祭記念連続演奏会開始(大阪朝日会館)
シューマンの没後100年を記念して、前年のモーツァルト生誕200年記念連続演奏会同様、大原総一郎倉敷レイヨン社長の「特定の作曲家の作品を連続して聴くことが理解を深めるための最良の道」という提唱により実現した。ピアノ、交響曲、協奏曲、声楽曲と4夜にわたり開催された

チラシ
チラシ
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1957年
(昭和32年)

1月1日 永井学長、『音楽文化』1月号の表紙を飾る

『音楽文化』1957年1月号(音楽文化協会発行)
音楽文化1月号・第3巻第21号 表紙

 

 


1月26日 オペレッタ《ミカド》公演(芦屋女子学園講堂)
前年の文化祭で短大二部生が上演したサリヴァン《ミカド》をそのままのキャスト・スタッフで再演した。のちに本学教員となる横田浩和も出演している

公演写真
短大出張演奏会「ミカド」上演写真
集合写真
2列目右端に演出の桂直久教員、3列目左端に音楽指導の小橋潔教員
短大出張演奏会「ミカド」集合写真
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3月6日 第九回音楽高等学校卒業式

第九回音楽高等学校卒業式




3月31日 高等学校校舎(木造2階建)完成
第五期工事にあたる高等学校校舎が校庭西側に完成する。6教室あり、これを機に総定員を240名に倍増。Aコース(専攻別)、Bコース(初心者向け)に分け、昭和32年度は各50名を募集。世間一般の音楽レベル向上により、5年後にBコースは廃止する

手前が高等学校校舎
附属音楽高等学校校舎
高等学校の合格発表(昭和32年頃)
高校の合格発表




4月1日 短期大学専攻科開設(定員5名=作曲専攻1、声楽専攻2、器楽専攻2)
3月22日に設置認可がおりた。翌年の四年制大学設立までのわずか1年の設置であった



5月4日 児童音楽学園開設 園長小橋潔
幼児からの早期音感教育は永井学長の念願であった。幼稚科・小学科・中学科を設け、毎週土曜日の午後に開講、ソルフェージュ、楽典、合唱、作曲理論、器楽などを教えた。当初よりグレード制をとっており、中学科には付属音楽高校への受験コースも設置していた。昭和41年に付属音楽学園と改称し、平成15年に現在の付属音楽院が開設される

初めての募集広告
児童音楽学園第一期生募集広告
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毎年5月、10月に募集を行っていた
附属児童音楽学園
学内掲示板(昭和32年頃)
学内掲示板




6月22日 音楽高等学校第一回校内演奏会(スタジオ)
以降、毎月開催されていく



7月13~15日 野外オペラ ヴェルディ《アイーダ》に出演
13、14日:甲子園球場 15日:大阪球場
朝比奈隆指揮 関西歌劇団 関西交響楽団 関西歌劇団合唱部 大阪・神戸労音有志
本学学生が大阪音楽短期大学合唱団として参加した

チラシ
関西歌劇団「アイーダ」(チラシ)
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合唱で参加の本学学生たち
関西歌劇団「アイーダ」(奴隷役アルバイト女子学生)


※こちらから公演当日に使用した第2幕《凱旋行進曲》の録音がお聴きになれます
(資料提供:関西歌劇団)

野外オペラ《アイーダ》動画再生

 




10月31日 庄内校舎3号館(木造2階建)完成
第六期工事の3号館は、現在のC 館付近に完成。1階に練習室、2階に研究室が作られ、両隣には体育館、図書館も建設された

3号館(中央)、体育館(左)、図書館(右)
3号館(外観写真)


11月3日 永井幸次学長、藍綬褒章を受章
「多年音楽教育に貢献し、その功績顕著なため」として、永井学長に藍綬褒章が授与された。このとき永井は83歳であったが、受章の喜びよりも本学を四年制大学に昇格させることに余生のエネルギーのすべてを捧げたいと語っていたという

藍綬褒章を受賞された永井幸次学長 永井学長受賞の藍綬褒章
永井幸次学長の藍綬褒章

 

 


11月13日 文部省大学設置委員会一行が来校、実地審査を実施
村山義温主審(東京薬科大学学長)ら6名を永井学長、水川理事長、朝比奈理事、久保田理事ら9名が出迎えた。スタジオ、楽器庫、レコード室、音響研究室、音声研究室などの音楽大学として特色ある施設は一行の関心を大いに集めたという



12月17日 野外演奏堂完成
3号館前に水川理事長考案のビニール製のドーム型野外演奏堂が完成した。これを記念して、学生たち100名がヘンデルの《ハレルヤコーラス》を演奏した。その時の模様を『The Japan Times』が「日本初のビニール製音楽堂が大阪音楽短期大学に作られた」と報じている

2週間ほどで組み立てられたという
3号館
1957年12月17日 The Japan Timesより
野外演奏堂<THE JAPAN TIMES>

 

 


12月19、20日 クリスマス音楽の夕べに出演(滋賀会館ホール)
本学学生、教員が大津労音の例会に招かれ、合唱やピアノ独奏などを行った

3月 アサヒ・ジュニア・オーケストラ結成
朝日新聞社の主催による音楽教室で、活発な支部活動が行われた


3月26、27日 関西歌劇団第三回創作歌劇公演 大栗裕《夫婦善哉》(産経会館)
28日:弥栄会館 29日:神戸新聞会館 4月12、13日:宝塚大劇場
朝比奈隆指揮 武智鉄二演出 関西交響楽団
織田作之助原作の大阪方言によるオペラという斬新な試みは大評判となった

プログラム表紙
プログラム表紙
蝶子(樋本栄)と柳吉(木村四郎)
上演写真
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(関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より)




4月30日 関西交響楽団第100回定期演奏会(大阪朝日会館)
記念すべき第100回目の演奏曲はヴァーグナー《リエンツィ》序曲とベートーヴェン《交響曲第9番》であった

プログラム表紙
プログラム表紙
演奏曲
プログラム曲目
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5月15日 ars nova 前衛芸術の夕(大阪ガスビル講演場)
電子音楽とミュージック・コンクレートの会。関西における最初の前衛音楽のレクチャーコンサート

諸井誠と黛敏郎。ともに20代後半であった
諸井誠と黛敏郎


5月28日 日米合同交響楽団演奏会(神戸国際会館)
29日:弥栄会館 30日:大阪府立体育館
アメリカから指揮者のジョン・バーネットが来日し、ABC交響楽団が弦セクション、米極東軍選抜メンバーが管打セクションを担当した混成オーケストラを指揮して、関西で演奏会が開催された



7月13~15日 武智鉄二後援会第2回公演 野外オペラ ヴェルディ《アイーダ》
13、14日:甲子園球場 15日:大阪球場
朝比奈隆指揮 武智鉄二演出 関西歌劇団 関西交響楽団 関西歌劇団合唱部 大阪音楽短期大学合唱団 大阪・神戸労音有志
野球場でオペラを上演するという前代未聞の試みが演出家の武智鉄二後援会と大阪・神戸労音の主催で行われた。ローマの野外劇場を再現するという武智の意図で、グラウンド全体を舞台に見立て、本物の象、ラクダ、馬車なども登場。演奏は音が拡散するため、全て事前に録音したものを流し、それに合わせて出演者が演技を行った。労音の例会ということもあり、3日間で7万人の観客が集まったという

甲子園球場での公演(『毎日グラフ』昭和32年7月28日号)
上演写真



9月3、4、6~8日 ボリショイ劇場バレエ団(現・ボリショイ・バレエ団)関西初公演(宝塚大劇場)
レぺシンスカヤをはじめとする一行50名という大所帯のバレエ団が来日するのは初めてのことであった

チラシ
チラシ


9月29日 第1回関西産業音楽祭(大阪府立体育館)
関西企業のコーラス部やオーケストラなど35の団体が出演。山田耕筰、長井斉などが講評にあたった



10月17日 エミール・ギレリス関西初公演(神戸国際会館)
21日:弥栄会館 28、29日:宝塚大劇場
ボリショイ劇場、ギレリスという、当時のいわゆる東側の音楽文化に誰もが感嘆した

チラシ
チラシ
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11月3日 大栗裕が第九回大阪府芸術賞を受賞


11月6、7日 関西歌劇団第四回創作歌劇公演 大栗裕《杜子春》/田中正史《羽》(三越劇場)
朝比奈隆・宮本政雄指揮 武智鉄二演出 関西交響楽団 関西歌劇団合唱部
《杜子春》は交響詩として作曲され、芥川龍之介の原作を朗読しながら演奏するというその構成に対して、関西歌劇団が大阪市民文化賞を受賞した

《羽》の一場面(出典不明)
チラシ


11月15日 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団関西初公演
16日:同会場 17日:神戸国際会館
日独文化協定記念として110名のフルメンバーが来日した。指揮はヘルベルト・フォン・カラヤン。記念すべき関西第一夜はシューベルト《未完成》とベートーヴェン《英雄》というプログラムであった

宝塚公演のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(昭和32年11月16日 毎日新聞夕刊)
チラシ

 

指揮をするカラヤン(昭和32年11月16日 読売新聞)
カラヤン

1958年
(昭和33年)

1月10日 学校法人大阪音楽大学設立認可 理事長水川清一
大阪音楽大学設置認可(音楽学部入学定員65名=作曲学科5名、声楽学科30名、器楽学科30名)

設立認可書
大学設置許可書
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初めての四年制大学学生募集広告
学生募集広告

 

 


1月19日 第1回高等学校定期演奏会(大阪女学院ホール)
高等学校初の学外での定期演奏会として開催された

チラシ
チラシ
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1月20~25日 演奏旅行(香川、徳島県)


1月28日 中学校・高等学校招待音楽会(本学スタジオ)
第二部では特別出演の関西歌劇団が武智鉄二演出、朝比奈隆指揮の関西交響楽団の演奏で、大栗裕《赤い陣羽織》を上演した



2月4日 NHKテレビが「希望訪問~音楽の科学教育」という番組名で、本学の音響研究室、聴力研究室、楽器庫、レコード視聴室、レッスン室その他の新設設備や学生オーケストラなどを紹介。全国に実況放送を行った

野外音楽堂での実況風景
NHKテレビの実況中継に出演中の学生

 

 


3月31日 短期大学第一部、同専攻科廃止



4月1日 大阪音楽大学開学 学長永井幸次(短期大学学長併任、付属音楽高等学校校長兼任
1・2・3年次を開設。短期大学第二部は併置
大阪音楽高等学校を大阪音楽大学付属音楽高等学校と名称変更
関西で唯一の男女共学の四年制音楽単科大学が誕生した

正門の看板も新しくなった
正門付近
第一期生の入学式宣誓
大学初の入学生宣誓

 

 


4月24日 ジャン・ピアース(テノール)声楽特別講義
大阪国際芸術祭出演のため来日中のメトロポリタン歌劇場専属歌手のジャン・ピアースによる特別講義を行った



5月2日 中国歌舞団来校
同上芸術祭参加の中国歌舞団一行31名が来校し、学内を見学。本学学生の歓迎演奏会ののち、歌舞団の演奏もあり、芸術交歓を行った

 

J.ピアース声楽特別講義
J.ピアース声楽特別講義
中国歌舞団の演奏
中国歌舞団の演奏

 

 


5月10日 学生のためのモイセビッチ特別ピアノ演奏会(フェスティバルホール)
学生が低料金で一流音楽家の演奏を聴くことができるようにと本学が主催、立ち見客が出るほどの人気であったという

チラシ
モイゼビッチ特別ピアノ独奏会チラシ
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5月26日 学生のためのカサード特別チェロ演奏会(フェスティバルホール)



9月18日 大学の教職課程認定(高等学校教諭二級普通免許状=音楽、中学校教諭一級普通免許状=音楽)



10月 庄内学舎4号館(木造2階建)完成
第七期工事によって現在の中庭付近に4号館が完成。特別講義室、ソルフェージュ教室、レッスン室などが作られた。これをもって4年にわたる事業計画はひとまず完了した<

工事中の4号館
工事中の4号館

 

 


10月1日 永井幸次編集『心の糧』発行(大阪音楽大学楽友会出版部)
永井学長が学生たちに建学の精神や自身の希望を伝えるために書き与えたもので、人として、また音楽家になるための心構え、健康法などを綴っている

『心の糧』(大阪音楽大学楽友会出版部)
永井幸次編「心の糧」

 

 


10月15日 大阪音楽大学昇格記念祭開催
43回目の創立記念日より、四年制大学への昇格を祝う記念祭が幕を開けた(★は記念祭行事)

ポスター
大学昇格記念祭ポスター
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10月15日 永井幸次胸像除幕式★
永井学長の長年の音楽教育における功績を讃えて胸像が建立され、その除幕式が行われた。寄贈発起人は代表の山田耕筰以下99名。東京芸術大学同声会大阪支部有志87名、大阪府知事、大阪市長ほか16団体が協賛した。胸像は大西徹山(二科会)の彫刻、榊莫(奎星会)の揮毫。校庭で除幕ののち、スタジオ内で式典を行い、体育館で祝賀パーティーが行われた

胸像を制作中の大西徹山
胸像を制作中の大西徹山
本館前に設置された胸像と永井学長
本館前に設置された胸像と永井学長

 

 


10月16日 ミルコ・ドルナー チェロ特別演奏会(本学体育館)
前ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席チェリストで、このときベルリン高等音楽学院教授であったドルナーは楽しい解説も交え、なごやかな演奏会であったという

ミルコ・ドルナー チェロ特別演奏会

 

 


10月17日 大学開設記念体育祭★


10月21日 大学昇格記念式典・演奏会(フェスティバルホール)★
この式典は従来の堅苦しい形式のものではなく、映画を使った斬新かつ短時間で内容のあるものだったと当時話題になった。この時の演奏会が本学の第1回定期演奏会となる

※こちらから式典の際に放映した映画全3本をご覧になれます

大学昇格記念式典動画再生   大学プロモーション映像動画再生  学長胸像除幕式動画再生


開会宣言の後、オーケストラがセリによって上がり(写真右)、君が代を演奏。水川理事長の挨拶の後、再びセリで下りて場内が暗転になり、映画の上映が始まるという演出であった


大学昇格記念式次第
※画像をクリックすると拡大します
 
大学昇格記念演奏会

 

 

 


11月1日 第2回高等学校定期演奏会(大阪朝日会館)★
一般の観客に加え、大阪市内23中学校の団体鑑賞があり、超満員になったという


11月13~18日 演奏旅行(広島、山口、福岡、熊本県)
大学昇格後初の演奏旅行は5泊6日と長旅であったが、各地で計12回も公演を行った。このとき初めて管弦楽団(宮本政雄指揮)が参加

広島公演プログラム
教官・学生100名による大学演奏会プログラム
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阿蘇山にて 最終地熊本は修学旅行を兼ねていた
修学旅行記念写真

 

 

 


12月5、6日 昇格記念文化祭(大手前会館)★
昇格記念祭の最後に、高校・大学の文化祭が開催された。5日が高校の部、6日が大学の部で、それぞれオペラやオーケストラ、ジャズなどの演奏、日本舞踊や洋舞、演劇など盛りだくさんの内容であったが、高校の部で吹奏楽が演奏された。これが本学吹奏楽の始まりだったとされる

2月20日 大阪でFM放送が開始



4月2日 毎日ホールこけら落し
山田耕筰作曲・指揮で、東京交響楽団による《組曲風の祝典曲=寿式三番叟の印象による》が演奏された
山田耕筰による初練習風景(昭和33年2月9日 毎日新聞夕刊)
山田耕筰

完成した毎日ホール内部(昭和33年3月28日 毎日新聞夕刊)
毎日ホール内部


4月3日 フェスティバルホール竣工
四ツ橋筋を挟んで朝日ビルディングの向かいに建てられた新朝日ビルディング内に位置する。補助席も含め3千余人を収容。開館披露には朝比奈隆指揮、関西交響楽団により、ベートーヴェン《献堂式序曲》、エルガー《威風堂々》等が演奏された
昭和33年4月3日 開館披露演奏会((公社)大阪フィルハーモニー協会提供『大阪フィルハーモニー交響楽団50年史』より)
画像


完成したフェスティバルホール内部
フェスティバルホール内部



4月10日~5月10日 第1回 大阪国際芸術祭開催(フェスティバルホール、毎日ホールほか)
関西芸術の活性化と外貨獲得を狙って開かれた東洋初の大規模な国際芸術祭であり、ニューヨーク・シティ・バレエ団やレニングラード・フィルハーモニー交響楽団(現・サンクトペテルブルク・フィルハーモニー 交響楽団)をはじめとする海外からの豪華な演奏家・演奏団体が公演を繰り広げた。文化交流の目的もあり、能や歌舞伎などの公演を行って、わが国の伝統文化を世界に紹介した。第2回より「大阪国際フェス ティバル」と改称される
ポスター
ポスター
プログラム口絵
プログラム口絵



5月12日 ムスチスラフ・ロストロポーヴィッチ チェロ独奏会(神戸国際会館)
プログラムより
ロストロポーヴィッチ

6月27、28、30日、7月1日 関西歌劇団特別公演 近藤圭《さるかに合戦》(神戸国際会館)
7月8、9、10日 関西歌劇団特別公演 大栗裕《雉っ子物語》(神戸国際会館)
朝比奈隆指揮 中村信成演出 関西交響楽団 関西歌劇団合唱部
小中学生のための音楽鑑賞教育の一環として、関西歌劇団が2つの創作オペラを制作。神戸市教育委員会他の後援で上演
《さるかに合戦》初演(関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より)
上演写真



8月16日 「町を静かにする運動」感謝演奏会(フェスティバルホール)
大阪青年会議所、関西交響楽協会、関西音楽人クラブ主催
在阪の音楽家たちが、自動車の警笛による交通騒音を低減するための市民運動が成功して音環境が改善されたことに感謝し、現場で直接実践にあたった自動車、電車の運転手と交通警察官等約3千名を招待して開催され



9月24日 団伊玖磨《夕鶴》(毎日ホール)
団伊玖磨指揮 岡倉士朗演出 東京フィルハーモニー交響楽団 あいりす児童合唱団
オーケストレーションを改作、演出・装置を一新して上演された



10月11日 関西学生音楽協会が発足
AGOT(朝日会館学生音楽友之会)を引き継いだ学音(関西学生音楽友之会)が組織改編され、「関西学生音楽協会」が誕生した



11月3、15日 レオニード・コーガン ヴァイオリン演奏会(フェスティバルホール)
12月1日 レオニード・コーガン三大協奏曲の夕(神戸国際会館)
チラシ
チラシ
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11月5~7日 藤原・関西歌劇団合同公演 プッチーニ《トスカ》(フェスティバルホール)
ガエターノ・コメッリ指揮 佐久間茂高演出 関西交響楽団 藤原・関西歌劇団合唱部
チラシ
チラシ
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11月 関西交響楽団が第111回定期演奏会の企画演奏により、第12回大阪府芸術祭奨励賞受賞



11月26、27日 二期会公演 モーツァルト《フィガロの結婚》(弥栄会館)
12月3日:神戸国際会館 5日:毎日ホール
カール・チェリウス指揮 木下武久演出 京都市交響楽団 二期会合唱団
京都市交響楽団初のオペラ演奏で、名古屋、東京でも公演を行う。翌年1月、「格調正しいすぐれたオペラの上演」として、第十回毎日音楽賞受賞。以後、二期会と京都市交響楽団は共演を重ねていく
1959年
(昭和34年)

1月10日 東西四大学マンドリン・コンサートに出演(毎日ホール)
関西学院・早稲田・同志社・慶應義塾大学マンドリンクラブの合同演奏に合わせて本学合唱団が演奏した


1月19日 ハンナ・ルートヴィヒ声楽特別講義
関西交響楽団の定期演奏会出演のため来日中のライン歌劇場専属メゾソプラノ歌手、ハンナ・ルートヴィヒによる公開レッスン

のちに本学教員となる渡辺弓子、西村(永井)和子、安則雄馬ら4名が受講
ハンナ・ルートヴィヒ声楽特別講義



3月2、3、5日 イタリア歌劇団公演に出演(フェスティバルホール)
第2回イタリア歌劇団公演に、招聘元であるNHKから本学学生に賛助出演の要請があり、《オテロ》《ボエーム》《カルメン》の3演目で世界一流の歌手たちと共に舞台に立った

プログラム表紙(見開き)
イタリア歌劇団大阪公演プログラム見開き表紙

 

 


6月7、9日 フェルディナンド・グロスマン合唱公開講座
ウィーン少年合唱団総裁、ウィーン国立音楽学校声楽科教授F.グロスマンの合唱と声楽の特別講義を行い、7日は聴講料をとって、学外にも公開した

F.グロスマン教授を囲んで
F.グロスマン教授合唱公開講座

 

 

 

7月1日 関西交響楽団第118回定期演奏会に出演(フェスティバルホール)
朝比奈隆指揮のベートーヴェン《交響曲第9番》の合唱に、本学学生が大阪音楽大学合唱部として出演

第九合唱

 

 


7月27日~8月1日 第1回夏期受験講座開講
この頃、全国的に音楽大学への志望者が急増。受験生からの高まる要望に応え、受験講座を開講する。初回は兵庫、大阪が多かったが、東は岐阜県から西は大分県まで18府県計108名が受講した。炎天下、連日無欠席という熱心さであったという。この年、同じく6日間の冬期受験講座も開講

初めての夏期・冬期受験講座広告
夏期受験講座受講生募集
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冬期受験講座受講生募集
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9月16日 ゲオルク・ルートヴィヒ・ヨッフム合唱特別講義
ドイツのルイスブルグ市立交響楽団指揮者G.L.ヨッフムによる特別講義を開講した


9月16日 電子オルガン講習会
わが国ではまだ一般に販売される前の試作段階の電子オルガン2台が日本楽器より搬入され、将来の電子オルガン奏者を養成すべく、技師1名と斎藤超が来校して講習会を開催。学生たちは音色の変化と演奏効果の素晴らしさに驚いたという

G.L.ヨッフム合唱特別講義
G.L.ヨッフム合唱特別講義
電子オルガンを演奏する斎藤超
電子オルガンを演奏する斎藤超

 

 

 


11月3~5日 関西歌劇団第12回公演 プッチーニ《ラ・ボエーム》に出演(フェスティバルホール)
朝比奈隆指揮 白井鉄造演出 関西交響楽団 第13回大阪府芸術祭参加
本学教員を中心に発足した関西歌劇団創立10周年記念の公演に、本学の声楽学科でオペラを学ぶ学生たちが関西歌劇団合唱部、大阪放送児童合唱団とともに合唱で出演した。本学教員も多数、主要キャストを務めている。大晦日に朝日テレビで放送された

プログラム表紙
関西交響楽団「ラ・ボエーム」プログラム表紙
キャスト・スタッフ
関西交響楽団「ラ・ボエーム」キャスト一覧
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11月10日 シラー生誕200年記念シラー祭に出演(産経会館)
大阪日独協会・阪神独文学会主催
朝比奈隆指揮、関西交響楽団の演奏で本学合唱団がベートーヴェン《交響曲第9番》の合唱を行った


11月11日 大阪音楽短期大学第2部を大阪音楽大学短期大学部と名称変更


11月12~15日 演奏旅行(福井、富山県)


11月27日 第2回定期演奏会(フェスティバルホール)
2回目の大学・短期大学合同の定期演奏会。第8回とあるのは短期大学としての定期演奏会の回数を継承したもの。翌年、神戸新聞社の後援により、神戸でも開催している

ポスター(大阪公演と神戸公演)
第8回大学定演大阪公演ポスター
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大学定演神戸公演ポスター<
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教員4名によるバッハ《4台のピアノのための協奏曲イ短調》(神戸公演)
大学定演(神戸国際会館)

 

 


12月3、4日 演奏旅行(和歌山県 田辺・新宮市)


12月20日 第九とエグモントの夕に出演(フェスティバルホール)
朝比奈隆指揮 関西交響楽団 大阪音楽大学合唱団 朝日学生音楽協会主催

3月2日~7日 第2回イタリア歌劇団公演(フェスティバルホール)
《オテロ》《ボエーム》《カルメン》《愛の妙薬》《椿姫》
アルベルト・エレーデ、ニーノ・ヴェルキ指揮 NHK交響楽団 大阪放送合唱団 二期会合唱団、藤原歌劇合唱部 東京少年合唱隊 日本バレエ協会
NHKが再びイタリア歌劇団を招聘。不世出のテノールと言われたマリオ・デル・モナコが参加したことで話題になった。4日にフェスティバルホールで特別演奏会が開催された

オテロに扮したマリオ・デル・モナコ(プログラムより)
オテロに扮したモナコ



3月30日 現代音楽研究所 第1回現代作品演奏会(大阪朝日会館)
関西において現代音楽活動の活性化を目指すべく上野晃が中心になって設立した現代音楽研究所による演奏会

チラシ
チラシ
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4月 辻久子ソビエト演奏旅行
辻久子がソビエト文化省より招聘され、モスクワおよびソビエト各地で演奏会を開催。さらにチェコスロヴァキアでも演奏を行った

自身の公演ポスターの前に立つ辻久子
(帰国記念「辻久子名曲リサイタル」プログラムより)
辻久子



4月10日~5月10日 第2回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール、産経会館ほか)
ウィーン国立歌劇団のモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》で開幕。イゴール・ストラヴィンスキーが来日し、舞踊組曲《火の鳥》《ペトルーシュカ》など全曲自作の演奏会でNHK交響楽団を指揮した。入場券は完売し、補助席まで出すほど注目を集めた公演であったという。このほかアンドレス・セゴビアら計7か国からアーティストが来日

ロビーで歓談するストラヴィンスキーとセゴビア
(『How has it been? 1959 OSAKA INTERNATIONAL FESTIVAL』より)




8月 大阪市音楽団 昭和34年度吹奏楽講習会
戦後、昭和26年から再開した講習会で、現在も中学校・高等学校の吹奏楽部の初心者を対象に演奏指導を行っている。大阪市音楽団の歴史ある重要な事業の一つで、戦前は大栗裕や森正なども受講していたという
(大阪市音楽団提供)

講習会会場写真 講習会風景



8月15日 たそがれコンサート(天王寺音楽堂)
昭和25年に進駐軍の接収解除後、改装なった天王寺音楽堂で開かれる「たそがれコンサート」は夏の夜の風物詩となっていた

大阪府音楽団・大阪市音楽団・大阪府警音楽隊の合同演奏会
(大阪市音楽団提供)
上演写真

 

 


10月31日~11月2日 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団公演(フェスティバルホール)
10月19日から11月23日に及ぶ世界旅行に際して行われた日本公演。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮する総員117名のメンバーで、インド、フィリピン、香港、日本、アメリカ、カナダを巡回。コンサートは26回に及んだ(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のホームページ参照)

チラシ
チラシ
 
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団世界一周演奏旅行記念切手(同管弦楽団日本公演プログラムより)
切手

 

 


11月3~5日 関西歌劇団第12回公演 プッチーニ《ラ・ボエーム》(フェスティバルホール)
朝比奈隆指揮 白井鐵造演出 関西交響楽団 関西歌劇団合唱部 大阪音楽大学オペラ専攻科 大阪放送児童合唱団
歌劇団創立10周年記念公演であり、第13回大阪府芸術祭共催行事として上演。この年の大晦日に朝日テレビによって第3幕のみカットして放送された

《ラ・ボエーム》第2幕
上演写真
関西歌劇団提供 『関西歌劇団50年のあゆみ』より

 


11月6日 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団関西初公演(フェスティバルホール)
7日:同会場 8日:大阪府立体育館

チラシ
チラシ
1960年
(昭和35年)

1月15日 表示改正により、本学の位置表示が豊中市庄内幸町1丁目70番地となる



2月 志願者激増
本学への志願者はますます増加する。前年度比大学1.8倍、短期大学2.2倍の志願者が集まり、競争率はそれぞれ2.5倍、3.5倍となった

昭和35年2月20日『関西芸術』第93号
大学入試志願者激増記事

 

 

 


3月15日 大学第1回卒業式
芸術学士第一号となる75名が卒業した。このうち作曲の景山伸夫、声楽の窪田譲、西村(永井)和子、牧野恭子、安則雄馬、油井昌行、渡辺弓子、ピアノの明松(中村)節、梅本俊和、田村利子、三井(堀)陽、武藤秋、山崎良子、ヴァイオリンの藤本幸男は本学教員となった

大学第一期卒業生
大学第一期卒業生集合写真
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オーケストラ伴奏による卒業式(撮影年不詳)
オーケストラ伴奏による卒業式

 

 


3月19日 第1回卒業演奏会(産経会館)
大学、短期大学両卒業生による初めての卒業演奏会であり、これが現在の回数に継承されている

チラシ
大学第1回卒業演奏会チラシ
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昭和35年度 付属音楽高等学校生徒手帳
生徒手帳(おもて)
※画像をクリックすると拡大します
生徒手帳

 

 

 


4月15~17日 第3回大阪国際フェスティバル 歌劇《黒船》公演に出演(フェスティバルホール)
山田耕筰(15、17日)、朝比奈隆(16日)指揮 白井鉄造演出 関西交響楽団
山田耕筰《黒船》公演に本学学生が合唱で出演した。相愛女子大学音楽部、新月会、関西歌劇団、宝塚歌劇団、関西学院グリークラブも同じく合唱として参加している

プログラム表紙
オペラ「黒船」プログラム表紙
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キャスト
オペラ「黒船」キャスト一覧
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4月26日 アンリ・テミアンカ ヴァイオリン特別講義
大阪国際フェスティバル出演のため来日中のパガニーニ弦楽四重奏団のヴァイオリニスト、アンリ・テミアンカを招いて特別講義を開講した

アンリ・テミアンカ・ヴァイオリン特別講義

 

 

 


5月19日 オペラ研究部公演 レハール《メリー・ウィドウ》(和歌山市民会館)
オペラ研究部が前年の大学・高校合同文化祭で企画制作し、関西初演した《メリー・ウィドウ》を再演した

キャスト・スタッフ(プログラムより)
大学オペラ研究部公演「メリー・ウィドー」キャスト一覧
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昭和34年10月29日 大学・高校合同文化祭公演
オペラ研究部による《メリー・ウィドウ》関西初演
大学オペラ研究部公演「メリー・ウィドー」

 

 


5月25日 関西地区大学音楽学部卒業生による第1回新人演奏会(大阪朝日会館)
音楽学部を持つ関西の7つの大学が連携をはかり、音楽教育の発展に資することを目的として、関西地区大学音楽学部協会(現・関西音楽大学協会)を設立。その初事業として、合同の新人演奏会を開催した。このとき本学からは、のちに教員となる安則雄馬、渡辺弓子、梅本俊和が出演。この演奏会は現在も継続され、本学が事務局を務めている

プログラム表紙
関西地区大学音楽部卒業生による新人演奏会プログラム

 

 

5月31日 大阪芸術祭 ドニゼッティ歌劇《ランメルムーアのルチア》出演(毎日ホール)
ニコラ・ルッチ指揮、演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 毎日新聞社・毎日放送主催
大阪芸術祭において本邦初演となる《ランメルムーアのルチア》の公演に本学学生が合唱で出演した。本学の卒業生である五十嵐喜芳の帰国後初のオペラ出演作品であった

プログラム表紙
第1回大阪国際フェスティバル・歌劇「ランメルムーアの花嫁プログラム
キャスト・スタッフ(プログラムより)
キャスト一覧
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教育実習を行う本学学生(昭和35~38年頃)
教育実習中の写真

 

 

 


7月22日 スタジオ兼講堂を大阪音楽大学ホールと改称(本学の占有施設となる)


7月23日 付属音楽高等学校鳥取砂丘探訪

附属高校鳥取大砂丘探訪記念集合写真

 

 

 


10月14日 ゲルト・ケンパーピアノ特別講義



11月3日 第14回大阪府芸術祭記念公演 秋のファンタジーに出演(フェスティバルホール)
本学合唱団と管弦楽団が小橋潔教員の指揮で《カヴァレリア・ルスティカーナ》と《アイーダ》から合唱曲を2曲演奏した

ゲルト・ケンパーピアノ特別講義
ゲルト・ケンパー・ピアノ演奏法特別講義
第14回大阪府芸術祭記念公演
第14回大阪府芸術祭祝典

 

 


11月28日 第3回大学定期演奏会(産経会館)


11月30~12月4日 演奏旅行(鳥取、岡山県)

第3回定期演奏会プログラム表紙
プログラム
鳥取演奏旅行ポスター
大学演奏会「教官・学生100余名による合唱とオーケストラ」鳥取公演ポスター
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12月 庄内学舎5号館(木造2階建)完成
学生数の増加に伴い、校庭北側に追加となる第八期工事を行った。唱歌教室、レッスン室などを増設

完成した5号館
完成した5号館

 

 


12月21日 ヘンデル《メサイヤ》に出演(神戸国際会館)
本学管弦楽団が中村仁策指揮で演奏を行った


12月24日 大阪フィルハーモニー交響楽団第5回定期演奏会に出演(毎日ホール)
朝比奈隆指揮で本学合唱団がベートーヴェン《交響曲第9番》の合唱を行った

4月6日~5月6日 第3回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
パガニーニ弦楽四重奏団、ピラール・ロペス・スパニッシュバレエ団等が来日。日米修好通商100周年と山田耕筰作曲生活60年を記念し、山田耕筰が大幅に書き改めた歌劇《黒船》を自身の指揮で上演した。関西初演であった。フィナーレを飾ったのはやはりアメリカを意識してか、ボストン交響楽団である

大人気となったジャン=ルイ・バロー芸術劇場のチラシ
アンドレ・ジラール指揮 関西交響楽団
チラシ





4月18日 第1回大阪市音楽団特別演奏会(毎日ホール)
大阪市音楽団初の有料演奏会であったが、ダフ屋が出るほどの大盛況であったという。ヒンデミット《吹奏楽のための交響曲 変ロ長調》をはじめ、3曲の本邦初演を行うという意欲的なプログラムであった

チケット
チケット





4月29日 京都会館竣工
こけら落しは4月29、30日に市民合唱も交えたカール・チェリウス指揮京都市交響楽団演奏のベートーヴェン《交響曲第9番》。このほか開館記念行事として、雅楽・能楽・狂言の古典芸能の夕や、全京都洋舞協議会による舞踊詩劇《ペール・ギュント》、フンパーティングのオペラ《ヘンゼルとグレーテル》など、5月9日のボストン交響楽団演奏会まで連日催し物が行われた

ベートーヴェン《交響曲第9番》第4楽章の演奏(昭和35年5月1日 毎日新聞夕刊)
京響第九

 

5月9日 ボストン交響楽団演奏会チラシ
チラシ





4月 関西交響楽団解散
翌5月、大阪フィルハーモニー交響楽団が誕生した

関西交響楽団最後の第125回定期演奏会プログラム表紙(4月2日 毎日ホール)
プログラム表紙

 

大阪フィルハーモニー交響楽団第1回定期演奏会プログラム表紙(5月14日 毎日ホール)
プログラム表紙






5月14日 大阪フィルハーモニー交響楽団第1回定期演奏会(毎日ホール)



5月 大阪文化協会設立
大阪および関西の時代に即応した文化振興のための諸事業を行うために大阪文化協会が設立され、5月24~29日にわたって第1回「大阪文化まつり」が開催された





6月17日 関西音楽人懇談会、安保改定反対声明を発表




6月25日 ロン=ティボー国際音楽コンクール優勝記念 松浦豊明ピアノリサイタル(フェスティバルホール)
大阪出身の松浦豊明が日本人として初めてロン=ティボー国際音楽コンクールに優勝し、リサイタルを開催





7月2、3、5~9日 レニングラードバレエ団(現・マリンスキー・バレエ)関西初公演(フェスティバルホール)
《白鳥の湖》《ジゼル》《石の花》《レ・シルフィード》が上演された。ソビエト芸術における古典と現代の有り方に注目が集まった

《石の花》銅山の女王コルパコワ(プログラムより)
プログラム写真





9月 朝日生命ホール竣工





10月5日 ナルシソ・イエペス関西初公演(京都会館)
6日:同会場 7日:産経会館 8日:神戸国際会館




10月26日 ウィーンコンツェルトハウス弦楽四重奏団関西初公演(毎日ホール)
11月10日:同会場 12日:京都会館




10月27日 ルドルフ・ゼルキン関西初公演(フェスティバルホール)
10月30日:京都会館

イエペス(左)、ゼルキン(右)、ウィーンコンツェルトハウス弦楽四重奏団(下)
世界的な演奏家や演奏団体の来日が相次いだ

イエペス ゼルキン

 

ウィーンコンツェルトハウス弦楽四重奏団






11月4、5日 京都女子学園創立50周年記念祝賀公演 大栗裕 交響劇《杜子春》/創作オペラ《おに》(京都会館第一ホール)
朝比奈隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
語り手:茂山千之丞、若者:観世寿夫、仙人:片山慶次郎(杜子春)
茂山千之丞演出 京都女子大学音楽科コーラス他、京都女子大学演劇クラブ、京都女子大学児童合唱団(おに)
能狂言と西洋音楽とのコラボレーションが話題になった

チラシ
チラシ
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12月2日 パウル・バドゥラ=スコダ ピアノ演奏会(毎日ホール)

プログラムより
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12月8日 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団関西初公演(フェスティバルホール)
10日:同会場 13日:京都会館
大阪国際フェスティバル協会がこの年から秋にも特別公演を開催することになり、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団がカルロ・マリア・ジュリーニの指揮で、全国主要都市で10回の公演を行った

プログラムより
団員写真
1961年
(昭和36年)

1月21日 オペラ専攻学生第1回研究公演《フィガロの結婚》(大阪朝日会館)
オペラ履修生による研究公演を学外において開催することとなった。総監督・演出を朝比奈隆、指揮を宮本政雄両教員が行ったが、出演者、オーケストラはすべて学生によるもので、本学にとって定期演奏会と並ぶ大きな催しとなった。昭和48年まで計14回開催された

ポスター
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※こちらから録音がお聴きになれます
オペラ専攻学生第1回研究公演《フィガロの結婚》 動画再生


1月31日 京都演奏会(京都会館第一ホール)
本学初の京都公演。前年の第3回定期演奏会での演奏曲を中心に、オペラからの合唱などを加えた全6曲を披露した

ポスター
​このほかグルック《アウリスのイフィゲニア》序曲も演奏
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卒業式・謝恩会(昭和31年頃)
当時は本学ホールで卒業式のあと、謝恩会も行っていた

 

 

 

卒業式
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謝恩会
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3月20日 『研究紀要』創刊
本学教職員の投稿による年刊誌で、分野やテーマは自由とした。大学設立時における永井学長の構想の一つで、自らも創刊号に投稿している

 

『研究紀要』創刊号表紙
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第4号掲載の永井学長遺稿冒頭部分
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4月 聴講生制度発足
高校を卒業し、音楽の素養を有し、将来音楽研究を志す特に熱意のある者、教員免許取得のため単位を必要とする者、学校長等の命を受け派遣された者を年間20単位以内で受け入れることとした



5月12日 ヴァージル・タムソン、ヘンリー・カウエル特別講義
アメリカの作曲家2人による「世界の民謡と現代音楽」「音楽の世界的現状」についての特別講義を開催

 

V.タムソン特別講義
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8月26日 同窓会正式名を「幸楽会」とする。会長木村四郎
創立者永井幸次の名にちなんで命名され、母校でのこの日の総会において発表された。永井学長が木村会長に依頼されて、《幸楽会の歌》を贈った

 

 

 

画像 《幸楽会の歌》
永井学長は校歌と同じメロディーに新たな歌詞をつけ、最後に6小節を加えた
当初、「近畿のそら」とあった歌詞を時代に合わせて、昭和52年に「世界のそら」と改めた

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10月11、12日 幸楽会 レハール《メリー・ウィドウ》公演(御堂会館)
宮本政雄指揮 志摩靖彦・桂直久演出 大阪フィルハーモニー交響楽団
昨春卒業したオペラ研究部の卒業生たちによる公演で、《メリー・ウィドウ》は昭和34、35年の上演に続き3回目となる。両日昼夜2回公演で、昼の部は大谷女子学園の団体鑑賞に当てられ、夜が一般公演であった。大阪府芸術祭および大阪市民文化祭参加

 

 

 

プログラム表紙
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キャスト・スタッフ(プログラムより)
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10月16日 ミルドレッド・ディリング特別講義・演奏会(本学ホール)
アメリカ国務省の文化使節として来日中であったミルドレッド・ディリングによる「ハープの歴史について」の講義と演奏会が、同氏所蔵の様々なハープを用いて行われた

 

プログラム表紙
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 ディリング氏を囲む付属高等学校生たち
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10月28~31、11月2日 第3回イタリア歌劇団公演に出演(フェスティバルホール)
2年前に引き続き、本学学生が再びマリオ・デル・モナコ、レナータ・テバルディ、ジュリエッタ・シミオナートといった世界一流の豪華な歌手陣と、全5演目においてエキストラとして共演した

 

キャスト・スタッフ(プログラムより)
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11月9、10日 大学文化祭(本学ホール)
2日目には演劇、剣舞、ジャズ同好会の演奏があり、オペラ研究部がヨハン・シュトラウス2世《ジプシー男爵》(全3幕)を自分たちの日本語訳により上演した


11月22日 大阪市音楽団特別演奏会に出演(フェスティバルホール)
本学合唱団が出演し、ベルリオーズ《葬送と勝利の交響曲》を本邦初演

 

 

 

チラシ
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11月24~26日 関西歌劇団第14回定期公演《フィガロの結婚》に出演
24、25(昼夜)日:フェスティバルホール 26日:薫英学園
朝比奈隆指揮 朝比奈隆、菅沼潤演出・構成 大阪フィルハーモニー交響楽団
本学学生が合唱で出演。25日昼は朝日学音例会、26日は薫英学英創立30周年記念公演。関西歌劇団は本公演により大阪市民文化祭芸術賞受賞

キャスト・スタッフ
(プログラムより)
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第4幕
(関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より)
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11月27日 神戸演奏会(神戸国際会館)
11月28日 第4回定期演奏会(産経会館)
大阪に先立ち、神戸国際会館で開催された神戸演奏会は、第2回目となる定期演奏会の神戸公演



12月2~7日 演奏旅行(岡山、広島、山口県)
定期演奏会と広島での本学演奏会ポスター

 

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12月15日 作曲科学生第一回作品発表会(本学ホール)


12月23日 ヘンデル《メサイア》に出演(神戸国際会館)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月8日 京都市交響楽団、昭和35年度文部省芸術選奨受賞
設立以来、カール・チェリウスのすぐれた指揮のもとに、モーツァルト作品演奏をはじめ、音楽界に貢献したことによる



4月13日~5月6日 第4回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、モントリオール・バッハ合唱団、ブランシュ・シーボム(Ms)、アイザック・スターン(Vn)、アルテュール・グリュミオー(Vn)、クインテット・キジアーノ、ロイヤル・バレエ団、ジュリアード弦楽四重奏団が来演。当時、国交のなかった旧東ドイツからのゲヴァントハウス管弦楽団の初来日は“芸術に国境なし”を押し通しての特例ずくめものであったという。この年より募集された全公演鑑賞の友の会会員は、発表当日の午前中に1,000名の定員が満了になるほどの人気であった

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
(大阪国際フェスティバル第20回記念プログラムより)
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ジゼルを踊るマーゴ・フォンティーン
(大阪国際フェスティバル第20回記念プログラムより)
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4月20日 京都市交響楽団第35回定期演奏会(京都会館第一ホール)
客演指揮者としてパブロ・カザルスが愛弟子の平井丈一朗と共演


4月20日 アサヒ・コーラス、大阪フィルハーモニー交響楽団、法村・友井バレエ団等が昭和35年度大阪府民劇場奨励賞受賞



5月1日 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団関西初公演 (産経会館)
2日:大阪府立体育会館 4日:神戸国際会館
レナード・バーンスタイン指揮、関西初の演奏曲はベルリオーズ《ローマの謝肉祭》序曲であった。バーンスタインは2日の公演で、ラヴェル《ピアノ協奏曲》のソリストも務めている

 

 

チラシ(日本初公演は東京)
ニューヨークフィルチラシ
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5月9、10日 二期会・京都市交響楽団モーツァルト・シリーズ第4弾公演《ドン・ジョヴァンニ》(京都会館第二ホール)
11日:毎日ホール 16、17日:東京産経ホール
ジャン・ポッパー指揮 木下武久演出 京都市交響楽団 二期会合唱団
モーツァルト・シリーズの最終回。大阪芸術祭の日独修好100年記念、初代指揮者カール・チェリウスの帰国記念を兼ねての公演であった


5月22日 イェルク・デムス関西初公演(京都会館第一ホール)
6月2日:毎日ホール

 

 

 

プログラムより
イェルク・デームス
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6月1日 関西学生吹奏楽連盟結成


6月6、7日 大阪芸術祭参加 音楽コンクール30周年記念 マスカーニ《友人フリッツ(アルザスの女ぎらい)》本邦初演(毎日ホール)
ニコラ・ルッチ指揮・演出 大阪放送交響楽団 大阪放送合唱団 京都市民合唱団 あいりす児童合唱団

 

 

 

 

初演キャスト(プログラムより)
プログラム
五十嵐喜芳のフリッツと樋本栄のスゼル
(昭和36年6月7日 毎日新聞夕刊)
上演写真

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6月13日 さよなら!! チェリウスさん!! 市民の集い(円山音楽堂)
初代指揮者として、創立以来5年余り京都市交響楽団を率いてきたカール・チェリウスが辞任。後任指揮者にハンス・ヨアヒム・カウフマンが就任し、チェリウスには名誉指揮者の称号が与えられた

 

 

チェリウス指揮による京都市交響楽団(京都市交響楽団提供『京響のあゆみ』より)
チェリウス指揮・京都市交響楽団
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8月25~27日 第4回現代音楽祭(御堂会館)
現代音楽祭が初めて関西で開催された。ジョン・ケージらのアメリカ実験音楽、武満徹、黛敏郎ら同音楽祭を主催する二十世紀音楽研究所のメンバーたちの前衛音楽が初演され、最終夜は没後10年を記念して全曲シェーンベルクの作品が演奏された



10月4~6日 パリ・オペラ座関西初公演 ビゼー《カルメン》(フェスティバルホール)
ロベルト・ベンジ指揮 レイモン・ルーロ演出 大阪フィルハーモニー管弦楽団 藤原歌劇団合唱部

 

 

 

 

チラシ
チラシ
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10月17日 関西放送作曲家協会発足
放送作曲家の社会生活や職能を擁護し、親睦をはかるとともに、放送文化の発展向上に寄与することを目的として結成


10月28日~11月2日 第3回イタリア歌劇団公演(フェスティバルホール)
《アンドレア・シェニエ》《リゴレット》《トスカ》《カヴァレリア・ルスティカーナ》《道化師》《アイーダ》
フランコ・カプアーナ、アルトゥーロ・バジーレ指揮 NHK交響楽団 大阪放送合唱団 二期会合唱団 藤原歌劇団合唱部 東京コラリアーズ
NHKによる3度目のイタリア歌劇団招聘。11月1日にはフェスティバルホールで日本赤十字社主催の特別演奏会を開催

 

 

 

チラシ
チラシ
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11月3日 財団法人大阪フェスティバル協会が昭和36年度なにわ賞受賞
創設以来、広く海外から国際的に水準の高い芸能を招いて公演、府民の文化向上につくしたことによる


11月6日 ギャルド・レピュブリケーヌ交響吹奏楽団(現・ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団)関西初公演(フェスティバルホール)
7日:公開講座(大阪朝日会館) 9日:演奏会(京都会館第一ホール)
ルーブル・フランス美術展を記念して、世界最高水準の演奏技術を誇るフランスの名門軍楽隊が初来日した

 

 

 

 

チラシ
チラシ
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12月12日 関西歌劇団が昭和36年度大阪市民文化祭芸術賞優賞、アサヒ・コーラスが同奨励賞受賞
各受賞はモーツァルト《フィガロの結婚》公演、およびハイドン《天地創造》演奏による

 

 

 

1962年
(昭和37年)

1月12、13日 オペラ専攻学生第2回研究公演《コジ・ファン・トゥッテ》(大阪朝日会館)
2日目は昼夜2回公演で、昼の部は学生対象に開催された。朝比奈隆教員の構成により、本来は3時間ほどかかる作品を2時間以内に省略しての上演であった

ポスター
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第1幕
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集合写真
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2月1日 邦楽学科開設準備委員会発足
本学発展の長期計画の一環として、関西における初の邦楽学科設置を決定。学内外から委員を選出し、設置準備ならびに諸研究を開始する



4月24、26日 第5回大阪国際フェスティバル R.シュトラウス《サロメ》に出演(フェスティバルホール)
マンフレッド・グルリット指揮 青山圭男演出 東京フィルハーモニー交響楽団
主要キャストに世界屈指のサロメ歌手クリステル・ゴルツら海外の著名歌手を招聘して行われた東洋初演の舞台に、本学学生がエキストラで参加

キャスト・スタッフ
(プログラムより)
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公演写真
(大阪国際フェスティバル20周年記念プログラムより)
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6月16日 永井学長米寿祝賀演奏会(フェスティバルホール)
永井学長の米寿と長年にわたる音楽教育の功績を讃えて、全学あげての祝賀演奏会を開催した。永井学長がプログラムにしたためた謝辞には「六十の少年、七十の青年、八十の壮年、九十以上が老年と思うと、まだ老年の域には程遠いことと思って、毎日楽しく働いております」とある

チラシ
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60年前の鳥取での教え子らと席に着く永井学長
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大学・短大・高校の全学生・生徒900名による校歌合唱で開幕
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7月15日 ロドルフォ・リッチ声楽特別講義
発声に関する公開レッスンを行った

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11月1日 第6回付属高等学校定期演奏会(サンケイホール※この年より改称)

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合唱組曲"白秋・耕筰作品集"より
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11月3日 第16回大阪府芸術祭祝典に出演(フェスティバルホール)
本学学生が大阪府芸術祭のための野口源次郎《讃歌》を演奏


11月20日 第5回定期演奏会(サンケイホール)
翌年には再び京都公演も開催

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プログラム表紙(大阪・京都公演)
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11月28日~12月5日 演奏旅行(宮崎、熊本、長崎、福岡、広島県)

福岡公演プログラム表紙
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12月18日 兵庫県芸術祭 ベートーヴェン《交響曲第9番》に出演(神戸国際会館)
山田和男指揮 京都市交響楽団 二期会合唱団 大阪放送合唱団 大阪音楽大学合唱団
本学学生が合唱で参加


12月19、20日 大学文化祭(御堂会館)


12月24日 ヘンデル《メサイア》に出演(神戸国際会館)
中村仁策指揮で本学管弦楽団が演奏。コーロ・ポルテニオ、神戸中央合唱団共催


12月25日 川西市大和東4丁目の土地14,326㎡取得(昭和54年、現K号館の土地・建物取得のため譲渡)
 

1月19日~3月13日
朝比奈隆9回目の渡欧。1月19日、北西ドイツ放送交響楽団と大栗裕《雲水讃》を演奏。3月13日、ドイツ国立歌劇場のプッチーニ《お蝶夫人》を指揮。東洋人による海外歌劇団の指揮はこれが初めてであっ た


2月16日 ハンス・ホッター関西初公演(毎日ホール)
21日:京都会館第一ホール(京都市交響楽団定期演奏会に出演)

新芸術家協会パンフレット表紙
ハンス・ホッター日本公演プログラム表紙
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3月17、18日 大阪フィルハーモニー交響楽団第1回東京公演(東京文化会館)
メンデルスゾーン序曲《フィンガルの洞窟》、ブラームス《交響曲第4番》、フランク《交響曲 ニ短調》等を演奏

遠山信二指揮 フォーレ《レクイエム》
大フィル第1回東京公演演奏写真
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4月2日 毎日文化ホール開館
毎日放送の旧第一スタジオを改築。毎日大阪会館北館11、12階に位置し、収容人員250名


4月12日~5月5日 第5回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
オイゲン・ヨッフム、ベルナルト・ハイティンク指揮によるアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現・ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)、アンドレ・ナヴァラ(Vc)、ヴィルトゥオージ・ディ・ローマ、コメディー・フ ランセーズが来演。日本の現代音楽が初めて取り上げられ、3人の会(團伊玖磨、黛敏郎、芥川也寸志)自らが大阪フィルハーモニー交響楽団を指揮して自作を演奏した。R.シュトラウス《サロメ》が東洋初演さ れ、従来協賛公演であった能楽も「フェスティバル能」として正式プログラムに加えられた

フェスティバルホール入り口(プログラムより)
フェスティバルホール入り口写真
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プログラム表紙
第5回大阪国際フェスティバル・スーベニヤ・プログラム第1巻表紙
第5回大阪国際フェスティバル・スーベニヤ・プログラム第3巻表紙
第5回大阪国際フェスティバル・スーベニヤ・プログラム第4巻表紙 第5回大阪国際フェスティバル・スーベニヤ・プログラム第7巻表紙

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4月16日 昭和36年度大阪府民劇場賞・同奨励賞贈呈式
関西歌劇団が大阪府民劇場賞、大阪フィルハーモニー交響楽団が同奨励賞を受賞


5月12日 第2回2000人の吹奏楽開催(阪急西宮球場)
前年春、関西テレビが出演者1000人による大規模な吹奏楽の演奏会を開催。第2回は大阪、京都、兵庫の府県音楽隊、自衛隊、関西六大学等、28団体約2000人が出演。年々参加団体が増え、第29回 からは「3000人の吹奏楽」となり、現在も継続されている


7月16日 オリヴィエ・メシアン関西初公演
16日:講演会(毎日国際サロン) 17日:ピアノ演奏会(毎日ホール)
フランスを代表する現代作曲家で、鳥類の研究者でもあるメシアンがピアニストのイヴォンヌ・ロリオとともに講演会および演奏会を行い、自らの作曲理論と作品を紹介

プログラム表紙
メシアンプログラム表紙
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8月1日 扇町プールスタンド下に大阪フィルハーモニー交響楽団の新スタジオが完成

朝比奈隆指揮、完成披露演奏会。以後29年間にわたり練習場として使用
大フィル新スタジオ完
成披露演奏会
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8月28日 第1回大阪プールサマーコンサート開催(大阪プール)
扇町大阪プールを会場に、水上バレエと歌とオーケストラを楽しむという異色のコンサートが大阪都市協会・大阪フィルハーモニー交響楽団主催で開催された

昭和38年7月30日 第2回大阪プールサマーコンサート
大阪プールサマーコンサート写真
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9月11日 ヤナーチェク弦楽四重奏団関西初公演(京都会館)
12日:フェスティバルホール
この年はローマ合奏団、ベルリン室内管弦楽団(旧西ベルリン)、ハンガリー弦楽四重奏団など室内楽の団体が相次いで初来日し、一種の室内楽ブームが見られた。バロック音楽が聴かれる機会も増加


9月16、17日 神戸労音 オルフ《カルミナ・ブラーナ》西日本初演(神戸国際会館)
外山雄三指揮 桜井武雄合唱指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 神戸合同合唱団
この公演における神戸労音の企画・上演と桜井武雄の合唱指導が第1回音楽クリティック・クラブ奨励賞受賞


9月20日 カール・オルフ講演と演奏指導の会(相愛学園講堂)
NHKの招聘により、ドイツの作曲家で、音楽教育界の権威であるカール・オルフと協力者グニルト・ケートマンが初来日。日本の学校音楽教育の向上に役立てようとするものであった

プログラム表紙
オルフ公演プログラム
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9月26日 「京都会館秋の音楽シーズン」開催(京都会館)
京都市が京都会館を会場として、京都市交響楽団を中心に内外の一流芸術家を招き、音楽祭を開始した。9月~12月の間に月2、3回のペースで演奏会を開催。初回はソビエト連邦国立アカデミーロシア合 唱団(現・ロシア国立モスクワ・アカデミー合唱団)、ベルリン室内管弦楽団(旧西ベルリン)、ハンガリー弦楽四重奏団などが出演した

10月10日 森正指揮の京都市交響楽団、二期会による《蝶々夫人》(京都市交響楽団提供『京響のあゆみ』より)
蝶々婦人公演写真
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10月 音楽クリティック・クラブ結成
関西在住の音楽評論家9名により結成。関西音楽界の活性化を図るため、音楽クリティック・クラブ賞を創設


10月4日 読売日本交響楽団披露演奏会(フェスティバルホール)
この年、読売新聞社・日本テレビ放送網・読売テレビ放送のグループ3社を母体に設立された同交響楽団初の関西公演


10月12日 ジョン・ケージ関西初公演(京都会館第二ホール)
17日:御堂会館
アメリカ現代音楽を代表するケージとピアニストのデイヴィッド・チューダーが初来日。一柳彗、黛敏郎、高橋悠治らとともにアメリカやヨーロッパの現代音楽を演奏

大阪公演チケット
ジョン・ケージ大阪公演チケット
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10月14日~12月23日 62’兵庫県芸術祭開催(神戸国際会館)
兵庫県が期間中の神戸国際会館協賛の8公演を指定して助成し、県民が安価で芸術にふれられるようにとの目的で開始された


10月28日 第10回全日本吹奏楽コンクールにおいて関西勢が全5部門を制覇
11月13日、フェスティバルホールで全部門優勝記念演奏会が開催され、優勝5団体が出演した


10月31日 大阪朝日会館閉館
開館以来37年間、関西の文化芸術の中心地であったが、阪神高速道路大阪環状線計画に伴い閉館。ゆかりの深い芸術家や芸能人たちと同館ファンが集い、回顧の夕を開催。長年にわたり市民に親しまれ 、特に戦前は大阪で数少ない文化ホールとして市民文化の育成につくしたとして昭和37年度大阪市民文化賞受賞

聴衆も一緒に《蛍の光》を合唱して名残を惜しんだ。指揮は朝比奈隆
(昭和37年11月1日 朝日新聞朝刊)
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11月19、20日 第一回大阪の秋国際現代音楽祭(相愛講堂)
松下真一、一柳彗、高橋悠治、諸井誠が中心となって、世界の現代音楽を総合的に紹介

プログラム表紙
プログラム表紙
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11月22日 国立ベルリン・バレエ団 関西初公演(宝塚大劇場)
24日:フェスティバルホール 12月2日:京都会館第一ホール 3日:姫路市厚生会館


12月 大阪フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団が昭和37年度大阪市民文化祭芸術賞優賞、大阪放送合唱団が第16回大阪府芸術祭賞受賞

1963年
(昭和38年)

1月19日 オペラ専攻学生第3回研究公演《カヴァレリア・ルスティカーナ》(サンケイホール)
昼は学生のためのオペラ鑑賞会、夜は一般向けの計2回公演

チラシ
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第1幕
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1月22日 第2回京都演奏会(京都会館第二ホール)
定期演奏会の第2回京都公演

ポスター
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1月27日 朝日学音第40回例会グランド箏コンサートに出演(フェスティバルホール)
本学女声合唱団が参加。箏、オーケストラと共演した



5月6日 第6回大阪国際フェスティバル パリ・オペラ座バレエ団公演に出演(フェスティバルホール)
ロベール・ブロ指揮、東京フィルハーモニー交響楽団演奏のラヴェル《ダフニスとクロエ》に合唱として参加

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プログラムより
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6月2~23日 ヨーロッパ音楽事情視察へ教員派遣
声楽主任の永井静子、ピアノ主任の沖田静子両教員をヨーロッパに派遣。主要都市の国際フェスティバル出席、各国音楽家ならびに関係者との懇談、ラジオ、テレビ局、学校等の見学を行った。以降、定期的に1年に数名の専任教員を派遣する方針を発表
 

実技試験(昭和38年頃)
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創立50周年記念事業第1期工事着工
創立50周年に向けた記念事業として、施設の拡充を計画。その第1期工事にあたる鉄筋コンクリート2階建ての食堂と学生控室の建設がホール横に開始された



10月16日 エリック・ヴェルバ伴奏法特別講義
ウィーン国立アカデミー(現・ウィーン国立音楽大学)教授で、リート・オラトリオの伴奏者として著名なエリック・ヴェルバの公開レッスンを開催

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10月29、30日 オペラ専攻学生第4回研究公演《コジ・ファン・トゥッテ》(御堂会館)
計3公演を行っている

チラシ
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第1幕
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11月1日 第7回付属高等学校定期演奏会(サンケイホール)


11月15日 第4回イタリア歌劇団公演に出演(フェスティバルホール)
本学学生が《イル・トロヴァトーレ》にエキストラとして出演。このときマンリーコを歌うはずであったマリオ・デル・モナコは体調不良で来日できなかった

プログラム表紙
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プログラムより
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11月20、21日 第6回定期演奏会
20日:サンケイホール 21日:神戸国際会館
4年制大学昇格5周年を記念し、ベートーヴェン《交響曲第9番》を取り上げた。昭和26年の短大開学のときも第1回秋季大演奏会で取り上げているが、そのときは終楽章のみを関西交響楽団と本学学生の合唱団が演奏した。本学主催の演奏会では初の全曲演奏で、学生のオーケストラが演奏するのも初めてのことであった。各方面からも注目される公演であったという

チラシ
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神戸公演
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11月26日~29日 演奏旅行(愛媛、香川、徳島県)
学部・短大生合わせて113名と引率の教員6名の総勢119名が参加。当時の演奏旅行の現地ポスターやプログラムには「100余名の合唱と管弦楽」という言葉が添えられており、毎年100名前後が参加していたと思われる。昼は学生、夜は一般対象に4日間で9公演を行う

栗林公園
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新居浜
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この頃の演奏旅行は卒業旅行も兼ねていたという


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12月19、20日 大学文化祭(学内・御堂会館)
この年の春、瀬野マリ子教員を中心に結成されたバロック音楽研究会の第1回演奏会が行われた。このときの出演者は同年に「テレマン・アンサンブル」を結成した、当時2年生の延原武春らであった。現在の日本テレマン協会創設メンバーである。これがテレマン・アンサンブルの公的な披露公演となる

プログラム表紙
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日本テレマン協会創設メンバー
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右から延原武春、丹羽経彦、宮島登美子、北山隆(日本テレマン協会提供)
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御堂会館での多彩な出し物

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12月23日 ヘンデル《メサイア》に出演(神戸国際会館)
中村仁策指揮により本学管弦楽団が演奏。コーロ・ポルテニオ、神戸中央合唱団共催

プログラム表紙
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2月18日 ポーランド国立大交響楽団(現・ポーランド国立放送交響楽団)関西初公演(京都会館)
22日:フェスティバルホール

大阪公演チケット
チケット
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2月20、21日 関西歌劇団第16回定期公演 モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》(フェスティバルホール)
朝比奈隆指揮・演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部
本公演により昭和37年度大阪府民劇場賞受賞

チラシ
チラシ
公演写真(関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より)
公演写真
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2月26日 アラム・ハチャトゥリアン関西初公演(京都会館第一ホール)
27日:フェスティバルホール
ロシアの作曲家、ハチャトゥリアンが京都市交響楽団を指揮して自作の演奏会を行った

27日 ハチャトゥリアン自作指揮公演
(昭和38年3月1日 毎日新聞夕刊)
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3月28日 イ・ムジチ合奏団関西初公演(フェスティバルホール)
29日:同会場 4月7日:京都会館第一ホール

プログラムより
プログラム写真
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大阪文化賞・大阪芸術賞・大阪文化祭賞創設
知事・市長・府市教育委員長連名により、文化賞は学術・体育・生活文化の向上に功績のあった人に、芸術賞は芸術の進歩に顕著な業績を示した人に贈呈。昭和21年に府単独で創設した大阪府文芸賞が大阪府芸術賞を経て、大阪芸術賞となった。文化祭賞は毎年10、11月開催の大阪文化祭に参加した公演のうち、注目すべき成果をあげた個人・団体に知事・市長から贈呈



4月1日 大阪府合唱連盟発足
昭和39年から合唱祭、昭和40年からコンクールを開催

第1回大阪府合唱祭・コンクールプログラム表紙
第1回大阪府合唱祭プログラム 第1回大阪府合唱コンクールプログラム
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4月13日~5月6日 第6回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
ピエール・モントゥー、アンタル・ドラティ、ゲオルグ・ショルティ指揮によるロンドン交響楽団、キム・ボルイ(Bs)、ロベール・カサドシュ(Pf)、ザグレブ室内合奏団、リカルド・オドノポゾフ(Vn)、フェスティバルのための新作を携えたパリ・オペラ座バレエ団が来演

ホールで初練習するロンドン交響楽団
ロンドン交響楽団初練習写真
世界初演の《ビュー》練習風景
ビュー練習写真

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4月18日 国立モスクワ合唱団関西初公演(神戸国際会館)
19日:毎日ホール 20日:姫路厚生会館 22日:京都会館第一ホール 5月8、9日:大阪府立体育館 10日:京都会館第一ホール

国立モスクワ合唱団(ミュージカルキョート第73号より)
国立モスクワ合唱団写真
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6月10~22日 「ビクター・コンサートホール」開催
大阪フィルハーモニー交響楽団が日本ビクター株式会社と提携し、オーケストラ演奏を聴く機会の少ない地方都市への演奏旅行を開始。初回は九州・東海地方で一般および学生向けに計18公演を行った。また、中学生観賞用教材レコードとしてブリテン《青少年のための管弦楽入門》を録音



8月2日 カリフォルニア・ユース・シンフォニー・オーケストラ演奏会(フェスティバルホール)
日米親善の音楽使節として来日。朝比奈隆指揮による朝日ジュニア・オーケストラとの合同演奏も行った

カリフォルニア・ユース・シンフォニー・オーケストラ(プログラムより)
カリフォルニア・ユース・シンフォニー・オーケストラ写真
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9月5~7日 第5回現代音楽祭(京都会館第一・第二ホール)
従来の二十世紀音楽研究所に加え、京都市が共催し、京都市交響楽団が出演


9月24日 関西音楽研究所発足
関西における音楽学研究の先駆。代表は張源祥


9月25日 ウィーン・フィルハーモニック弦楽四重奏団関西初公演(毎日ホール)
27、28日:神戸国際会館 10月1日:京都会館第一ホール


9月26日~12月14日 1963京都会館秋の音楽シリーズ開催(京都会館)
京都市交響楽団による常任指揮者の森正披露演奏会を皮切りに全9公演が行われた

11月25日 左からスコダとデムス ピアノ連弾と独奏の夕(プログラムより)
スコダとデームス写真
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10月8日 ロジェー・ワーグナー合唱団関西初公演(神戸国際会館)
10日:京都会館第一ホール 11、12日:フェスティバルホール
アメリカを代表する合唱団が来演

ロジェ・ワーグナー合唱団(ミュージカル・キョート第79号)
ロジェ・ワーグナー合唱団

 

 


10月15、16日 関西歌劇団第17回定期公演 モーツァルト《魔笛》(フェスティバルホール)
朝比奈隆指揮・演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部 アサヒ・コーラス


10月11日 関西の音楽家一行、ヨーロッパ音楽事情視察へ
関西交響楽協会事務局長野口幸助を団長とする関西の音楽家および関係者約10名が渡欧。11月4日まで3週間にわたり、ヨーロッパの主要交響楽団や放送局を視察


10月18 民主音楽協会(民音)創立
音楽などの芸術の交流を推進する音楽文化団体として東京に創立。昭和41年には民音コンクールを創設


10月26日 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ関西初公演(京都会館第一ホール)
日生劇場(東京)開場記念で初来日したベルリン・ドイツ・オペラの特別演奏会としてフィッシャー=ディースカウのリサイタルが開催された

フィッシャー=ディースカウとイェルク・デムス(昭和38年10月29日 朝日新聞)
フィッシャー・ディスカウとイェルク・デームス
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11月1日 関西音楽記者クラブ設立


11月15~21日 第4回イタリア歌劇団公演(フェスティバルホール)
《イル・トロヴァトーレ》《蝶々夫人》《西部の娘》《セリビアの理髪師》
オリヴィエロ・デ・ファブリティス、ニーノ・ヴェルキ指揮 ブルーノ・ノフリ演出 NHK交響楽団 二期会合唱団 藤原歌劇団合唱部
16日には京都会館でチャリティ・コンサートも開催。大阪公演は今回が最後となる

イル・トロヴァローレ》舞台スケッチ(プログラムより)
舞台スケッチ
イル・トロヴァトーレ》第2幕第1場右端がシミオナート(出典不明)
公演写真
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12月19日 テレマン・アンサンブル(現・テレマン室内オーケストラ) 初公演(本学ホール)

 


12月21~23日 第1回「大阪の秋」国際現代音楽祭開催
21、23日:御堂会館 22日:ナショナル電化センター
松下真一を中心に、ポーランドの現代音楽祭「ワルシャワの秋」にならって、新たに「大阪の秋」国際現代音楽祭が創設された

プログラム表紙
プログラム表紙
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1964年
(昭和39年)

3月 50周年記念事業第1期工事竣工
ホールに隣接して、食堂(1階)および学生控室(2階)が完成した

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3月31日 付属高等学校Bコース(初心者向け)廃止



4月 外国人教員を迎え教授陣を強化
西ドイツより2年間のピアノ専任教授として、フェルディナンド・ブルックマン、アルント・ドルゲを招聘


4月 第2期工事A号館着工

工事中のA館(昭和39年11月16日)
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4月6日 日米学生交歓演奏会(本学ホール)
日本を巡演中のアメリカ国務省派遣の文化使節、ピーボディ大学(現・ヴァンダービルト大学ピーボディ教育発達科学大学)コーラス部一行15名を迎え、両大学生による演奏会を開催。両国の民謡などが演奏された。終演後、大学生活や国際親善のあり方などについて懇談会も行い、交流を深めた

本学管弦楽団が両国歌を演奏
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ピーボディ大学コーラス部
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ピーボディ大学コーラス部一行とともに
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5月7、8日 関西歌劇団第18回定期公演《カヴァレリア・ルスティカーナ》に出演(サンケイホール)
朝比奈隆指揮・演出 大阪フィルハーモニー交響楽団
本学学生が合唱で出演。7日はなにわ芸術祭参加公演、8日は関西民音の例会で会員制の公演であった

ポスター
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関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より
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5月28日 フェルディナンド・ブルックマン教授学内リサイタル(本学ホール)
ブルックマン教授自身のピアノ作品やスクリャービン、リストなどの作品を演奏



6月4日 アルント・ドルゲ教授学内リサイタル(本学ホール)
ベートーヴェンのピアノ作品演奏で知られるドルゲ教授のリサイタルを開催

 

9月29日 短期大学音楽科第一部設立申請
日本経済の高度成長に伴い、社会全体に高学歴志向が強まり、大学入学志望者数が増加。さらに戦後第一次ベビーブーム、そしてピアノの普及などによる音楽大学受験者の増加に対応するため、短期大学の第一部増設を申請



10月23、24日 オペラ専攻学生第5回研究公演《フィガロの結婚》(御堂会館)
計3公演を行っている

チラシ
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10月24日、11月3日 水川理事長が藍綬褒章、永井学長が勲三等瑞宝章(現・瑞宝中綬章)を相次ぎ受章
12月11日、2人の祝賀パーティーが新大阪ホテルで開催された

皇居内の永井学長
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勲三等瑞宝章賞状
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祝賀パーティー 永井学長(中央)と水川理事長(左)
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11月20日 第7回定期演奏会(サンケイホール)

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ポスター(左)
アカペラによるラッソーのマドリガル演奏(右)
 



11月21日 牧野恭子(大卒、助手)が第33回音楽コンクール声楽部門第1位受賞。併せて、松下幸之助の寄託により新設された第1回松下賞も受賞


11月25~27日 演奏旅行(石川、富山、岐阜県)
計6回の公演が行われ、オーケストラ演奏と、この地方公演のために狂言の『釣針』を題材として作った創作オペラ《賤のおだまき》全1幕(田中喜一作、近藤圭作曲)を上演した

11月26日 富山県立砺波高等学校公演
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12月 「塩町会」結成
永井学長の受章を機に、本学が創立時の大阪市南区塩町で学んだ生徒、教員たちが集まり結成。永井家ゆかりの永井潔・八重子夫妻、長井斉、永井静子らも発起人に名を連ねる

昭和40年2月21日 大阪府厚生会館にて
長井斉(後列右から2番目)、水野康孝(後列左から3番目)
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12月4日 ガブリエル・ブイヨン ヴァイオリン特別講義
パリ音楽院ヴァイオリン主任教授であるガブリエル・ブイヨンの公開レッスンと「フランスの音楽」というテーマで講義が行われた

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12月18、19日 大学祭(御堂会館・本学内)
18日は御堂会館において文化祭が、19日は学内にてバザー祭やダンスパーティーが開催された


12月20日 ゲルハルト・プッヘルト ピアノ独奏会(本学ホール)
演奏旅行中の同氏を招聘して開催したもので、ドイツロマン派の作品が演奏された


12月23、27日 ヘンデル《メサイア》に出演
23日:神戸国際会館 27日:フェスティバルホール
相次いで2つの《メサイア》演奏会に出演。23日はコーロ・ポルテニオ、神戸中央合唱団共催の演奏会で、本学管弦楽団が出演。27日は朝日学音の例会で、ソリスト、オーケストラ、合唱のすべて本学教員・学生によるものであった

朝日学音A例会プログラム表紙
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1月11日 二期会が関西支部を創設(現・関西二期会)
「関西の地に研究・活動の機関を設け、声楽全般にわたる研究と、新人の育成を主たる目的として」(『二期会関西支部設立趣旨』より)関西に新たなオペラ団体が設立された



2月10日 関西民主音楽協会創立
東京に続き、関西にも労音、音協に次ぐ第三の音楽鑑賞団体として民音が誕生した


2月11、16~18日 京都市交響楽団、オペラ3作品を本邦初演(日生劇場)
第1回日生劇場音楽シリーズにおいて、森正指揮の京都市交響楽団がプーランク《声》、ヒンデミット《ロング・クリスマス・ディナー》、ストラヴィンスキー《放蕩児の遍歴》を本邦初演


2月23日~5月8日 第1回なにわ芸術祭開催(サンケイホール)
産経新聞社、大阪新聞社主催で新たな総合芸術祭が創設された。伝統芸術、現代芸術、海外芸術という3分野に分かれる。音楽・舞踊各部門の新人競演会を行い、優秀者になにわ芸術祭新人賞を授与 している

第1回新進音楽家演奏会プログラム表紙
プログラム表紙
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3月 大阪フィルハーモニー交響楽団、ブレーメン国立フィルハーモニー管弦楽団と姉妹オーケストラ提携を結ぶ

 

 

 

3月3日 第34回定期演奏会を指揮する同管弦楽団常任指揮者ハンス・ヴァルター・ケンペル
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4月1日 関西歌劇団、昭和38年度大阪府民劇場賞を受賞
第16回、17回定期公演のモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》と《魔笛》(いずれも朝比奈隆訳詩・演出)などの野心的な新様式のオペラ演出による


4月11日~5月4日 第7回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
ソビエト国立交響楽団(現・ロシア国立交響楽団)、パリ音楽院管弦楽団、ケルン古典管弦楽団(現・カペラ・コロニエンシス)という3つのオーケストラの出演が過去にない特徴。ジョルジュ・シフラ(Pf)、ボーザール弦楽四重奏団、ユーゴ国立バレエ団、イーゴリ・ベズロードニー(Vn)も来演

 

 

ソビエト国立交響楽団
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ボーザール弦楽四重奏団
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4月22日 ジャン・ピエール・ランパル日本初公演(サンケイホール)

 

 

プログラムより
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5月 関西音楽プロデューサークラブ誕生
取材活動を円滑かつ現場に直結したものとすることを目的に、在京阪神放送局の音楽プロデューサーにより発足。各局間の交流と各種研究会を通じての演出技術の向上も図られた


5月25日 二期会関西支部第1回公演 R.シュトラウス生誕100年記念演奏会(毎日ホール)
森正指揮の京都市交響楽団と《ばらの騎士》第3幕の演奏会形式による上演などが行われた

 

 

プログラム表紙
プログラム表紙
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6月6日 東くめ米寿・東貞一還暦祝賀パーティー(阪急百貨店特別食堂)
唱歌《鳩ぽっぽ》《お正月》等の作詞で知られる東くめ、ピアニスト東貞一親子の祝賀に関西楽壇の著名人が集まった


6月23日 オリンピック・デー 大阪の夕べ(大阪府立体育館)
日本初のオリンピック開催に向け、大阪府・市民運動の一環として開催された。木村四郎指揮の歌唱指導による会場4,000人の東京五輪の歌《海を越えて友よきたれ》大合唱で場内の五輪ムードは最高潮となったという

 

 

プログラム表紙
プログラム
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(昭和39年6月24日 スポーツニッポン)
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9月17日~12月14日 1964京都会館秋の音楽シリーズ開催(京都会館)
京都市交響楽団、群馬交響楽団、札幌交響楽団が出演の三市交響楽団特別演奏会など9公演が行われた



10月1日 東海道新幹線開通


10月1、2日 第2回「大阪の秋」国際現代音楽祭(御堂会館)
5日:毎日文化ホール
初日管弦楽、2日目室内楽、最終日テープ音楽のプログラムが組まれた。ストラヴィンスキー《エディプス王》を演奏会形式で本邦初演

《エディプス王》演奏の外山雄三指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団と独唱者たち
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10月10~24日 東京オリンピック開催



11月9~11日 ロンドン交響楽団公演(フェスティバルホール)
大阪国際フェスティバル協会秋の特別公演として、東京、名古屋でも開催

羽田に到着したロンドン交響楽団一行(昭和39年11月 フェスティバルニュース)
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11月20、21日 ヴォルフガング・サヴァリッシュ関西初公演(フェスティバルホール)

NHK交響楽団特別演奏会チラシ
チラシ
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12月24日 ヘンリク・シェリング関西初公演(神戸国際会館)
1月4日:フェスティバルホール(協奏曲) 8日:京都会館第一ホール

大阪フィルハーモニー交響楽団と共演(昭和40年1月4日)
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1965年
(昭和40年)

1月25日 短期大学部音楽科第一部設置認可
入学定員80名=作曲専攻5名、声楽専攻25名、器楽専攻50名

関西音楽新聞 第151号掲載の募集広告(昭和39年12月20日)
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2月28日 短期大学第一部教職課程認定(中学校教諭二級普通免許状=音楽)
 

 

3月1日 『楽研』創刊(学生会委員会)
『楽友』とは別に、新たな学生誌が発刊された。学生の研究発表とそれを交換する場の一端となればと創刊の辞が記されている

『楽研』創刊号表紙
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3月15日 卒業式

教員と学部卒業生 食堂・学生控室前にて
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3月20日 第6回卒業演奏会(サンケイホール)

チラシ
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4月1日 短期大学部音楽科第一部開設

 

4月7日 創立者永井幸次 永眠(91歳)

 

4月16日 故永井幸次大学葬(本学ホール)

水川理事長を葬儀委員長として、本学ホールにおいて大学葬を執り行った。全国から多くの参列者がつめかけた。この日、故永井学長に正五位が追賜された

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※こちらから録音がお聴きになれます

故永井幸次大学葬 動画再生

創立者永井幸次からのメッセージ 動画再生


4月16日 水川理事長、第二代学長就任(短期大学部学長併任、付属音楽高等学校校長兼務)
永井学長の大学葬が営まれた夜、緊急教授会において推挙され、理事会の承認を得て水川学長が誕生した。本学として第二期のスタートであった

 

4月 付属音楽高等学校、大学にいたる7年間の一貫音楽教育カリキュラムを実施

 

7月 第三期工事着工(現在のC号館)

 

7月21日 A号館完成(建て替え工事)
第二期工事である鉄筋コンクリート4階建ての本館(現在のA号館)が竣工した

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10月8日 牧野恭子(大卒、助手)ビオッティ国際音楽コンクール声楽部門で第3位入賞(1位なし)
世界の新進声楽家の登竜門として知られるコンクールで、日本人として過去最高位を受賞。日本女性の声楽部門初入賞でもあった。牧野は前年の日本音楽コンクールで第1位受賞、国際派遣コンクールに優勝して今回派遣された。各国から73名の参加があった

入賞者記念コンサートを写真入りで紹介する現地新聞
右端の振袖姿が牧野恭子
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10月15日 創立50周年記念式典
永井学長の死去に伴い、記念式典は学内できわめて内輪だけの関係者によって行われた

式次第
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10月18、19日 大学祭
18日:文化祭・バザー祭(本学内)
19日:体育祭(服部緑地グランド)

バロック音楽研究会
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オペラ研究部《アメーリア舞踏会へ行く》
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バザー
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服部緑地での体育祭
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11月1日 チーホン・フレンニコフ音楽学特別講義
 

11月2日 ジェラルド・ムーア伴奏法公開講座
イギリスの世界屈指の伴奏者ジェラルド・ムーアの公開講座を開催。レッスン受講者はすべて本学教員で、聴講者は本学学生、教員をはじめ、関西の音楽大学の学生、教員ならびに関係者300人余りが集まった

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11月5日 創立50周年記念第9回付属音楽高等学校定期演奏会(サンケイホール)

 

11月13、14日 第19回学生音楽コンクール大阪(西日本)大会においてピアノ、独唱、ヴァイオリンの3部門で本学付属音楽高等学校生が1位入賞(毎日国際サロン)

 

11月17、22、24日 創立50周年記念演奏会

17日:大阪公演(フェスティバルホール)22日:神戸公演(神戸国際会館)24日:京都公演(京都大谷ホール)
本学が半世紀を迎えた記念の演奏会を京阪神3都市において開催。神戸は昼の芦屋女子学園の団体鑑賞を含む昼夜2回公演で、少しずつプログラムを組み替えて計4公演が行われた。この演奏会のために作られた田中喜一作詞、近藤圭作曲カンタータ《途上》が開幕を飾った

ポスター
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ハチャトゥリアン《ピアノ協奏曲》
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11月17日 創立50周年記念第8回定期演奏会(フェスティバルホール)
午後2時より創立50周年記念演奏会を行った後、同じ会場で午後6時半より定期演奏会を行い、ハイドン《天地創造》を全曲演奏した

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ハイドン《天地創造》
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11月29日~12月1日 演奏旅行(和歌山県)

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12月5日 大阪府私立短期大学第1回連合音楽会(相愛講堂)
このとき本学を含め34大学が加盟していた大阪私立短期大学協議会主催の第1回連合音楽会が開催された。各大学の合奏、合唱が発表され、宮本政雄教員指揮による本学管弦楽団がスメタナ《交響詩モルダウ》を演奏して音楽会を締めくくった

 

12月17、18日 創立50周年記念オペラ公演 《魔笛》(大阪府厚生会館文化ホール・のちの大阪府立青少年会館文化ホール、現在廃館)
2日目は昼夜2回公演で、昼は学生対象であった。創立50周年記念事業の一環として、出演者を教員、卒業生からも選び、全学をあげて取り組んだ

ポスター

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公演写真

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※こちらから録音がお聴きになれます
創立50周年記念オペラ公演 歌劇《魔笛》 動画再生

2月4日 ウラディーミル・アシュケナージ関西初公演(フェスティバルホール)
5日:京都会館第一ホール(リサイタル)

2月4日 V.ヴァンゲンハイム指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団定期演奏会でチャイコフスキー《ピアノ協奏曲第1番》を演奏
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2月17日 大阪フィルハーモニー交響楽団、昭和39年度大阪府劇場奨励賞受賞
年間8回にわたる定期演奏会をはじめ、とくに進境著しい演奏活動が評価された



3月13、14、16、17日 大阪労音 ブリテン《戦争レクイエム》関西初演(フェスティバルホール)
外山雄三第一指揮 桜井武雄第二指揮 伊藤京子(Sop)藤沼昭彦(Ten)栗林義信(Bar)大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪労音合唱団 箕面小学校コーラス部


3月15日 アルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリ関西初公演(フェスティバルホール)
23日:京都会館第一ホール

 

 

プログラム表紙
プログラム表紙
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4月1日 大阪府厚生会館文化ホール開館
東区森ノ宮に位置する総合文化センターで、1288人収容の文化ホールを設置。のちの大阪府立青少年会館文化ホール(現在廃館)


4月7日 永井幸次 没


4月12日~5月2日 第8回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
バイエルン放送交響楽団(ラファエル・クーベリック指揮)、ジュリアン・ブルーム(Gt・Lu)、ミラノ室内歌劇団、クラウディオ・アラウ(Pf)、イーゴリ・マルケヴィッチ(Cond)、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(Sop)、コメディ・フランセーズが来演。ミラノ室内歌劇団はエンニオ・ジェレッリ指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏、関西歌劇団の合唱でモンテヴェルディ《オルフェオ》を本邦初演。大阪のみの公演で、オペラに携わる専門家らが全国から集まった

 

 

ミラノ室内歌劇団公演《オルフェオ》
((公財)朝日新聞文化財団提供)
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5月4日 関西歌劇団 ストラヴィンスキー《エディプス王》本邦舞台初演(サンケイホール)
5日:大阪府厚生会館文化ホール
朝比奈隆指揮・演出 大阪フィルハーモニー交響楽団
大栗裕の自作指揮、茂山千之丞演出の《おに》と併演

 

 

初演キャスト(プログラムより)
プログラム
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公演写真(関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より)
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5月16、23~27日 6月1、2、4日 大阪フィルハーモニー交響楽団第2回ビクターコンサートホール開催
九州地方を中心に巡演した


5月30、31日 大阪フィルハーモニー交響楽団初の沖縄演奏旅行(琉球大学体育館)



7月12日 日本演奏連盟創立
クラシック音楽の演奏家及び演奏業務に携わる人相互の連携、技能・教養の向上、および利益擁護と福祉厚生を図ることを目的に設立。昭和50年に関西支部も設置される



8月1日 信時潔 没


8月23日 神戸労音 プロコフィエフ《平和の守り》本邦初演(神戸国際会館)
外山雄三指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 神戸労音合唱団 大阪放送合唱団 神戸中央合唱団 箕面小学校コーラス部



9月13日~18日 大阪フィルハーモニー交響楽団山陰地方巡回演奏会
全国で初めて文部省の芸術振興助成金を得て、6日間計9公演を行い、19,000人の聴衆を集めた。地方文化の向上に大きな役割を果たしたとされる



10月1~6日 スラブ歌劇公演(フェスティバルホール)
《ボリス・ゴドノフ》《売られた花嫁》《イーゴリ公》《エフゲニー・オネーギン》
ロブロ・フォン・マタチッチ、オスカー・ダノン、ミラン・ホルヴァット指揮 ブラドー・ハブネック、ナンド・ローイエ演出 NHK交響楽団 ザグレブ国立歌劇場合唱団 同バレエ団
NHKが放送開始40周年を記念して、ユーゴスラビアのザグレブ国立歌劇場を中心に、ベオグラード、ソフィア両国立歌劇場も加えた歌手・指揮者45名、合唱団95名、バレエ団40名、演出はじめ舞台関係スタッフ15名の総勢約200名からなるスラブ歌劇団を招聘。全演目がテレビ・ラジオで放送された。7日は特別演奏会開催

 

 

《ボリス・ゴドノフ》(プログラムより)
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10月6日 大阪室内合奏団第1回定期演奏会(毎日国際サロン)
室内楽の普及、バロック音楽の演奏を主な目的に、大阪フィルハーモニー交響楽団のメンバーが中心となって合奏団を結成。定期演奏会には毎回、日本人作曲家の委嘱作品も演奏。初回は大栗裕《弦楽のための2章》

 

 

プログラム表紙
プログラム表紙
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10月28日 エリーザベト・シュヴァルツコップ関西初公演(京都会館第一ホール)
19日の大阪公演は中止となった

 

 

ヴェーグ弦楽四重奏団プログラム広告より
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11月4、5日 第3回「大阪の秋」国際現代音楽祭(大阪府厚生会館文化ホール)
アーノルト・シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》、フランク・マルタン《弦楽合奏のためのエチュード》(本邦初演)等を演奏



12月29日 山田耕筰 没

 

 

 

 

    西暦    大阪音楽大学の歴史    関西洋楽の歴史
1966年
(昭和41年)

1月10日 C号館完成(建て替え工事)
1階に図書館、4階に体育館を設置

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1月22日 短期大学音楽学科第一部音楽専攻増設認可(入学定員100名)
1月22日 短期大学第二部専攻別課程を改組、音楽専攻設置認可(入学定員40名)


2月17、23日 中学生のためのオーケストラ教室に出演(堺市民会館)
地域の音楽啓発と普及、特に小、中、高校生の指導に力を入れてきた本学は、関西芸能教育協会主催の催しに協賛、本学管弦楽団が出演した。この教室はその後も毎年フェスティバルホールを中心に開催される

昭和41年の小学生のためのオーケストラ教室プログラム
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3月25~31日 海外演奏旅行(台北市)
本学管弦楽団が台湾へ演奏旅行を行い、台北市立交響楽団と合同演奏会等を開催。戦後、台湾を日本のオーケストラが訪れるのは初めてのことで、大きな反響を呼んだ

水川学長以下、一行34名
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記念旗を贈られる宮本政雄教員(左)
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4月1日 短期大学第一部に音楽専攻を増設
4月1日 短期大学第二部を音楽専攻として開設

4月1日 音楽文化研究所開設 所長水川清一
教育目標の一つ、「進歩的な良識ある音楽家を育成すること」を実践すべく、教員の研究推進、助成の目的で研究所を開設。当初6つのテーマで研究が進められ、機関研究としては図書館事務室に「大阪音楽文化史資料編纂室」が設置された

4月1日 付属児童音楽学園を付属音楽学園と名称変更

4月7日 『永井幸次先生の思い出』刊行
創立50周年記念出版として、故永井学長の一周忌に本学教職員および卒業生からの寄稿を集めて発行

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4月28日 ヴァルター・タウジッヒ声楽特別講義
「メトロポリタン歌劇場の裏話」というテーマによる特別講義を開催

4月30日 現在のB号館完成(建て替え工事)

4月30日 永井幸次先生を偲ぶ演奏会に出演(大阪府厚生会館)
東京藝術大学音楽学部同声会大阪支部主催、本学後援の演奏会に宮本政雄教員指揮の本学管弦楽団が出演


6月10日 大阪フィルハーモニー交響楽団第52回定期演奏会に出演(フェスティバルホール)
本学学生が外山雄三指揮の演奏会形式によるプッチーニ《ラ・ボエーム》に合唱で出演

チラシ
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7月30日 豊南寮(ABC三棟)完成
鉄筋2階建て三棟、食堂が完成し、2年後に3階建てのD館も増築。計219名の収容が可能となった

豊南寮
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全室ピアノ持込可の個室
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9月8日 鄧昌国ヴァイオリン特別講義
台湾演奏旅行の労をとり、本学客員教授となった鄧昌国による「二重奏とヴァイオリンのテクニックについて」をテーマにした特別講義を開催

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9月12日 ヘルムート・ロロフ ピアノ特別講義
ベルリン音楽大学教授の同氏による特別講義を開催

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10月21~23日 大学祭

10月30日 E号館完成(建て替え工事)


11月1日 ズビグニエフ・ジェヴィエツキ ピアノ特別講義
ショパン国際ピアノ・コンクール審査委員長の同氏によるショパン作品の特別講義を開催

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11月18日 林元植 特別講義
諸井三郎、朝比奈隆に師事し、韓国楽壇の第一人者である同氏を客員教授として迎え、「最近の韓国音楽事情について」をテーマとした特別講義を開催

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11月1日 第10回付属音楽高等学校定期演奏会(サンケイホール)

11月24日 第9回定期演奏会(サンケイホール)

チラシ
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モーツァルト《3台のピアノのための協奏曲 K.242》
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11月27日~12月1日 演奏旅行(広島、山口県)
ウィーン留学を終えたばかりの神沢哲郎教員と本学管弦楽団が「管弦楽とピアノ協奏曲の夕べ」と題して6ヵ所8公演を行った

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12月16、17日 オペラ専攻学生第7回研究公演《コジ・ファン・トゥッテ》(大阪府厚生会館)

ポスター
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12月26日 大学入学定員変更(65名→100名)
12月26日 大阪音楽大学音楽専攻科設置認可(作曲専攻2名、声楽専攻3名、器楽専攻5名)

 

2月25日 関西楽壇人による山田耕筰先生を偲ぶ夕(毎日ホール)
毎日新聞社主催、関西の主要な演奏団体、音楽科を持つ大学が協賛し、本学も名を連ねている。前年末に死去した山田耕筰の功績を讃え、関西の声楽家や大阪フィルハーモニー交響楽団などが山田作品を演奏

チラシ
チラシ
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3月18日 ボロディン弦楽四重奏団 関西初公演(毎日ホール)

プログラムより
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3月18日 イングリット・ヘブラー 関西初公演(京都会館第一ホール)
28日:毎日ホール

プログラム表紙
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4月7日 カールハインツ・シュトックハウゼン講演と作品発表の会(大阪中央放送局第一スタジオ)
NHKがドイツから招いた電子音楽の創始者シュトックハウゼンが講演し、作品を披露

4月11日 大阪国際フェスティバル前夜祭
フェスティバル初の試みとして前夜祭を開催し、フルトヴェングラー指揮の1954年ザルツブルク音楽祭記録映画『ドン・ジョバンニ』を関西初公開。亡くなる直前に振った、フルトヴェングラー唯一のモーツァルトのオペラ作品の記録で、世界に数本しかプリントがない貴重なフィルムの上映に1,500円という高額ながら、チケットは早くに完売したという

プログラム表紙
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(公財)朝日新聞文化財団提供

 


4月12~30日 第9回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
岩城宏之指揮のNHK交響楽団で開幕。一番の話題はカラヤン指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で、チケット発売4日前から徹夜の列ができたという。日本を含む4カ国の演奏者がR.シュトラウス《ばらの騎士》を原語により本邦初演。この年は従来の能に加え、開幕のN響をはじめ牧阿佐美バレエ団、重要無形文化財保持者(人間国宝)による宮内庁雅楽と邦楽邦舞など日本のアーティストが多く取り上げられた。シモン・ゴールドベルク指揮・独奏によるオランダ室内オーケストラ、アントニオ・ヤニグロ(Vc)も来演

《ばらの騎士》(左)とカラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(右)プログラム表紙/(公財)朝日新聞文化財団提供

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4月28日 関西日伊音楽協会発足
中川牧三が京都に創設。朝比奈隆が副会長を務める。平成元年に「日本イタリア協会」と改称

4月30日 なにわ芸術祭参加 関西歌劇団公演第20回定期公演 近藤圭《賤のおだまき》(サンケイホール)
2年前の本学演奏旅行のために田中喜一、近藤圭両教員が創作した喜歌劇《賤のおだまき》を関西歌劇団が朝比奈隆指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏により上演。演奏会形式の《コジ・ファン・トゥッテ》(抜粋)を併演

関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より
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5月1日 文部省に文化局新設

5月19、20日 ヴァン・クライバーン  関西初公演(フェスティバルホール)
第1回チャイコフスキー国際コンクールを制したクライバーンが初来日。19日は朝比奈隆指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団と共演、20日はリサイタルを行った

チラシ
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6月 東京電気化学工業株式会社(現・TDK株式会社)が国産初のカセットテープを発売

6月21日 アルトゥール・ルビンシュタイン 関西公演(京都会館第一ホール)
23、25日:フェスティバルホール
31年ぶり、80歳での再来日。21、23日はリサイタル、25日は朝比奈隆指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団との<協奏曲の夕>

大阪フィルハーモニー交響楽団と共演のルビンシュタイン
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6月29日~7月3日 ビートルズ初来日(日本武道館)

6月30日 第7回ショパン国際ピアノコンクール受賞披露 中村紘子ピアノ演奏会(毎日ホール)
7月1日:京都会館第二ホール
前年のショパン国際ピアノコンクールで第4位に入賞し、最年少者賞も受賞した中村紘子が全曲ショパンというプログラムでリサイタルを行った

プログラムより
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コンクール受賞時の中村紘子(プログラムより)
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7月9日 大阪パレストリーナ・インスティテュート開設

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9月3日 楽賢塔建立
西日本の楽器業界の先賢を顕彰するために四天王寺に供養塔を建立


10月7、9日 国立ロシア民族大合唱団 関西初公演(フェスティバルホール)
8日:神戸国際会館 10日:姫路市厚生会館 17日:京都会館第一ホール

10月9日 国立ブルガリア男声合唱団 関西初公演(フェスティバルホール)
11日:神戸国際会館 12日:京都会館第一ホール

国立ロシア民族大合唱団
プログラム表紙
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国立ブルガリア男声合唱団
チラシ
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10月10日 ダニエル・バレンボイム 関西初公演(毎日ホール)
バレンボイムが初来日し、関西ではベートーヴェンのピアノソナタ第23,26,29番を演奏

プログラム表紙
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10月11~13、15日 フランス国立放送管弦楽団 関西初公演(フェスティバルホール)
16日:京都会館第一ホール
大阪国際フェスティバル秋の特別公演。初来日で、指揮者としてシャルル・ミュンシュ、ジョルジュ・セバスチャン、モーリス・ル・ルーが同行

10月17日 ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団 関西初公演(フェスティバルホール)
18日:同会場 20日:京都会館第一ホール 21日:神戸国際会館

フランス国立放送管弦楽団
プログラムより
(公財)朝日新聞文化財団提供
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ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団
チラシより
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1967年
(昭和42年)

1月11日 大阪音楽大学付属音楽幼稚園設置認可(5歳児72名、4歳児72名)

1月18日 大阪音楽大学短期大学部音楽専攻科設置認可(音楽専攻15名)


2月1日 豊中市庄内町野田から豊中市庄内幸町に表示変更


3月14日 チュービンゲン大学弦楽合奏団交歓演奏会(本学ホール)
東南アジア演奏旅行中の西ドイツのチュービンゲン大学弦楽合奏団と本学管弦楽団の交歓演奏会を開催

チュービンゲン大学弦楽合奏団
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宮本政雄教員指揮の本学管弦楽団
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3月27日 大学専攻科・教職課程認定──専攻科の課程
昭和42年4月1日適用(高校教諭1級普通免許状=音楽)

3月30日 現在のD号館(旧付属音楽高等学校校舎・建て替え工事)完成

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4月1日 大学・短期大学に各音楽専攻科開設

4月1日 大学作曲学科に楽理専攻開設
4月1日 短期大学音楽専攻に箏コース開設
東京藝術大学に次ぐわが国2番目、西日本では初の邦楽部門の誕生であった

4月1日 留学生受入制度導入
4月1日 点字入試実施

4月1日 付属音楽幼稚園開設 園長水川清一
幼児期からの音感教育の重要性を説いていた故永井学長の遺志を継ぎ、関西初の音楽幼稚園を設立。大学と連携しつつ、特色ある保育を行うこととなった

専用バスで送迎
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開園のころ
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4月1日 楽器資料室をA号館に設置
伊丹の邦楽器研究家であり収集家、製作者である水野佐平氏から邦楽器150点の寄贈を受けたのを機会に、楽器資料室を設けた。翌年、新築のF号館に移転し、楽器博物館と改称

4月7、10、13、16日 第10回大阪国際フェスティバル「バイロイト・ワーグナー・フェスティバル」《トリスタンとイゾルデ》に出演(フェスティバルホール)
バイロイト音楽祭の初の海外公演となる第10回大阪国際フェスティバルでの《トリスタンとイゾルデ》に本学声楽専攻の学生がバックコーラスで出演した

パンフレット表紙
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プログラムより
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(公財)朝日新聞文化財団提供

 

6月27、28日 韓国国立ソウル大学校音楽大学管弦楽団と合同演奏会
27日:毎日ホール 28日:神戸国際会館
日韓両国の音楽芸術および音楽教育界の親善発展のために、本学が韓国国立ソウル大学校音楽大学管弦楽団と国楽専攻生の一行34名を招聘し、本学管弦楽団との合同演奏会を開催

チラシ
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神戸公演
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6月30日 李恵求特別講義
ソウル大学校教授の同氏による「韓国の音楽について」というテーマで特別講義を開催


10月13~15日 大学祭(本学・大阪府厚生会館)

A号館前での吹奏楽演奏
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オペラ部《ジプシー男爵》公演
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10月23日 第1回合唱演奏会(大阪府厚生会館)
全学生が受けている合唱授業の成果を発表する場として、合唱だけの演奏会を開催することとなった。以後、全学的な催しとして今日まで続いている

チラシ
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第1回の総出演者数は約1,200名
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10月24日 フェルディナンド・グロスマン公開講座「発声法ゼミナール」受講(本学ホール)
関西音楽大学協会主催で協会員対象の同氏による公開講座が行われ、7大学より400余名の会員が集まった。足立勝教員指導の本学混声合唱が演奏

10月25日 K.エステルライヒャー オーケストラ特別講義
ウィーン国立音楽大学教授の同氏による特別講義を開催し、オーケストラ専攻生が指導を受けた

F.グロスマン合唱公開講座
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K.エステルライヒャー オーケストラ特別講義
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10月27、28日 関西歌劇団第23回定期公演《アイーダ》に出演(フェスティバルホール)
本学学生が朝比奈隆指揮・演出、大阪フィルハーモニー交響楽団演奏の《アイーダ》に合唱で出演

チラシ
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11月2日 B.タックウェル管楽器特別講義
ロンドン交響楽団のホルン首席奏者の同氏による特別講義を開催

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11月5~9日 海外演奏旅行(ソウル市)
韓国国立ソウル大学校音楽大学から本学が招かれ、水川学長以下34名が訪韓。ソウル市民会館にて両校合同のオーケストラによる演奏会を行った

ポスター
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公演写真
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11月20日 第10回定期演奏会(フェスティバルホール)

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350名の合唱が出演したハイドン《四季》全曲演奏
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12月18、19日 オペラ専攻学生第8回研究公演《ドン・ジョヴァンニ》(大阪府厚生会館)
新設の学部専攻科生と4回生との合同公演となった。朝比奈教員が初めて指揮も行った

チラシ
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公演写真
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12月28日 短期大学第一部入学定員変更(180名→200名)

2月7日 パリ・バロック・アンサンブル 関西初公演(京都会館第一ホール)
13日:神戸国際会館

プログラム表紙
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2月20日 フリードリヒ・グルダ 関西初公演(毎日ホール)
パウル・バドゥラ=スコダ、イェルク・デムスとともにウィーン三羽烏といわれた、フリードリヒ・グルダが初来日

プログラム表紙
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2月23日 アリシア・デ・ラローチャ 関西初公演(毎日ホール)
24日:京都会館第一ホール
スペインのピアニスト、アリシア・デ・ラローチャが初来日。アルベニス、ファリャ、グラナドスといった自国の作曲家などの作品を演奏

プログラムより
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3月15日 「万国博デー」に大阪フィルハーモニー交響楽団出演(サンケイホール)
日本万国博覧会では毎年3月15日を「万国博デー」として、3年後に控えた日本初の万国博覧会開催に向け、PR活動を兼ねた催しの開催を決定。初回は式典の後、外山雄三指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団などが「音楽は世界を回る」というタイトルで世界各国の名曲を演奏


4月7日~5月7日 第10回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
第10回を記念して、バイロイト音楽祭初の海外引越し公演を招聘し、《トリスタンとイゾルデ》《ヴァルキューレ》を上演。イゾルデを歌ったビルギット・ニルソン、ピアノのサンソン・フランソワがリサイタルを行い、初来日のユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団がフィナーレを飾った

チラシ((公財)朝日新聞文化財団提供)
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《ヴァルキューレ》(第20回記念プログラムより)
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4月10、11日 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団 関西初公演(宝塚大劇場)
ダヴィッド・オイストラフ、イーゴリ・オイストラフの父子共演でも話題になった


4月23、24日 関西歌劇団沖縄公演
23日:琉球大学体育館(那覇) 24日:まいなみ劇場(宮古島)
関西歌劇団がアメリカ統治下の沖縄で公演を行った。オペラ・アリアの演奏と大栗裕指揮で、電子オルガンの伴奏により《赤い陣羽織》を上演。現地からの出演者も参加。沖縄初のこのような演奏会に大きな反響が寄せられた


5月4、5日 なにわ芸術祭参加 関西歌劇団第22回定期公演 大栗裕《飛鳥》初演(サンケイホール)
朝比奈隆指揮 菅沼潤台本・演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部
太宰治『走れメロス』を主題に菅沼潤がオペラ台本化し、大栗裕が作曲した創作歌劇を関西歌劇団が上演。9月に民音主催により京阪神3箇所で再演

プログラム表紙
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初演キャスト
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5月25日 ベルギー国立20世紀バレエ団 関西初公演(神戸国際会館)
26日:京都会館第一ホール 27~30日:フェスティバルホール
モーリス・ベジャール率いる20世紀バレエ団が初来日し、アジア初公演を行った

チラシ(主催:民主音楽協会)
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ボレロ(プログラムより)
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5月29日 交響楽運動20年記念 大阪フィルハーモニー交響楽団演奏会(毎日ホール)
前身の関西交響楽団が結成され、大阪で本格的な交響楽運動が始まって20周年を記念して演奏会が開催された

関西交響楽団設立から大阪の交響楽運動を牽引してきた朝比奈隆
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6月21日 ジュゼッペ・ディ・ステファーノ 関西初公演(フェスティバルホール)
23日:京都会館第一ホール
初来日したステファーノがリサイタルを開催

チラシ
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11月6~8日 ウィーン交響楽団 関西初公演(フェスティバルホール)
大阪国際フェスティバル第10回記念秋の特別公演。指揮はヴォルフガング・サヴァリッシュ


11月8日~12月10日 ベートーヴェン展(大阪市立博物館)
大阪国際フェスティバル秋の特別行事。同フェスティバル第10回と3年後のベートーヴェン生誕200年を記念して、東京・大阪で開催。ヨーロッパ各国のベートーヴェンゆかりの地に残る貴重な自筆楽譜や遺品など約200余点が東洋初公開された

図録表紙((公財)朝日新聞文化財団提供)
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1968年
(昭和43年)

3月30日 大阪音楽大学大学院設置認可 音楽研究科(作曲専攻2名、声楽専攻3名、器楽専攻5名)


4月1日 大阪音楽大学大学院開設
四年制大学昇格から10年を経て、大学院の開設が実現した。わが国では東京藝術大学、武蔵野音楽大学に次ぎ、国立音楽大学とともに音楽系で大学院を設置する大学となった

4月24日 『大阪音楽大学学生会月報』創刊
学生会が新たに新聞を月刊で発行することとなった

学生会委員会
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5月 豊南寮D棟完成


5月9日 サンタバーバラ・カリフォルニア大学室内合唱団演奏会(本学ホール)

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5月10日 演奏旅行(高松市)

5月20日 現在のF号館完成(建て替え工事)
大阪音楽大学付属楽器博物館開設(F号館) 館長市野正義

F号館
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F号館2階に移転した楽器博物館
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ピアノ管理室
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6月20日 第1回吹奏楽演奏会(大阪厚生年金会館中ホール)
本学初の吹奏楽演奏会を開催。現在も継承されている

チラシ
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6月25日 宮城道雄13回忌追悼 グランド箏コンサートに出演(大阪厚生年金会館大ホール)
本学学生が松尾昌美教員指揮、桐絃社社中76名合奏の宮城道雄《日蓮》に合唱で出演

プログラム表紙
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10月1日 コンラート・ハンゼン ピアノ特別講義
ハンブルク音楽大学教授の同氏による特別講義を開催

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10月8、9日 オペラ専攻学生第9回研究公演《フィガロの結婚》(大阪府厚生会館文化ホール
初日は4回生、2日目は大学院・専攻科学生を中心にキャストが組まれた

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オーケストラピットに朝比奈教員の姿が見える
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10月11~14日 大学祭(本学・大阪厚生年金会館中ホールほか)

オペラ部公演チラシ
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オペラ部《マルタ》公演
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10月17日 ヴォルフガング・フォルトナー作曲・楽理特別講義
ドイツ現代作曲家の同氏によるヨーロッパの音楽教育と現代音楽事情についての特別講義を開催

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10月30日 豊中市民会館落成記念行事に出演(豊中市民会館)
宮本政雄教員指揮による本学管弦楽団が祝賀演奏を行った


11月3日 『大阪音楽文化史資料 明治・大正編』刊行
明治百年にあたるこの年を記念して、音楽文化研究所が関西の洋楽活動に関する膨大な資料を収集し、そのうち1,900点を選び出して編纂、出版した。関西洋楽界の変遷を紐解く貴重な資料として、音楽クリティック・クラブ特別賞を受賞。2年後に昭和編も刊行する

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11月3日 大阪文化祭祝典に出演(フェスティバルホール)
記念公演として本学学生が合唱で出演


11月20日 第11回定期演奏会(大阪厚生年金会館大ホール)
朝比奈教員指揮のもと、規模が大きく演奏機会の少なかったヴェルディ《レクイエム》の全曲演奏に挑んだ

ポスター
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351名の学生が合唱で出演
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11月25~28日 演奏旅行(徳島、香川県)
国内外のコンクールで数多く入賞し帰国した牧野恭子教員と本学管弦楽団が5ヶ所9公演を行った

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12月3日 第2回合唱演奏会(大阪府厚生会館文化ホール)

昨年新設された箏専攻学生の伴奏で歌う短大2年生
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12月11日 大学院オペラ専攻第1回試演会《椿姫》(本学F館合同演奏室)
第1期生4名と本学教員が出演、合唱はオペラ部が行った

4月1日 大阪芸術大学音楽学科増設

4月11~27日 第11回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
初来日のヨーゼフ・クリップス指揮、サンフランシスコ交響楽団で開幕。ロベール・カサドシュが再び来日し、リサイタルと一家3人による3台のピアノ協奏曲の夕に出演。朝比奈隆指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団と共演した。桐朋学園オーケストラ、ウィーン・ブルク劇場、イストヴァン・ケルテス指揮の日本フィルハーモニー交響楽団も出演

3台のピアノ協奏曲の夕(左)とウィーン・ブルク劇場(右)プログラム表紙
(第20回記念プログラムより /(公財)朝日新聞文化財団提供)
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4月12日 大阪厚生年金会館(現・オリックス劇場)開館
会場不足だった大阪に新ホールが完成。大阪市西区新町に位置し、収容人員大ホール2,400名、中ホール1,110名

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4月17日 パリ管楽五重奏団 関西初公演(京都会館第二ホール)
22日:大阪厚生年金会館大ホール
パリ音楽院管弦楽団の首席奏者によって結成される合奏団の初来日

 

チラシ
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4月20、23日 エリーザベト・シュヴァルツコップ 大阪初公演(大阪厚生年金会館大ホール)
これまで種々の理由で中止になっていたシュヴァルツコップの大阪でのリサイタルが、大阪厚生年金会館の開館記念としてようやく実現した

 

プログラム表紙
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5月24、25日 大阪芸術祭参加 二期会関西支部結成5周年記念公演 ビゼー《カルメン》(毎日ホール)
柴田睦陸総監督 秋山和慶指揮 栗山昌良演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 二期会関西支部・相愛子供音楽教室合唱
二期会関西支部が創立5周年を機に、初のオペラ公演を行った。この公演により、昭和43年度大阪府民劇場奨励賞、音楽クリティック・クラブ奨励賞を受賞

 

 

チラシ
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関西二期会提供『関西二期会創立30周年記念誌』より
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5月27日 奈良県文化会館開館
奈良市登大路町に建設。大ホールは1,500名収容



6月15日 文化庁を設置
文部省文化局と文化財保護委員会が統合し文化庁が発足


6月30日 スイス・ロマンド管弦楽団 関西初公演(京都会館第一ホール)
7月2~4日:フェスティバルホール



8月5、7日 オペラ映画『椿姫』関西初公開(フェスティバルホール)
大阪国際フェスティバル協会が夏の特別行事として上映。アンナ・モッフォ、フランコ・ボニゾッリ主演、ローマ歌劇場歌手・管弦楽団・合唱団・バレエ団総出演の映画で、1966年コロンビア映画制作

 

パンフレット表紙((公財)朝日新聞文化財団提供)
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8月8日 京響・大阪フィル合同演奏会(フェスティバルホール)
朝比奈隆の還暦を記念し、京都市交響楽団と大阪フィルハーモニー交響楽団初の合同演奏会が開催された。外山雄三指揮のベートーヴェン《交響曲第5番》と、大編成を要するため演奏機会の少ないR.シュトラウス《アルプス交響曲》を朝比奈隆指揮、総勢約170名の両団員により関西初演

 

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9月28 アメリカンバレエシアター 関西初公演(フェスティバルホール)
29日、10月1、3、4日:同会場

 

 

パンフレット表紙(主催:民主音楽協会)
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10月24日 パイヤール室内管弦楽団 関西初公演(京都会館第一ホール)
25、26日:フェスティバルホール

 

 

プログラム表紙
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10月25、26日 関西歌劇団第25回定期公演 大栗裕《地獄変》初演(大阪厚生年金会館大ホール
芥川龍之介原作 朝比奈隆指揮 菅沼潤台本・演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 桐絃社々中
芥川龍之介の原作に感銘を受けた大栗裕が30年来あたためてきた題材をオペラ化し、関西歌劇団が上演

 

プログラム表紙
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初演キャスト
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11月8日 明治百年記念芸術祭特別公演 バレエ《ミランダ》関西初演(京都会館第一ホール)
9日:和歌山県立体育館 10日:奈良県文化会館
三島由紀夫作 戸田邦雄作曲 渡辺暁雄指揮 橘秋子演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 
この年は明治百年記念として全国各地で様々な催しが行われたが、その一環として文化庁が制作。三島由紀夫書下ろしによる創作バレエで、日本を代表する5つのバレエ団から選ばれたメンバーが出演し、日本バレエ界の総力を結集した公演であった。全国7ヵ所を巡回したが、西日本は大阪フィルハーモニー交響楽団が演奏

 

 

プログラム表紙
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12月1日 明治百年記念芸術祭オペラ特別公演 石井歓《袈裟と盛遠》関西初演(奈良県文化会館)
2日:京都会館第一ホール 3日:神戸国際会館
若杉弘指揮 山内泰雄台本・演出 二期会 藤原歌劇団 京都市交響楽団 二期会合唱団 藤原歌劇団合唱部
明治百年記念の創作オペラとして文化庁が制作。平家物語を題材に石井歓が作曲し、当時の日本声楽界を代表する歌手たちが出演した

 

 

プログラム表紙
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初演キャスト
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1969年
(昭和44年)

1月20日 第1回管弦楽演奏会(大阪厚生年金会館大ホール)
本学初の試みで、オーケストラだけの演奏会を開催した。その後、定期的には開催されていない

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公演写真
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3月3日 大学院・教職課程認定──大学院の課程
昭和44年4月1日適用(高校教諭1級普通免許状=音楽)


4月1日 初の学長選挙実施 水川清一が再選


5月15日 『スケールとアルペジオ』発行

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6月1日 旧ホール完成(スタジオ兼講堂の建て替え工事)
3階建て地下1階、750名収容(補助席含)の新しいホールが完成した。オーケストラピットを深く広くとり、オペラ上演に適するように設計されていた。オペラ、各種演奏会、公開レッスン、行事、試験などに使用されたが、平成元年にオペラハウスが竣工したのちに取り壊され、現在のぱうぜに建て替えられた

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6月10日 ホール開き

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6月11日 ゲルハルト・ヒュッシュ 声楽特別講義

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6月18日 オペラ部公演《カヴァレリア・ルスティカーナ》(本学ホール)

チラシ
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6月30日 第2回吹奏楽演奏会(大阪厚生年金会館中ホール)
大栗裕教員が本学吹奏楽団のために作曲した《吹奏楽のためのディベルティメント》を初演。前回の本学定期演奏会を聴いたときに浮かんだ構想にもとづき作られたもので、「若者の苦悩と歓び」が作曲の動機だという

ポスター
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大栗裕からのメッセージ(プログラムより)
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授業風景

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クラブ活動
本学にも様々なクラブ、同好会があった

サイクリングクラブ
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ゴルフクラブ
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7月31日~8月23日 「ヨーロッパ音楽の旅」協賛
日本通運大阪航空支店の主催するヨーロッパ旅行の企画に本学が協賛。教員、在学生、卒業生および関係者30名近くが参加し、各地の音楽祭等を鑑賞した。この旅行は、長年にわたり毎夏続けられることとなる


9月17日 ピアノ披露演奏会(本学ホール)
本学5人のピアノ教員により、新しいピアノの披露演奏会が開催された

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公演写真
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9月27日 ベートーヴェン室内楽の夕べ(本学ホール)
ミュンヘン音楽大学のフーゴー・シュトイラー(Pf)、ハインツ・エンドレス(Vn)両教授による演奏会を開催。29、30日は特別講義も開催


10月9~14日 大学祭(本学ほか)

オペラ部《エウゲニ・オネーギン》公演
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後夜祭のファイヤーストーム
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10月29、30日 オペラ専攻学生第10回研究公演《魔笛》(大阪府立青少年会館文化ホール)

チラシ
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衣装デザイン画
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11月3日 水川学長が大阪文化賞、菊原初子教員が大阪芸術賞を受賞

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11月5日 ホール竣工記念邦楽演奏会
邦楽コースの学生と各流派の著名人を招き、演奏会を開催した

11月10日 ハンス・ジェットナー/エミーエ・ジェットナー特別講義

11月24日 第12回定期演奏会(フェスティバルホール)
ベートーヴェンのピアノ協奏曲を演奏する記念に、ポスターやプログラムなどには楽器博物館所蔵のベートーヴェンが使用していたものと同型のブロードウッド社製ピアノの写真がデザインされた

ポスター
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ベートーヴェン《ピアノ協奏曲第5番「皇帝」》
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11月27日 朝比奈隆教員、紫綬褒章受章

11月27~29日 演奏旅行(岡山、鳥取県)


12月3日 第3回合唱演奏会(本学ホール)

12月13日 ホール竣工記念公演 平井丈一朗チェロ独奏会(本学ホール)

 

1月 ミュージック・セラピイ研究会発足
本学教員の武田邦夫、のちに教員となる鎌谷静男も世話人として名を連ねている

1月18、19日 大学紛争・東京大学安田講堂へ機動隊突入


2月1日 鳥井音楽賞(現・サントリー音楽賞)設立
サントリー株式会社が創業70周年記念事業の一環として、創立者の鳥井信治郎の名を冠した賞を設立。わが国の洋楽振興を目的に、その年度における洋楽文化の発展に最も功績のあった個人又は団体を顕彰し、贈呈される。関西では、日本テレマン協会が1985年度に受賞

2月8~11日 マヤ・プリセツカヤ 関西初公演(フェスティバルホール)
ボリショイバレエ団のプリマバレリーナ、マヤ・プリセツカヤが《白鳥の湖》《カルメン》《瀕死の白鳥》などを上演。大阪フィルハーモニー交響楽団が演奏

チラシ
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2月9日 金沢孝次郎死去
関西楽壇においてピアノ音楽の演奏・普及に尽力。国家から遺族追彰として銀杯が贈られ、内閣総理大臣からも表彰された

2月27日 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団公演(京都会館第一ホール)
28日:フェスティバルホール
三度目の来日はゲオルク・ショルティの指揮で、R.シュトラウス《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》、ブルックナー《交響曲第7番》などを演奏

チラシ
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3月1日 NHK FM本放送開始

4月1日 神戸山手女子短期大学音楽科設立
4月1日 京都市立芸術大学開学。音楽学部を設置

4月1日 大阪府厚生会館が大阪府青少年会館として新発足

4月14日~5月2日 第12回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
小沢征爾率いるトロント交響楽団が初来日し、武満徹《ノベンバー・ステップス第1番》の関西初演を行った。アレクシス・ワイセンベルク(Pf)、ボーザール・トリオ、ミュンヘン・バッハ合唱団・管弦楽団も初来日。カール・リヒター指揮でJ.S.バッハ《ロ短調ミサ》、《マタイ受難曲》を演奏した。「海野義雄・堤剛協奏曲の夕」では2人と専属契約をしているCBSソニーがフェスティバル初の実況録音盤の収録を行った

プログラム表紙
((公財)朝日新聞文化財団提供)
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ミュンヘン・バッハ合唱団・管弦楽団(第20回プログラムより)
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4月21日 関西歌劇団特別公演 フランス名作オペラコンサート(サンケイホール)
第一部はフランスオペラのアリアを演奏、第二部でラヴェル《子供と魔法》を演奏会形式により関西初演。宇宿允人指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏


5月24~26日 ミュージック・フェア ’69開催(京都市勧業館)
5月24日 全国ピアノ技術者協会創立40周年記念大会開催(京都会館大会議室)
5月25、26日 第19回全国楽器協会京都大会開催(京都会館第二ホール)
第19回全国楽器協会大会が京都で開催されるのに合わせて、関西楽器振興会が楽器の展示会「ミュージック・フェア’69」を開催。82社が出品し、日本全国および海外からの入場者総数は延べ約15,000人。またこれに合わせて全国ピアノ技術者協会の大会も開催

5月26日 東名高速道路全面開通


6月19日 第1回サロン・コンサート「木管アンサンブルと独奏の夕べ」開催(モーツァルトサロン)
大阪駅前第一ビル10階に新設された大阪音楽文化センター内のモーツァルトサロンがオープン。大阪で初めての本格的なサロン・コンサートの形式とされる演奏会が開催された。関西でもサロン音楽の流行が見られるようになる

第2回チラシ
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7月20日 アメリカ宇宙船「アポロ11号」月面着陸


8月25日 大阪労音 ベートーヴェン弦楽四重奏曲連続演奏会開始(大阪厚生年金中ホール)
大阪労音が創立20周年と翌年のベートーヴェン生誕200年を記念して全6回開催。巌本真理弦楽四重奏団による演奏

大阪労音例会パンフレットより
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9月13日 映画「巨匠リヒテルのすべて」日本初公開(フェスティバルホール・神戸国際会館)
20日、10月5日:フェスティバルホール 17日:京都会館第一ホール 21日:奈良県文化会館大ホール 27日:西宮市民会館
大阪国際フェスティバル秋の特別行事として、翌年の万国博に来日が実現したスヴャトスラフ・リヒテルの音楽記録映画を全国に先駆け関西で公開。「ギレリスの芸術」同時上映

パンフレット表紙((公財)朝日新聞文化財団提供)
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9月16日 ズービン・メータ 関西初公演(京都会館第一ホール)
17~19日:フェスティバルホール 20日:神戸国際開館
13年ぶりの再来日となるロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団を率いて、当時の常任指揮者であったズービン・メータが初来日

パンフレット(主催:民主音楽協会)
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10月6日 ベートーヴェン生誕200年記念 大阪フィル・べートーヴェン・チクルス開始(フェスティバルホール)
大阪フィルハーモニー交響楽団が翌年のベートーヴェン生誕200年を記念して、12月19日まで6回にわたり、ベートーヴェンの作品群を連続演奏した。この企画により関西交響楽協会が昭和44年度大阪府民劇場賞受賞

プログラム表紙
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10月8日 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 関西初公演(フェスティバルホール)
指揮者はベルナルト・ハイティンク、ジョン・プリッチャード、イェジー・セムコフが同行し初来日。関西ではジョン・プリッチャードがタクトを振った

プログラム表紙
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10月28日 マリオ・デル・モナコ リサイタル(フェスティバルホール)
マリオ・デル・モナコがマンリコ・デ・トゥーラ指揮の京都市交響楽団演奏で関西初のリサイタルを開催

プログラム表紙
ガウス

 


11月12、13日 関西歌劇団第27回定期公演 モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》(大阪厚生年金会館大ホール)
朝比奈隆指揮 朝比奈隆・茂山千之丞演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部
関西歌劇団はこの公演により昭和44年度大阪文化祭賞を受賞

プログラム表紙
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関西歌劇団提供
『関西歌劇団のあゆみ』より


11月22日 岩渕竜太郎弦楽四重奏団ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲連続演奏開始(十字屋四条店9階ホール)
京都の十字屋楽器店が翌年のベートーヴェン生誕200年を記念して、隔月全6回にわたって開催

第2回チラシ
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1970年
(昭和45年)

1月15日 『大阪音楽文化史資料 昭和編』刊行
音楽文化研究所が『大阪音楽文化史資料』の昭和編を発刊。昭和20年までの洋楽に関する資料を写真版で編集。新たにラジオ放送史も掲載した

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3月7、8日 第1回大学院オペラ研究公演(本学ホール)
《オルフェオとエウリディーチェ》より第3幕、《ラ・ボエーム》が上演された


3月9~11、18日 卒業演奏会
9~11日:本学ホール 18日:毎日ホール
従来は学外のホールで昼夜2回行っていたが、より多くの学生に出演の機会を与えるため、学外演奏会を1回にして、本学ホールにおける学内演奏会を各学部、専攻別に計3回開催することとなった。9、10日に短大52名、11日に大学30名、18日に大学25名が出演した


3月16日 大学院第1回学位記授与式
本学初の芸術学修士8名が誕生。全員が本学教員となり、後進の指導にあたることとなった



4月1日 大学器楽学科にオルガン専攻開設



5月13日 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団公演に出演(フェスティバルホール)
エキスポ・クラシックスでのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のベートーヴェン・チクルス第5夜に出演。本学合唱団がベートーヴェン生誕200年祝祭合唱団の一員として、カラヤンの指揮で《第九》の合唱を演奏した

プログラム
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5月15日 カメラータ・バリローチェ特別演奏会(本学ホール)
万国博のために初来日したアルゼンチンを代表する弦楽合奏団の特別演奏会を開催。アルゼンチン大使も来校し、記念品の贈呈や水川学長との挨拶の交換がなされた

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6月10~13日 日中韓三音楽大学音楽教育会議(中心会場:大阪音楽大学)
万国博開催を機に水川学長の提唱により、音楽教育における相互研究を目的として、合同演奏会をきっかけに姉妹校となった台湾の中国文化学院と韓国のソウル大学校音楽大学の両校の学長、教授らを招いて、本学で教育会議が行われた

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学内各施設の見学も行われた

楽器博物館
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楽理研究室のティーチング・マシン
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6月29日 日本国ナショナルデーに出演(万博公園お祭り広場)
皇太子夫妻ご臨席のもと、佐藤首相以下各閣僚、石坂万博会長等が参加して行われた式典の後、この日のために作られた交声曲《日本新頌》を作曲者の團伊玖磨自身の指揮により、本学合唱団300名が大阪フィルハーモニー交響楽団と演奏した

ステージは右上方
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9月12日 フェアウェルコンサートに出演(フェスティバルホール)
本学合唱団がエキスポ・クラシックスのフェアウェルコンサートに出演。アサヒコーラス、大阪市民合唱団とともに朝比奈隆指揮のNHK交響楽団とベートーヴェン《交響曲第9番》を演奏した

プログラムより
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10月2日 第3回吹奏楽演奏会(大阪府立青少年会館)

ポスター
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公演写真
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10月20日 現在のG号館完成
不足していた管楽器の練習室専用に、冷暖房完備の校舎を建設



10月21日 学4声楽第1回オペラ実習研究発表会《椿姫》(本学ホール)
カリキュラム改正により、声楽専攻生全員がオペラを学ぶようになり、その成果を発表する場が欲しいとの希望から、大学4年生による自主的な発表会が開催された。キャスト、スタッフ全てを希望する4年生全員のアンケートで決定し、指導教員までもが学生によって選ばれた

プログラム表紙
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練習風景
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10月30~11月2日 大学祭(本学ホール)
音楽記録映画流行のなか、ベートーヴェン生誕200年を記念して、本学でも『ベートーヴェンの生涯』が上映された

プログラムより
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11月3日 大阪文化祭祝典に出演(フェスティバルホール)
本管弦楽団と箏およびフルート専攻生が演奏を行った

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11月3日 水川学長、勲三等旭日中綬章受章
多年にわたる教育功労者として授与された

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11月6日 第14回音楽高等学校定期演奏会(御堂会館)



11月9日 第1回混声合唱部演奏会(大阪厚生年金会館中ホール)
創部4年目にして初の学外演奏会を開催

プログラム表紙
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11月25日 第13回定期演奏会(フェスティバルホール)
ベートーヴェン生誕200年を記念して、本学定期演奏会もベートーヴェンの作品を演奏。合唱団はエキスポ・クラシックスでのベルリン・フィル、N響との共演に続き、この年3回目の《第九》演奏となった

チラシ
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公演写真
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11月30日~12月1日 演奏旅行(三重、岐阜県)



12月2日 第4回合唱演奏会(豊中市民会館)

チラシ
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12月14日 創立55周年記念式典(新大阪ホテル)
関係者500名が出席し、水川学長の勲三等旭日中綬章受章の祝賀パーティーも兼ねて盛大に開催された

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12月17日 ベートーヴェン生誕200年記念 生誕の日を祝う会に協賛(フェスティバルホール)
大阪国際フェスティバル協会主催の催しに協賛、楽器博物館所蔵のベートーヴェン愛用のものと同型のブロードウッド社製ピアノとベートーヴェン像を貸し出した

ロビーを飾ったベートーヴェン像
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小林道夫がピアノソナタ《月光》を演奏
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12月22、23日 オペラ専攻学生第11回研究公演《仮面舞踏会》(大阪府立青少年会館)

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公演写真
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1月8日 京都府立芸術会館開館
京都市上京区河原町通広小路に位置し、会館内に収容人数426名のホール設置。プログラム構成を外山雄三が担当し、月1回「室内楽の会」を開催

プログラム表紙
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プログラム
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1月30日 マルタ・アルゲリッチ 関西初公演(フェスティバルホール)
2月2日:京都会館第一ホール
アルゼンチンの女流ピアニスト、アルゲリッチが初来日。大阪ではリサイタル、京都では外山雄三指揮の京都市交響楽団の定期演奏会でショパン《ピアノ協奏曲第1番》を演奏

プログラム表紙
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2月13日 日本シューベルト協会設立
ドイツ・リートを中心とした歌曲の演奏、および研究を目的に設立された

日本シューベルト協会プログラムより

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2月21日 関西専門家による室内楽シリーズ開始(毎日国際サロン)
大阪労音が会員の要望により、外山雄三の協力を得て室内楽のシリーズを企画、シリーズ会員を募集した。会場の準備、プログラム作成、宣伝、合評会の計画・実行、専門家との打合せまで、会員自らが行うという画期的なものであった


3月1、2日 大阪労音創立20周年記念例会(フェスティバルホール)
大阪労音の創立20周年に向けて、原爆を題材に土井大助作詞、外山雄三が作曲した《交響曲「炎の歌」》を外山自身の指揮、京都市交響楽団、大阪労音合唱団により初演


3月14日~9月13日 日本万国博覧会開催(大阪府吹田市)
「人類の進歩と調和」をテーマに、アジアで開催された初めての国際博覧会。会期中、エキスポ・クラシックスと呼ばれるクラシック音楽関連の催しがフェスティバルホールを半年間借り切って開催された。各国随一を誇る演奏家たちが博覧会に際して来演。出演者数約3,500人、29種目、104回の公演で、入場者総数は約155,000人であった

EXPOクラシックス総合プログラム表紙
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会場となったフェスティバルホール(フェアウェルコンサートプログラムより)
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3月15日 EXPO’70オープニング・コンサート(フェスティバルホール)
岩城宏之指揮のNHK交響楽団が《君が代》に続き、万国博のための委嘱作品である三善晃《祝典序曲》を、そして黛敏郎《BUGAKU》、ドヴォルジャーク《交響曲第9番「新世界より」》を演奏し、エキスポ・クラシックスが開幕した(以後、万国博関連催物はEXPOと表示)

NHK交響楽団による《君が代》演奏
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3月16、18、19、20、21、22日 EXPO ベルリン・ドイツ・オペラ 関西初公演(フェスティバルホール)
《ローエングリン》《モーゼとアロン》《ドイツ・レクイエム》
ベルリン・ドイツ・オペラは過去2回来日するも、関西でのオペラ公演は初めて。音楽監督の指揮者ロリン・マゼールをはじめ、歌手、管弦楽団、合唱団、バレエ団、スタッフの総勢370名が来演。シェーンベルク《モーゼとアロン》は大規模な管弦楽、合唱、バレエを要し、上演不能といわれた聖書劇で、ブルーノ・マデルナ指揮、ルドルフ・ゼルナー演出により本邦初演

《モーゼとアロン》リハーサル風景
ガウス


3月26日 ベートーヴェン生誕200年記念 ピアノ・ソナタ全曲演奏会開始(モーツァルトサロン)
モーツァルトサロンがベートーヴェンの命日の3月26日から誕生日の12月17日まで、関西在住の10人のピアニストによるピアノ・ソナタ全32曲の連続演奏会を開催

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4月1日 大阪音楽エフエム放送(FM大阪)開局

4月2日 日本初パイプ・オルガン・コンクール開催(万国博キリスト教館)
万国博キリスト教館主催で、わが国初のパイプ・オルガンのコンクールが行われ、同館で入賞者によるリサイタルが開催された

4月26日 第1回イタリア声楽コンコルソ開催(毎日新聞京都支局ホール)
わが国の声楽レベルを世界的な水準へ導くことを目標に、留学支援事業として関西日伊音楽協会が主催。初回のシエナ大賞には本学教員であった黒田安紀子が選ばれ、イタリアへ派遣されることとなった

4月28日~5月10日 「ショパン展」開催(大丸こども館6階催し場)
日本ショパン協会、毎日新聞社主催で、この年の第8回ショパン国際ピアノ・コンクール開催を記念して企画。ポーランド政府がショパンの芸術を紹介するために収集した音楽遺産の海外初公開展


5月8~11、13、14日 EXPO ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(フェスティバルホール)
ベートーヴェン生誕200年に寄せて、最終日を除く5日間にわたってベートーヴェン・チクルスを演奏。エキスポ・クラシックスの中でも最大の人気を誇り、入場券は前売りと同時に即完売となった。大阪国際フェスティバル協会との共催

公演写真
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プラチナチケットとなった入場券
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5月30日~6月10日 第2回マダム・バタフライ世界コンクール(大阪厚生年金会館)
日本代表の一人として本学教員であった矢野蓉子が出場

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優勝したウィルマ・ヴェルノッチ
 (昭和45年7月1日 関西音楽新聞より)
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6月4日 EXPO 日本5つのオーケストラ(フェスティバルホール)
7月20日まで5夜にわたり、日本を代表する5つのオーケストラが出演。若杉弘、小沢征爾、岩城宏之、渡辺暁雄、朝比奈隆という5人の指揮者の競演でもあった

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7月8日 EXPO 歌劇《地獄変》(フェスティバルホール)
関西歌劇団が、2年前に初演した大栗裕《地獄変》を台本・音楽ともに一部改変し、朝比奈隆指揮、茂山千之丞演出、大阪フィルハーモニー交響楽団・桐絃社社中の演奏、初演時とほぼ同じキャストで上演した

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8月16~18、20~23、25、26日 EXPO ボリショイ・オペラ 関西初公演(フェスティバルホール)
《ボリス・ゴドノフ》《エウゲニ・オネーギン》《スペードの女王》《イーゴリ公》
歌手、オーケストラ、合唱団、バレエ団、スタッフを合わせて総勢400名が100トンを超す衣裳・舞台装置とともに初来日。エキスポ・クラシックス最大規模の公演であった

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8月28日 大阪市ユース・オーケストラ発足
朝日ジュニア・オーケストラの解散に伴い、朝日新聞社から楽器・楽譜の譲渡を受けた大阪市が全国初、市立の青少年のためのオーケストラを設立。本学も協力要請を受け、宮本政雄、松尾昌美両教員らが指導にあたった

9月3、5日 EXPO スヴャトスラフ・リヒテル 関西初公演(フェスティバルホール)
幻のピアニストといわれたリヒテルの初来日。プロコフィエフのソナタやムソルグスキー《展覧会の絵》などを演奏。EXPO以外に27日に京都公演も行った

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9月12日 EXPO フェアウエルコンサート(フェスティバルホール)
朝比奈隆指揮、NHK交響楽団の演奏でベートーヴェン《交響曲第9番》を演奏し、万国博閉会の前日にエキスポ・クラシックスが閉幕した。本学学生も合唱で出演

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11月2日 和歌山県民文化会館開館
和歌山市小松原通りに建設。大ホール2,000名、小ホール450名収容

11月3日 清水脩《大仏開眼》関西初演(奈良県文化会館)
4日:神戸国際会館 5日:和歌山市公会堂、和歌山県民文化会館 13日:京都会館第一ホール
長田秀雄原作 清水脩・岡本一彦台本 若杉弘指揮 観世栄夫演出 二期会 京都市交響楽団 二期会合唱団
昭和45年度文化庁芸術祭主催公演による創作オペラが関西でも巡演された

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11月8日 第1回奈良県芸術祭開催

11月12日 大阪郵便貯金会館開館
旧郵政省が大阪市天王寺区上本町に建設。昭和50年の郵便貯金創業100年を記念して全国10ヶ所に作られた郵便貯金会館の第1号。内部に設置された郵便貯金ホールは682名収容

11月17日 ベートーヴェン生誕200年記念《フィデリオ》公演(神戸国際会館)
19、20日:フェスティバルホール
外山雄三指揮 中村俊一演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 大阪労音フロイデ合唱団 神戸労音フィデリオ合唱団 京阪神大学連合合唱団 新月会
東京、大阪、神戸、名古屋労音がベートーヴェン生誕200年を記念して共同企画。外山雄三・桜井武雄・前田直純の日本語訳によるもので、関西では戦後初の上演であった

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11月30日 モーツァルト室内管弦楽団第1回定期演奏会(京都府立文化芸術会館)


12月2、3日 二期会関西支部 室内オペラシリーズ開始(大阪厚生年金中ホール)
林光《あまんじゃくとうりこひめ》、メノッティ《アマールと夜の訪問者》を大森栄一指揮、長沼広光演出、二期会関西支部合唱、ピアノ・エレクトーン等による演奏で上演

《あまんじゃくとうりこひめ》 (関西二期会提供『関西二期会創立30年記念誌』より)
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12月17日 ベートーヴェン生誕200年記念 生誕の日を祝う会(フェスティバルホール)
大阪国際フェスティバル協会がベートーヴェンの誕生日に開催。属啓成の講演、ピアノ曲、歌曲と弦楽四重奏曲の演奏に映画「ベートーヴェンOp.1」が上映され、朝比奈隆指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏による《交響曲第5番「運命」》等を演奏、最後に参加者全員による《交響曲第9番》より「歓喜の歌」の合唱が行われた

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1971年
(昭和46年)

1月30日 『関西音楽関係団体総覧』刊行
音楽文化研究所が関西の音楽文化活動の現状を調査する研究に着手、その成果の一つとして発表した。関西の音楽文化において重要な役割を果たす団体や組織、関係法人を網羅した貴重な資料として注目された。限定出版で販売

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3月15日 卒業式
新ホールでの卒業式は管弦楽団がオーケストラピットで演奏を行った

 

 

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5月6日 聖徳太子千三百五十年御忌記念 新作をささげる演奏会に出演(フェスティバルホール)
本学合唱団が大西利夫作詞、大栗裕作曲の交声曲《太子賛》を関西初演

 

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5月17日 関西歌劇団第30回定期公演《カヴァレリア・ルスティカーナ》に出演(大阪厚生年金会館大ホール)
本学混声合唱部が関西歌劇団合唱部とともに合唱を担当

 

中央はトゥリッドゥとローラを演じる林誠、桂斗伎子教員
(昭和46年6月1日 関西音楽新聞)
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5月19、26日、6月2日 ヘルマン・ロイター 声楽特別講義
ミュンヘン音楽大学リート科主任教授、ミュンヘン国際音楽コンクール声楽部門の審査委員長であった同氏による公開レッスンを開催

 

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6月5日 FM大阪「カレッジ・オブ・ミュージックコンサート」開始
本学教員の研究発表を兼ね、公開録音を中心としたラジオ番組を提供することとなった。第1回の放送は《リゴレット》のハイライトで、樋本栄、桂斗伎子、伊藤富次郎、安則雄馬、浅井康子教員が出演。定期演奏会やオペラ公演など、様々な学生たちの演奏も放送された。番組は中断をはさみ、平成3年6月まで続けられた

 

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6月29日 大阪音楽大学教職員組合結成 委員長田中喜一



7月6日 三笠宮殿下ご来校
オリエント学会でご講演のため来阪された三笠宮崇仁殿下が本学をご訪問になった。殿下のアイススケートのための楽曲を本学管弦楽団が演奏、録音したご縁で実現したものであった。4時間ほどかけて、大学、高校、幼稚園の各所をご視察された

 

特別演奏会をご鑑賞
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幼稚園ご視察
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7月7日 第8回グランド箏コンサートに出演(フェスティバルホール)
松尾昌美教員の指揮で、本学有志の合唱団が大和田建樹作詞、宮城道雄作曲の交声曲《松》を桐絃社々中と共に演奏した

 

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9月20日~10月8日 フーゴ・シュトイラー ピアノ特別講義
ドイツのピアニストで、ミュンヘン国立音楽大学の教授である同氏の公開レッスンを開催。大学3、4年生、付属高等学校生、および幸楽会々員が受講。3週間のうちに教員も希望者が個人レッスンを受けた。25日には同氏リサイタルも開催

 

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10月11日 シュトゥットガルト・ユース室内合奏団演奏会

 

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10月14日 第4回吹奏楽演奏会(大阪厚生年金会館中ホール)

 

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公演写真
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10月22日 ライナー・ホフマン ピアノ特別講義
伴奏法と2台のピアノによるアンサンブルの公開レッスンを開催



10月22~26日 大学祭
テーマは「道」。楽器博物館において、アコースティック蓄音機の世界的コレクター、舟橋透コレクションの展示および同氏の講演があり、ホールでは上方漫才・落語の脚本家として著名な秋田実氏の講演なども行われた。当時の大学祭は、前夜祭に始まり、文化祭公演、展示・バザー、体育祭、後夜祭、球技大会が開催されていた

 

26日開催の球技大会
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公演写真
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クラブ活動

 

軟式野球部
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バスケットボール部
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10月27、28日 ハノン・ブラシュケ 声楽特別講義
コンサート伴奏者、またテノール歌手としても活躍、10年来ミュンヘン・バッハ合唱団のボイストレーナーを務める同氏による公開レッスンを開催

 

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11月5日 第15回付属音楽高等学校定期演奏会(大阪厚生年金会館中ホール)



11月22日 第14回定期演奏会(フェスティバルホール)

 

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本学ホールでの《テ・デウム》練習風景
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11月23~28日 演奏旅行(熊本県)
定期演奏会翌日、本学管弦楽団77名、教員4名の合計81名が神戸港を出発。熊本、八代市内の5ヵ所で公演を行った。ピアノ協奏曲では、熊本女子短期大学講師の有馬よう子氏と共演



12月1日 第5回合唱演奏会(豊中市民会館)



12月22、23日 第12回オペラ研究公演《カルメン》(大阪府立青少年会館文化ホール)

 

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公演写真
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1月 大阪コンサート協会発足

 

1月1日 日仏音楽協会=関西発足

翌年9月に第1回フランス音楽コンクールを開催、現在も継続されている

 

1月7日 ツトム・ヤマシタ関西初公演(京都会館第一ホール)

21日:毎日ホール

1964年に17歳で渡米したツトム・ヤマシタの日本デビュー・リサイタル。シャツとジーンズというクラシック界では異例のヒッピー風のファッションで、多種打楽器による独創的な演奏を行った

昭和46年2月1日 関西音楽新聞より
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1月25日 世界初のデジタル録音によるLPレコード発売

 

1月26日 ヴィエール室内合奏団(現・関西フィルハーモニー管弦楽団)第1回定期演奏会(津村講堂)

同団は前年、宇宿允人を指揮者として神戸女学院大学音楽部の卒業生を中心に結成された
 

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創立時メンバー
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1月30日 内田光子 関西初ピアノ・リサイタル(毎日ホール)

前年10月の第8回ショパン国際コンクール第2位入賞(日本人最高位)後の帰国公演で、関西初のリサイタルであった

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2月17、18日 日独現代音楽の夕(朝日生命ホール)

大阪ゲーテ・インスティトゥート、大阪楽友協会の主催による、現代音楽(ドイツの作曲家と大阪在住の作曲家たちの作品)及び映画と前衛ジャズによる演奏会。聴衆には若者層が多かったという

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4月12日 大阪テレマン協会「教会音楽シリーズ」第1回開催(夙川カトリック教会)

教会の聖堂を会場として教会音楽によるコンサート・シリーズを開始

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4月13日~28日 第14回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)

エドモン・ド・シュトウツ指揮チューリヒ室内管弦楽団、アンドレ・プレヴィン(Cond・Pf)、チョン・キョン・ファ(Vn)らが初来日。20年振りの来日となったユーディ・メニューインの公演も話題に。24日には山田耕筰追善公演(7周忌)として、グランド・オペラ《香妃》(演奏会形式・抜粋)と、オペラ・バレエ《あやめ》が舞台初演された

ロンドン交響楽団を弾き振りをするA.プレヴィン(第20回記念プログラムより)

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山田耕筰オペラ・バレエ《あやめ》(第20回記念プログラムより)
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4月24日 ユーディ・メニューインによる第1回ミリカ・ビデオ・レッスン(毎日放送千里丘放送センター内 ミリカ・ホール)
毎日放送が放送開始20周年記念として開催。ビデオ・スコープ等の光学機器を用い、受講の模様を場内のテレビ・モニターに映し出すという新方式の公開レッスンだった。高橋美保子、小栗まち絵、高木(のち田島)まり子が受講。翌25日には第2回としてリリー・クラウスの公開レッスンが行われた

レッスン風景(第3回「ミリカ・ビデオ・レッスン」チラシより)
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6月10日 ヘルマン・プライ 関西初公演(フェスティバルホール)

レオナルド・ホカンソンの伴奏。プライは1961年に初来日していたが東京公演のみ行っていた

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6月12日 バルトーク弦楽四重奏団関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)

19日:京都府立文化芸術会館 24日:大阪厚生年金会館中ホール

 

7月2日 ウィーン・フィルハーモニー室内合奏団(現・ウィーン室内合奏団)関西初公演(京都会館第一ホール)

4日:神戸国際会館 6日:フェスティバルホール

バルトーク弦楽四重奏団プログラム表紙とウィーン・フィルハーモニー室内合奏団チラシ
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9月8日 大阪テレマン・アンサンブル東京初公演(東京文化会館小ホール)

特別演奏会「テレマンの夕べ」としてオール・テレマン・プログラムを披露。会場を満席にした


 

10月16日~11月29日 文化庁移動芸術祭・移動芸術祭巡回公演 初開催(関西公演)

地方の芸術文化振興を目的として文化庁が開始した事業。関西ではオーケストラ、オペラ、バレエ各部門の参加団体(日本フィルハーモニー交響楽団、二期会、東京バレエ団、日本バレエ協会)が兵庫、奈良、滋賀、和歌山で公演を行った翌年には朝比奈隆指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団が同芸術祭に初参加。四国・九州地方の計8都市を巡演した
 

初回のオペラは二期会の《フィガロの結婚》
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昭和49年の室戸市における大フィル演奏会
(昭和49年9月1日 関西音楽新聞)
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10月18日 関西歌曲研究会 研究発表会「日本歌曲の夕べ」(大阪厚生年金会館中ホール)

同研究会は当年、日本歌曲の研究と普及を目指して発足。初代会長に木村四郎、副会長には松本寛子、木村絹子が就任。当発表会の第1部では日本歌曲の演奏、第2部では菅野浩和指揮による自作の創作オペラ《イソップ物語 第5の話》が上演された

 

10月22日 アルフレッド・ブレンデル関西初公演(奈良文化会館)

24日:西宮市民会館

 

11月4、5日 大阪フィルハーモニー交響楽団 韓国ソウル特別演奏会(ソウル市民会館)

大阪フィルハーモニー交響楽団初の海外公演。4日は朝比奈隆の指揮で文竜姫(Pf)が共演、5日は林元植の指揮で朝比奈千足(Cl)が共演した。国際親善と文化交流を兼ねた公演であった

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ソウル市民会館
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((公財)大阪フィルハーモニー協会提供『大阪フィルハーモニー交響楽団50年史』より)
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11月12日 クルト・マズア関西初公演(京都会館第一ホール)

15、18、19日:フェスティバルホール

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を率いての初来日。マズアは前年に同団のカペルマイスターに就任していた

 

11月25、26日 関西歌劇団第31回定期公演 ヴェルディ《オテロ》(大阪厚生年金会館大ホール)

朝比奈隆指揮・訳詞 茂山千之丞演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部 大阪放送児童合唱団

邦人による関西初演であった。当公演により昭和46年度大阪文化祭賞を受賞

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昭和46年12月1日 関西音楽新聞より
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1972年
(昭和47年)

1月11日 学4オペラ実習生試演会 モーツァルト《魔笛》

横田浩和教員指揮、桂直久教員演出による練習風景
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2月20日 『関西音楽文化資料1972』刊行
音楽文化研究所が前年に引き続き、研究成果を出版した。洋楽関係団体総覧、昭和46年の関西楽界の動向をまとめた年表、膨大なデータを分析した公演統計などを掲載。本書の刊行を機会に関西音楽文化の活動を年鑑としてまとめ、逐次発表していくこととした

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4月1日 付属図書館が卒業生にも館内閲覧を開放
図書館機能を拡大し、関西楽界に活躍する卒業生の音楽研究の場として広く利用してもらうべく、卒業生にも館内閲覧を認めることとなった

昭和47年頃の図書館受付
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4月14日 アレクシス・ワイセンベルク ピアノ特別講義
大学院・大学専攻科生が大阪国際フェスティバルに出演のため来日中の同氏による特別講義を受講。2人の学生が演奏し、その後自由なディスカッションを行った。後日、その時の様子を中心に、ピアノ部会が『演奏家生活の為に──ワイセンベルク氏来学を記念して──』という冊子を発行

学長室にて
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ホールでの講義風景
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6月1日 付属音楽高等学校校長に横井輝男就任
6月1日 付属音楽幼稚園園長に小橋潔就任



6月5、6日 大阪フィルハーモニー交響楽団第100回定期演奏会に出演(フェスティバルホール)
本学合唱団がマーラー《交響曲第8番「千人の交響曲」》の第1混声合唱を担当した。大阪フィルハーモニー交響楽団と本学とは、一時期スタジオ兼講堂を共有するなど非常に密接な関係にあり、何度も共演を重ねてきたが、同団の創立25周年、第100回という記念すべき定期演奏会にも出演を果たした。公演プログラムには同団の創設者であり、当日も総指揮を務めた朝比奈教員が「私の40年の音楽生涯を共に成長して来た大阪音楽大学の若い学生達」と本学学生を称して書き記している。このときのライヴ録音はLPレコードとして全国発売され、のちにCD化もされている

プログラムより
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公演写真
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8月3~9日 演奏旅行(愛媛、徳島県他)
吹奏楽団が初めて演奏旅行を行った。学生41名、教職員6名の計47名が参加。4公演と2回の吹奏楽クリニックを行った

徳島では「大阪音楽大学」の連を組んで、阿波踊りにも参加
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9月6日 「日本オペラ連絡協議会」設立に参加
日本のオペラ公演活動を活発にすることを目的に、音楽大学と全国のアマチュアのオペラ・グループが連携して「日本オペラ連絡協議会」を設立、本学も参加した。創立メンバーは本学の他、東京藝術大学、武蔵野、国立などの各音学大学や大分県民オペラ、横浜カントーレなど約20団体。オペラ上演に必要な情報交換や舞台装置、衣裳、楽譜の保存と共同利用を行い、講習会等も開催





10月8日 宮城道雄十七回忌追善演奏会に出演(フェスティバルホール)
指揮、独唱を松尾昌美、林誠教員が務め、本学有志が宮城道雄《日蓮》を合唱。菊原初子教員も特別出演した




10月16日 第5回吹奏楽演奏会(大阪府立青少年会館文化ホール)

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公演写真
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10月21~24日 大学祭
テーマは「響」

プログラム表紙
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中庭でのバザー
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11月1日 第16回付属音楽高等学校定期演奏会(大阪厚生年金会館中ホール)




11月13日 ダリル・デイトン 作曲・楽理特別講義
「電子コンピューター音楽について」というテーマで開催




11月16日 第15回定期演奏会(フェスティバルホール)

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チャイコフスキー《交響曲第6番「悲愴」》
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11月26日~12月1日 演奏旅行(沖縄県)
この年の5月に日本に返還されたばかりの沖縄へ、本学管弦楽団が演奏旅行を行った。これは水川学長が沖縄の本土復帰を祝って、沖縄出身の3名の在学生に約束したものであった。一行は団長の小橋潔学部長をはじめ教職員5名、学生67名、オーケストラ要員4名の計76名。特別演奏会3回、中学・高校生のための音楽教室を2回開催

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公演写真
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12月1日 第6回合唱演奏会(豊中市民会館)




12月15、16日 第13回オペラ研究公演《魔笛》(大阪府立青少年会館文化ホール)

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1月20日 ベートーヴェン弦楽四重奏団関西初公演(フェスティバルホール)
21日:神戸国際会館 22日:京都会館第一ホール
同団はショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲の大多数を初演。創立50周年を記念しての初来日であった

プログラムより
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2月2日~4月1日 「現代音楽のフォールム」開催(大阪ドイツ文化センター)
入野義朗、石井真木の企画・構成による現代音楽に関する全20回の大規模な講演シリーズ。関西ゆかりの作曲家、辻井英世、松下眞一、大栗裕等も講演に参加

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2323日 第11回冬季オリンピック札幌大会

2月16日 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団関西初公演(フェスティバルホール)


3月3日 エリー・アメリンク関西初公演(フェスティバルホール)
ヘルムート・ヴィンシャーマン指揮ドイツ・バッハゾリステンに特別参加ソリストとして同行

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4月12~28日 第15回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団、東京カルテットが関西初公演。国際的に活躍していた潮田益子の「ヴァイオリン協奏曲の夕」など、海外で活躍する日本人演奏家の出演が特徴的であった。團伊玖磨のオペラ《ひかりごけ》の初演がフェスティバルを締め括った。当オペラの作曲により團は昭和47年度芸術選奨文部大臣賞を受賞

東京カルテット
(プログラムより)
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《ひかりごけ》
(フェスティバル・ニュース’72/4)
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5月9日 グンドゥラ・ヤノヴィッツ関西初公演(大阪厚生年金会館大ホール)

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5月9日 京都フィルハーモニー室内合奏団結成

5月10日 国立モスクワ放送交響楽団(現・チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ)関西初公演(フェスティバルホール)
22日:京都会館第一ホール
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーに率いられての来日。4か月前にモスクワ初演されたばかりのショスタコーヴィチの交響曲第15番を大阪で本邦初演(海外初演)した

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515日 沖縄施政権返還 沖縄県発足


6月3日 ダンスリー・ルネッサンス合奏団第1回演奏会(京都関西日仏学館稲畑ホール)
14日:大阪朝日生命ホール

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6月5、6日 大阪フィルハーモニー交響楽団第100回定期演奏会(フェスティバルホール)
大阪フィルハーモニー交響楽団の創立25周年も兼ねた記念定期演奏会。マーラー《交響曲第8番「千人の交響曲」》を、朝比奈隆の指揮、独唱、合唱、オーケストラを合わせた文字通り1,000人を超える奏者で関西初演。ゲルハルト・ヒュッシュが独唱・合唱の特別指導を行った。またこの公演にはマーラーの権威であったクラウス・プリングスハイムが来席し、終演後のパーティの席上で演奏の労をねぎらう感銘深いスピーチを行ったというエピソードが残されている

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6月6日 地方交響楽団連盟(現・日本オーケストラ連盟)発足
東京以外の7つのオーケストラ(札幌交響楽団、群馬交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団、京都市交響楽団、広島交響楽団、九州交響楽団)により設立


7月26、27日 キエフ・バレエ(現・タラス・シェフチェンコ記念ウクライナ国立バレエ)関西初公演(フェスティバルホール)
8月7~9日:同会場 10日:京都会館第一ホール
ウクライナ国立歌劇場を本拠地とするバレエ団。旧ソ連時代にはボリショイ、マリインスキーと並ぶ三大バレエ団の1つと称された

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7月26日 中国上海舞劇団(=上海バレエ団)関西初公演(神戸国際会館)
30、31日:フェスティバルホール 8月5日:京都会館第一ホール
上海舞踏学校の卒業生を中核としたバレエ団。バレエ「白毛女」等を日本各地で公演し日中国交正常化に大きな貢献を果たした

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929日 日中共同声明調印 国交正常化


11月2日 青少年野外音楽堂(現・中之島水上劇場)完成
青少年に音楽の場をと大阪市が中之島公園に建設。客席数は約700席。ステージ後方にはギリシャ神殿様式の斬新なモニュメントを備えていた

青少年野外音楽堂での大阪市音楽団ランチタイムコンサート
((一社)大阪市音楽団提供『大阪市音楽団60年誌』より)
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11月8日 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団関西初公演(フェスティバルホール)

11月21、22日 関西歌劇団第33回定期公演 ヴェルディ《イル・トロヴァトーレ》(大阪厚生年金会館大ホール)
朝比奈隆指揮・訳詞 三谷礼二演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部 大阪メンズコーラス
演出家の三谷を東京より招いての公演で、邦人による関西初演であった。当公演により昭和47年度大阪文化祭賞を受賞

チラシ
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関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より
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12月6日 J.S.バッハ《マタイ受難曲》 邦人による関西初演(毎日ホール)
前年12月5日に死去したフェルディナント・グロスマンの追悼特別演奏会で、グロスマンに師事した林達次の指揮、バッハ特別演奏会オーケストラ、同志社学生混声合唱団によって行われた。当公演により林達次は昭和47年度大阪府民劇場賞を受賞、同合唱団は第11回音楽クリティック・クラブ賞特別賞を受賞した

1973年
(昭和48年)

2月25日 『関西音楽文化資料1973』『関西学生音楽活動総覧』刊行
『関西音楽文化資料』には明治・大正期からの洋楽の音楽図書、楽譜出版年表、昭和47年洋楽文化活動資料年表、音楽関係団体総覧を掲載。『関西学生音楽活動総覧』は関西の音楽界発展の原動力となる、学生の音楽活動の実態を調査し発表したもの

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3月 謝恩会(会場不明)

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3月30日 「大音味原会」結成
大阪音楽学校の同窓生が共に学んだ味原町時代を懐かしみ、相互の親睦と、幸楽会の発展に尽力することを目的に結成、第1回会合を開催した。恩師である水川清一、朝比奈隆、粕谷咲子、小橋潔、永井八重子、長井斉、永井静子、水野康孝、山田康子の諸先生を招き、記念品を贈呈。全国から110名の会員が集まった






4月1日 学長選挙 水川清一を再選



4月18日 グレーテ・ベーマイヤー 作曲・楽理特別講義
現代音楽入門の公開講座を開催




5月14日 ヘルマン・ロイター 声楽特別講義
ドイツ歌曲およびオラトリオの歌唱、伴奏についての公開レッスンを開催




6月20日 作曲発表会No.20

プログラム表紙
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クラブ活動

美術部
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つりクラブ
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10月29日 第6回吹奏楽演奏会(大阪府立青少年会館文化ホール)

チラシ
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A.オッディノ《ピアノ・管楽器と打楽器のための協奏曲》
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11月9~12日 大学祭
「律」をテーマに9日の前夜祭に続き、10、11日は文化祭公演と球技大会、展示・バザーが催され、12日は「風変わりな体育祭」と題した体育祭のあと、後夜祭でビアパーティーと阿波踊りが行われた

オペラ部《ドン・ジョヴァンニ》
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バザーでの占い
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テニス部の中国舞踊
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声楽教員による男声合唱《組曲 おかあさんのばか》
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体育祭 学年別の入場行進
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風変わりな騎馬戦
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棒たおし
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11月20日 ライナー・ホフマン ピアノ特別講義
ピアノアンサンブルの公開レッスンを開催

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11月21日 第16回定期演奏会(フェスティバルホール)

ポスター
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モーツァルト《3台のピアノのための協奏曲ロドロン」》
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11月24日 ハインツ・シュレーター ピアノ特別講義

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11月26~29日 演奏旅行(富山、金沢、福井、彦根市)
74名の管弦楽団、4名の教員による一行。幸楽会各県支部主催の演奏会、および中学生のための音楽教室を含め、8ヵ所で公演を行った






12月8日 第7回合唱演奏会(豊中市民会館)

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12月19、20日 第14回オペラ研究公演《コジ・ファン・トゥッテ》(大阪府立青少年会館文化ホール)

初日は大学院生のみ、2日目は大学4年生、大学専攻科生、大学院生が出演。学外でのオペラ公演は今回が最後となる

チラシ
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公演写真
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1月24、25日 ベルリン放送交響楽団(現・ベルリン・ドイツ交響楽団)関西初公演(フェスティバルホール)
首席指揮者であったロリン・マゼールに率いられての初来日

チラシ
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1月29日 オトマール・スウィトナー関西初公演(フェスティバルホール)
30日:大阪厚生年金会館大ホール
NHK交響楽団を指揮しての関西初登場。スウィトナーは一昨年に初来日し、同団の東京公演に客演していた


3月9日 イタリア弦楽四重奏団関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)

3月10日 フランス・ブリュッヘン関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)
11日:御堂会館5階小ホール
小林道夫のチェンバロ伴奏によるリコーダー・リサイタルを開催。11日には公開講座を行った。前年に国内発売されたブリュッヘンのLPレコード「涙のパヴァーヌ」がベスト・セラーを記録するなど、当時はリコーダー・ブームを迎えていた

リサイタルチラシ
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公開講座プログラム表紙
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3月12日 プロ・オーケストラと中・高生吹奏楽による全国初の合同演奏会「青少年のためのコンサート」(京都会館第一ホール)
京都市交響楽団と京都府吹奏楽連盟加入の中・高校生の総勢200名による合同公演。プロ・オケと中・高生吹奏楽による同様のコンサートは前例のないものであった。ショスタコーヴィチ《祝典序曲》等を演奏

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((公財)京都市音楽芸術文化振興財団提供
『京都市交響楽団30年史』より)


3月26日 クラウディオ・アバド関西初公演(フェスティバルホール)
4月4日:同会場
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を率いての初来日。ウェーベルン《管弦楽のための5つの小品》、ベートーヴェン《交響曲第3番「英雄」》などを指揮



4月10日~28日 第16回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
ウィリアム・スタインバーグ指揮ピッツバーグ交響楽団、アンドリュー・デイヴィス(Cond)、モーリス・アンドレ(Tp)等が初来日。イギリス室内管弦楽団を弾き振りしたダニエル・バレンボイムの公演も話題となった。フェスティバルの掉尾を飾ったのは、フラワー・アート、ロック、ミュージック・コンクレート、オペラ、バレエを融合させ、公害告発という社会的なテーマに挑んだフラワー・バレエ《花のいのち》(大栗裕作曲)の初演。当時の関西音楽界が追及した極めて斬新な舞台芸術であった

モーリス・アンドレ

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フラワー・バレエ《花のいのち》

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((公財)朝日新聞文化財団提供)

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4月13、14日 創作オペラの会「葦」第1回公演(ルナ・ホール)
関西歌劇団、二期会関西支部、大阪音楽大学作曲科教授・講師等の約20名により、日本の創作オペラを専門に上演する関西発の組織として発足。創設者は本学教員であった足立勝。第1回公演では田島亘《芦刈りの巻》、近藤圭《色好み平中の巻》の2つのオペラを上演した

プログラム表紙
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練習風景(プログラムより)
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5月20日 マリア・カラス初来日 ゼミナールコンサート開催(フェスティバルホール)
長崎で行われた第3回マダム・バタフライ世界コンクールの閉会式(同月18日)に初来日のカラスが特別ゲストとして参加。20日に大阪のみで同コンクールの記念演奏会(マリア・カラスとジュゼッペ・ディ・ステファーノによるゼミナールコンサート)が行われ、カラスはコンクール上位入賞者の指導を行った。カラスは1965年の7月にロイヤル・オペラ・ハウスで歌ったプッチーニの《トスカ》を最後に公式の舞台に立っておらず、当公演には全国から大きな注目が集まった

チラシ
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受賞者の指導を行うカラス
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(昭和48年6月1日 関西音楽新聞)


5月21日 エフゲニー・ムラヴィンスキー関西初公演(京都会館第一ホール)
23日、6月7日:フェスティバルホール
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団(現・サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団)を率いての初来日。過去2度訪日が予定されていたが病気等により実現していなかった

チラシ
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9月16日 神戸文化ホール開館

9月26日 大阪市音楽団創立50周年記念演奏会(大阪市立体育館)
辻井市太郎と永野慶作の指揮、客演指揮に朝比奈隆が立った。当演奏会には5,000名が無料招待され、同団創立50周年記念委嘱作品として大栗裕の《吹奏楽のための神話》が永野慶作の指揮で初演された

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(一社)大阪市音楽団提供『大阪市音楽団60年誌』より
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10月16日 第1次オイルショック発生

10月26、27、29日 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団関西初公演(フェスティバルホール)
大阪国際フェスティバル秋の特別公演。クルト・ザンデルリンク、ジークフリート・クルツ、ヘルベルト・ブロムシュテット(ヤン・クレンツの代役)に率いられての初来日(クルツ、ブロムシュテットも初来日)。同年の日本と東ドイツの国交回復を記念しての公演でもあった


11月14、15日 関西歌劇団第35回定期演奏会 ヴェルディ《運命の力》関西初演(大阪厚生年金会館大ホール)
朝比奈隆指揮・訳詞 三谷礼二演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部 大阪市大グリークラブ 大阪メンズコーラス
文化庁助成に加え大阪府から初の助成を受けての「オペラハウス・オオサカ」と銘打った公演であった。朝比奈は当公演、および同月のマーラー《交響曲第9番》の指揮(大阪フィルハーモニー交響楽団第112回定期演奏会)により昭和48年度大阪府民劇場賞を受賞

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関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より
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11月29日 ロドリーゴ・フェスティバル《大阪公演》(大阪厚生年金会館大ホール)
作曲家ホキアン・ロドリーゴが初来日し、講演とピアノの自作自演を行った。クリストファー・パークニングが名作《アランフェス協奏曲》等を演奏

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12月20、21日 大阪フィル「第9」合唱団(現・大阪フィルハーモニー合唱団)初公演(フェスティバルホール)
25日:神戸文化大ホール 26日:京都会館第一ホール 29日:フェスティバルホール
年末恒例となり需要が増したベートーヴェンの《第9》演奏のため、当時各地で《第9》専門の合唱団を常設する機運が高まっていた。このような中、大阪フィルハーモニー交響楽団が全国初の専属アマチュア合唱団を結成。ハンス・ワルター・ケンペルの指揮でデビューした。
29日には朝比奈隆の指揮で演奏。同団は翌年に一旦解散したが、改めて有志を募り、発展的に解散したアサヒ・コーラスなどと共に「大阪フィルハーモニー合唱団」の名で新結成された

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大阪フィル「第9」合唱団の合同練習
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((公財)大阪フィルハーモニー協会提供『大阪フィルハーモニー合唱団創立十周年記念誌』より)
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12月27日 大阪市音楽団 昭和48年度大阪文化祭賞受賞
森正指揮、第27回定期演奏会(11月26日フェスティバルホール)の成果による

1974年
(昭和49年)

1月23日 大学入学定員変更認可(100名→150名)

昭和50年度学生・生徒募集ポスター
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2月25日 水川清一学長、紺綬褒章を受章
水川学長が、永年にわたる身体障がい者への寄与と社会福祉事業に貢献したとして、内閣総理大臣より紺綬褒章を授与された

 

 

 

 

3月30日 現在のH号館完成
鉄筋コンクリート3階建てで、F号館にあった教員研究室と楽器博物館を収容するため新築。1階は駐車場、2階に楽器博物館および音楽文化研究所、3階は専任教員の研究室24室を配置した

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H号館完成後の航空写真
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4月1日 短期大学専攻科器楽専攻に箏開設

 

 

4月1日 大阪音楽大学親睦会設立
会員相互の親睦を目的に、本学在職の教職員全員で組織された

 

 

4月25日 『関西音楽文化資料1974』刊行

音楽文化研究所調査編集。統計資料にみる洋楽公演活動の実態、関西出版邦楽書目録、音楽関係団体総覧を掲載

 

 

4月18日 ロマン・オルトナー 声楽特別講義

 

 

 

 

5月17日 マックス・マルティン・シュタイン ピアノ特別講義
デュッセルドルフ音楽大学教授の同氏による公開レッスンを開催

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5月24日 フランシス・マクベス/ウィリアム・カヴァー 吹奏楽特別講義

翌25日からの吹奏楽指導者クリニックに出演の講師2名による特別講義を開催

 

 

 

5月25、26日 第1回大阪─吹奏楽指導者クリニックに出演(合歓の郷ミュージックキャンプ・ミュージックホール)

本学吹奏楽団がリハーサル・テクニックのモデルバンドとして演奏、またネム・フェスティバル・コンサート、楽譜紹介コンサートに出演

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10月29日 第7回吹奏楽演奏会(豊中市民会館)

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アルト・サクソフォーンのための小協奏曲
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10月30日 第18回付属音楽高等学校定期演奏会(大阪厚生年金会館中ホール)

 

 

 

 

11月7~10日 大学祭

 

 

11月21日 第17回定期演奏会(フェスティバルホール)

本学の定期演奏会で《第九》を取り上げるのは3回目になるが、教員ではなく初めて大学院の学生たちがソリストを務めた

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11月25日 メチルデ・ハッセ ピアノ特別講義

 

 

 

11月26~29日 演奏旅行(岡山、香川県)

引率教員3名、74名の本学管弦楽団による演奏旅行。4ヵ所で3公演、高校生および小学生向けの音楽教室を3回行った

 

 

 

11月28日、1月9日 大学専攻科オペラ試演会

昭和49年度から、より多くの声楽専攻生にオペラ出演の機会を与えるため、学外でのオペラ公演に代えて、学内ホールで大学、大学専攻科、大学院別に試演会を行うこととなった。オーケストラの負担軽減、オイルショックによる経費節減も考慮してのことであった。オーケストラ・パートはピアノを中心とする小編成のアンサンブルが担当。大学専攻科は2日間の公演で、《アイーダ》《椿姫》《蝶々夫人》(抜粋)に13名が出演

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12月7日 第8回合唱演奏会(豊中市民会館)

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12月16日 大学4年生声楽専攻 オペラ試演会

《フィガロの結婚》《蝶々夫人》(抜粋)に合唱15名を含む43名が出演

 

 

 

12月20日 大学院修士演奏会(歌劇専攻)

《オルフェオとエウリディーチェ》《売られた花嫁》《椿姫》《ドン・カルロ》(抜粋)に10名が出演

2月5日 大栗裕《赤い陣羽織》LPレコード発売
朝比奈隆指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団、関西歌劇団の歌手陣により前年の9月23、24日に大阪郵便貯金ホールで収録。東芝EMIよりLPレコード(TA-9330)として発売された。2002年にCD化
 

《赤い陣羽織》LPレコードとCD
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3月12、13日 二期会関西支部結成10周年記念公演 フロトー《マルタ》(毎日ホール)
佐藤功太郎指揮 栗山昌良演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 二期会関西支部合唱団
同支部による第4回目のオペラ公演であった

(公財)関西二期会提供『関西二期会創立30年誌』より
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4月5日~24日 第17回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
アンナ・モッフォ(Sop)、ストラスブール・パーカッション・グループ、ヘルムート・リリング指揮シュトゥットガルト・バッハ合唱団・管弦楽団等が初来日。特に当時メトロポリタン歌劇場の花形であったモッフォの2公演(オペラ・コンサートとリサイタル)は大いに話題となった

アンナ・モッフォ

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シュトゥットガルト・バッハ合唱団・管弦楽団

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(第20回記念プログラムより)


4月22日 マウリツィオ・ポリーニ関西初公演(毎日ホール)
1960年の第6回ショパン国際ピアノコンクールに18歳で優勝。
数年間表立った演奏活動を休止した後、1968年に楽壇に復帰。これが待望の初来日公演となった

チラシ
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5月23、24日 関西歌劇団創立25周年公演 プッチーニ《お蝶夫人》(大阪厚生年金会館大ホール)
朝比奈隆指揮・訳詞 三谷礼二演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部 大阪メンズコーラス
プッチーニ没後50年を記念する公演であった。音楽評論家の吉田秀和が三谷の独創的な演出を絶賛

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関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より
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9月5~9日 第2回アジア作曲家会議開催(京都会館)
前年、アジア諸国の音楽家の連携を目的に香港で開催されたアジア作曲家会議の第2回が京都で行われた。会長は朝比奈隆、委員長を入野義朗が務め、アジア各国から作曲家が参加した。講演会や邦楽、室内楽、管弦楽作品のコンサートが開催され、松下眞一や、当時西ドイツに帰化していたユン・イサンらの作品が演奏された。大阪テレマン・アンサンブルや山田一雄指揮の京都市交響楽団等が演奏に参加

チラシ
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9月11日 イツァーク・パールマン関西初公演(フェスティバルホール)
27日:大阪厚生年金会館大ホール
11日は大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に出演し、朝比奈隆の指揮でベートーヴェン《ヴァイオリン協奏曲》を披露。27日は尾高忠明指揮の同団とメンデルスゾーンおよびチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏した

大阪フィルハーモニー交響楽団第118回定期演奏会
(昭和49年10月1日 関西音楽新聞)
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10月1、3、4、6日 ミュンヘン・オペラ(=バイエルン国立歌劇場)関西初公演(フェスティバルホール)
民音創立10周年を記念しての招聘。指揮にヴォルフガング・サヴァリッシュ、フェルディナント・ライトナー、カルロス・クライバー(初来日)を擁しての大規模な引越し公演。《フィガロの結婚》《ヴァルキューレ》《ばらの騎士》を上演した。ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、ギネス・ジョーンズ、ジェームズ・キング等、ファン唾涎の歌手陣であった。同会場にて同月2、7日には特別演奏会、10日にはフィッシャー=ディースカウとサヴァリッシュのピアノ伴奏によるリーダー・アーベントが開催された

オペラと特別演奏会プログラム
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10月8、9日 二期会関西支部結成10周年記念公演 プッチーニ《ラ・ボエーム》(大阪厚生年金会館大ホール)
11日:京都会館第一ホール
山田一雄指揮 鈴木敬介演出 京都市交響楽団 二期会関西支部合唱団
3月に次ぐ同会の結成10周年記念公演。当公演により昭和49年度大阪文化祭賞を受賞した

(公財)関西二期会提供『関西二期会創立30年誌』より
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10月23日 ウィーン弦楽四重奏団関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)
28日:神戸国際会館大ホール


11月2日 マリア・カラス ジュゼッペ・ディ・ステファーノ ジョイントリサイタル(フェスティバルホール)
カラスは10月12日の東京を皮切りに、福岡、大阪等で待望の歌声を披露した。ディ・ステファーノとの当ジョイントリサイタルはハンブルクで開始されたワールド・ツアーの一環であり、11月11日の札幌公演がカラスにとって公式のラスト・ステージとなった

プログラム表紙
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11月3、4日 服部良一《おおさかカンタータ》初演(フェスティバルホール)
万博後の大阪を国際都市としてより広く内外に発信するため、大阪府の官民支援のもと、喜志邦三と阪田寛夫が作詩、服部良一が作曲を行った。朝比奈隆指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団・同合唱団等が初演

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11月10日 大阪勤労者音楽協議会(大阪労音)が大阪新音楽協会(大阪新音)と改称

11月10日~12月3日 ベルリン音楽祭関西公演(フェスティバルホール、厚生年金会館中ホール)
ドイツ民主共和国(東ドイツ)建国25周年記念として東京・大阪・名古屋で大規模なベルリン音楽祭が開催された。ベルリン交響楽団(現・ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)、ベルリン室内管弦楽団、ペーター・シュライアー等が初来日。大阪では11公演がもたれた。29、30日は特別演奏会としてクルト・ザンデルリンクが《第9》を指揮

チラシより
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11月20、21日 関西歌劇団創立25周年記念公演 大栗裕《ポセイドン仮面祭》初演(大阪厚生年金会館大ホール)
辻邦生原作 朝比奈隆指揮 菅沼潤脚本・演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部 
大栗裕は生涯に7作の創作オペラを残したが当作はその最後のもの。様々なオペラからの引用を含むパロディー的な要素を持つ作品となった

初演キャスト・スタッフ(プログラムより)
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関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より
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1975年
(昭和50年)

3月25日 『関西音楽文化資料1975』刊行

音楽文化研究所年刊。本書では従来の関西のみならず、中国・四国・九州地方のデータも加え、西日本の音楽普及度を府県別に比較するという、全国でも珍しい統計資料を発表

 

 

4月5日 FM大阪「カレッジ・オブ・ミュージック・コンサート」放送再開

昭和48年3月で中断していた同番組が再開。毎週土曜日午前7時~7時55分までの放送

 

4月15日 クラウス・ヘルビッヒ ピアノ特別講義

 

4月21日 シュヴァルティング夫妻 ピアノ特別講義・コンサート

クラウス・ヘルビッヒ ピアノ特別講義
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シュヴァルティング夫妻 ピアノコンサート
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4月28日 ロマン・オルトナー 声楽特別講義

 

5月30日 ギィ・ドゥプリュ クラリネット特別講義

 

9月 「山の学舎」増築届提出
創立60周年記念の中心事業として箕面市下止々呂美の山林にセミナーハウス風の校舎建設を計画。費用の一部を求めて学校債を発行、9月末の締め切りには目標額を上回る資金を得ることができ、建設計画を進めることとなった

「山の学舎」完成予想図
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10月6日 リヒター/メチルデ・ハッセ ピアノ特別講義

 

 

10月15日 『大阪音楽界の思い出』刊行
創立60周年記念出版として、創立者永井幸次の遺稿『来し方八十年』よりの抜粋、および学内外の大阪の音楽関係者33名からの寄稿をまとめた随筆集を発行。本学の歴史とともに大阪の音楽史を伝える内容になっており、創立60周年祝賀会の参会者に贈った

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10月15日 創立60周年記念祝賀会(太閤園)
大学・幸楽会共催による祝賀会が盛大に催され、来賓、大学・高校教職員、幸楽会員ほか本学関係者、保護者ならびに各界有識者など約500名が参集。朝比奈隆ら永年勤続者22名に表彰状、水川学長ら功労者5名に感謝状を贈った

祝賀会で挨拶する水川学長
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祝賀パーティー
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10月28日 第8回吹奏楽アンサンブル演奏会(豊中市民会館)

管アンサンブルはこれまでもプログラムにあったが、アンサンブルを重視するという意味から、第8回、第9回タイトルに“アンサンブル”が加えられた

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10月30日 第19回付属音楽高等学校定期演奏会(毎日ホール)

創立60周年を祝い、教員の橋口武仁が作詞、水谷一郎が作曲を担当して新たな合唱曲を創作。第二部で谷川勝巳教員指揮、23名の合奏、97名の女声合唱、横井輝男校長のバリトン独唱により演奏した。《わたげ》と名づけられたその曲は、音楽を志して集った生徒たちを綿毛になぞらえ、校史を重ねた四季を経て、やがて逞しく大空を舞う様を表している

シンセサイザー使用の《わたげ》
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レコード化もされた
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10月31日~11月3日 大学祭

この年のテーマは「夢」。フォークダンスなどを含む前夜祭に始まり、1日は体育祭、2日からは様々な公演が行われ、オペラ部はメノッティ《電話》を上演、後夜祭のファイヤーストームで閉幕した

 

 

11月5日 ロバート・ノーブル(Hr)/ジョン・ウォーリス(Tp)/エリック・クリース(Tb)金管楽器特別講義

 

11月11日 豊中市民に贈る特別演奏会(豊中市民会館)

創立60周年記念行事の一つとして、豊中市ならびに豊中市教育委員会の協賛で開催。宮本政雄教員指揮、本学管弦楽団、林誠教員が出演して、チャイコフスキー《交響曲第5番》やオペラアリアなどを演奏。豊中の地に移転して21年、同市民への感謝を込め、入場無料とした

 

 

11月27日 第18回定期演奏会(フェスティバルホール)

演奏曲はすべて本学教員の作品によるもので、景山伸夫、近藤圭、大栗裕の新作を披露。水川学長自らも短歌を詠み、プログラムの挨拶文には「60周年を記念として、本学の教育目標の『創造』の結実したものであります」と述べている

チラシ
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景山伸夫《3台のピアノによる祝典音楽》
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左から小林峡介、梅本俊和、永井譲教員

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水川清一作歌、近藤圭《日本の心》
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大栗裕《春江花月夜》
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11月30~12月3日 演奏旅行(愛媛県)

創立60周年記念の本学管弦楽団特別演奏会として松山、今治で2公演、中学生のための音楽教室も2回行った

 

 

12月4日 第9回合唱演奏会(豊中市民会館)

管専攻生有志の伴奏によるグノー《聖チェチーリア荘厳ミサ》
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12月20日 『四季楽報』創刊 

創立60周年記念事業を進める中で、教職員間の意思疎通、親睦を図るために学園報発刊の意見が上がり、職員が中心となって初の学園報を創刊。年4回発行、題字は水川学長の筆による

創刊号表紙
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3月28、29日 リッカルド・ムーティ関西初公演(フェスティバルホール)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に同行しての初来日

プログラムより
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4月3日 大津市民会館開館

 

4月7日~28日 第18回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)

外来の団体による公演が皆無であったが、当フェスティバルに5回目の登場となったアレクシス・ワイセンベルク(Pf)、2年振り2度目の出演となったモーリス・アンドレ(Tp)、そして初来日のニコライ・ゲッダ(Ten)とテレサ・ベルガンサ(Mez)、といった外来一流アーティストたちの来演が当回を華やかに彩った

エリック・フリードマン

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ワイセンベルクと共演のN.ゲッタ

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(第20回記念プログラムより)

 

4月21日 デジェー・ラーンキ関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)

5月1日:伊丹市立文化会館 10日:京都会館第一ホール

ゾルタン・コチシュ、アンドラーシュ・シフと共に「ハンガリーの若手三羽烏」と呼ばれた。甘いマスクと瑞々しい演奏で女性の間ではアイドル並みの人気に。4月21日、5月1日はリサイタル、10日は山田一雄指揮京都市交響楽団との共演

大阪公演チラシ
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430日 ベトナム戦争 終結

 

 

5月14日 ショスタコーヴィチ《交響曲第14番「死者の歌」》本邦初演(フェスティバルホール)

東京における「ロシア=ソビエト音楽祭」への参加で来日した、ルドルフ・バルシャイ指揮モスクワ室内管弦楽団による初演。同コンビは1969年に当作品の世界初演を行っていた

チラシ
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5月14日 BBC交響楽団関西初公演(神戸文化ホール)

15、16日:フェスティバルホール 17日:京都会館第一ホール

常任指揮者であったピエール・ブーレーズに率いられての初来日。同じく初来日したサー・チャールズ・グローヴズもタクトをとった




6月12~14日 メトロポリタン歌劇場関西初公演(フェスティバルホール)

同歌劇場史上初の海外引越し公演。指揮者としてリチャード・ボニング等が同行した。《椿姫》《ラ・ボエーム》《カルメン》を上演。ジョン・サザーランド、フランコ・コレッリ、マリリン・ホーン等の歌唱が舞台を彩った

プログラムとチケット
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6月29日 ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団関西初公演(同志社栄光館)

7月1日:フェスティバルホール

ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団に同行しての初来日。第30代トーマスカントルのハンス=ヨアヒム・ロッチュの指揮により、同合唱団縁のJ.S.バッハの作品から6月29日は《ヨハネ受難曲》、7月1日は《マタイ受難曲》を演奏

チラシ
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10月2~27日 大阪フィルハーモニー交響楽団 初の欧州公演

スイス、オーストリア、イタリア、西ドイツ、オランダで全20公演が行われた。指揮は朝比奈隆(17公演)、秋山和慶(3公演)。独奏者として内田光子(Pf)、朝比奈千足(Cl)、ネルソン・フレイレ(Pf)が共演

プログラム表紙
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10月5日 コレギウム・アウレウム関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)

団名はラテン語で「黄金の楽団」の意。古楽器による室内オーケストラの先駆的存在であった。来日メンバーとして有田正広(Fl)が名を連ねた

チラシより
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10月20日 ゾルタン・コチシュ 関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)
1970年のハンガリー放送主催によるベートーヴェン・ピアノコンクールの覇者。近年は指揮者としても活躍

 

 

11月 大阪コレギウム・ムジクム創設
バロック音楽の演奏と研究を目的とする演奏団体として当間修一が設立。大阪を拠点に、オルガン音楽を含めた器楽と合唱の統合された演奏活動を展開

 

 

 

11月2、15日 大阪テレマン協会 テレマン《マタイ受難曲》本邦初演(夙川カトリック教会聖堂)

17日:東京カテドラル聖マリア大聖堂

教会音楽シリーズ第17回公演にて初演。17日は教会音楽シリーズ東京特別公演として行われた

チラシ
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11月4日 チョン・ミョンフン関西初公演(神戸文化ホール)

9日:フェスティバルホール

ロンドン交響楽団のソリストとして同行。ピアニストとしての初来日であった。チャイコフスキーの《ピアノ協奏曲第1番》を演奏

プログラムより
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    西暦    大阪音楽大学の歴史    関西洋楽の歴史
1976年
(昭和51年)

4月1日 大学器楽学科に箏専攻開設


4月1日 学長補佐職を設け、小橋潔(短期大学部)、田中喜一(音楽学部)を任命
任期4年。音楽学部長、短期大学部長職を廃止


4月1日 永井八重子に名誉教授の称号
名誉教授称号授与規則を制定。その第1号の授与となる


4月23日 ジャンカルロ・カルディーニ 特別講義
ルイジ・ケルビーニ音楽院ピアノ科教授で作曲家でもある同氏のピアノリサイタルを開催


4月26、27日 昭和50年度大学院修了生による演奏会(郵便貯金会館ホール)
昭和43年度の大学院開設以来初の企画で、前年度修了生10名による演奏会を開催。4月より本学教員となった4名、韓国からの留学生2名を含んでいた

《カヴァレリア・ルスティカーナ》より
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5月15日 箕面校舎(のち「山の学舎」から改称)起工式

鍬を入れる水川学長
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手前左から田中学長補佐、水川学長
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5月22日 付属音楽高等学校姫路演奏会(姫路市市民会館大ホール)
しらさぎ音楽学院主催。他都市における高校の演奏会は17年ぶりであった

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5月23日 ウィリアム・ブリムローズ ヴィオラ、ヴァイオリン特別講義
世界的ヴィオラ奏者による公開講座を開催



6月1日 『西日本音楽文化資料1976』刊行
音楽文化研究所調査編集により発刊してきた『関西音楽文化資料』を資料収集の対象地域拡大につき、改題して刊行。「西日本音楽関係団体総覧」に加え、「関西に於けるオペラの公演史」を取り上げ、調査報告を行った


6月15日 ヤン・ホラーク ピアノ特別講義
学内特別演奏会として、本学教員となった同氏によるリサイタルを開催



10月27日 第20回付属音楽高等学校定期演奏会(毎日ホール)


10月29~31日 大学祭「今」



11月2日 ヤン・エキエル ピアノ特別講義


11月6日 ペーター・ルーカス・グラーフ フルート特別講義


11月12日 第9回吹奏楽アンサンブル演奏会(豊中市民会館)
管弦楽曲のマーラー《さすらう若人の歌》、ムソルグスキー《展覧会の絵》を吹奏楽用に編曲して演奏した

チラシ
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マーラー《さすらう若人の歌》
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11月19日 第19回定期演奏会(フェスティバルホール)
バッハ《カンタータ第80番》、ドヴォルジャーク《交響曲第8番》に加え、演奏機会の少ないベートーヴェン《合唱幻想曲》をプログラムに取り上げた。独唱は教員と大学院生。オーケストラも教員が学生たちと一緒に参加した。指揮は足立勝、宮本政雄、朝比奈隆の教員3名によりそれぞれ行われた

チラシ
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ベートーヴェン《合唱幻想曲》op.80
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11月26、27日 演奏旅行(岐阜県)
大垣市、可児市への訪問。J.シュトラウス《美しく青きドナウ》やシベリウス《フィンランディア》などに加え、ソリストとして教員の矢野蓉子、田原祥一郎が同行し、名作オペラのアリアと二重唱などを演奏

可児町民センター公演
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左から矢野蓉子、田原祥一郎、宮本政雄教員
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12月11日 第10回合唱演奏会(豊中市民会館)


12月23日 箕面校舎竣工
箕面市下止々呂美の海抜230mの山林を切り拓き、約1万坪の土地に平屋建て鉄骨造りの校舎3棟が完成した

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4月21日 世界バレエ・フェスティバル 初開催(京都会館第一ホール)
23日:神戸文化大ホール 24日:和歌山県民文化会館 28、29日:フェスティバルホール 5月10日:姫路市市民会館
日本各地50都市で開催。アリシア・アロンソ、マーゴ・フォンティーン、マヤ・プリセツカヤ、そして初来日のカルラ・フラッチ、エヴァ・エフドキモワ、アントワネット・シブレーなど欧米で活躍のバレリーナが多数出演。チャイコフスキー記念東京バレエ団が共演した。関西ではガラ・パフォーマンス、《白鳥の湖》、《眠れる森の美女》の3演目が上演された

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5月7~21日 第19回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール) 初来日のアラン・ロンバール指揮ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団の公演で開幕。当回には、ベルリン・フィルの首席奏者からソロに転向したジェームズ・ゴールウェイ(Fl)や、マルタ・アルゲリッチ(Pf)といった著名演奏家が出演。アメリカ独立200周年記念として初来日したモダン・ダンスのアーウィン・ニコライ・ダンス・シアターや、同じく初来日となった作曲家クシシュトフ・ペンデレツキの指揮による大阪フィルとの自作自演など、「現代」を強く反映した斬新な企画が話題を呼んだ

自作を指揮するペンデレツキ

(公財)朝日新聞文化財団提供
チラシ
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6月24、25日 関西歌劇団第40回定期公演 ヴェルディ《ドン・カルロ》(大阪厚生年金会館大ホール)
朝比奈隆指揮・訳詞 三谷礼二演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部 大阪メンズコーラス
邦人による初演。リコルディ出版の5幕版を4幕版に改編しての上演であった

チラシ
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昭和51年7月1日 関西音楽新聞
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10月14日 マレイ・ペライア 関西初公演(毎日ホール)

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10月21日~12月3日 チェコスロヴァキア音楽祭・関西公演(フェスティバルホール、京都府立文化芸術会館、大阪厚生年金会館中ホール、神戸文化ホール)
日本と当時のチェコスロヴァキアの文化交流協定締結記念として東京と大阪で開催。大阪では全8公演が行われ、スメタナ弦楽四重奏団、ヴァーツラフ・ノイマン及びズデニェック・コシュラー指揮のチェコ・フィルハーモニー管弦楽団や、初来日となったプラハ・フィルハーモニー合唱団とスロヴァキア室内合奏団(現・スロヴァキア室内オーケストラ)等が出演した。チェコスロヴァキアで学んだ石川静(Vn)が当音楽祭で帰国デビューし、チェコ・フィルと共演した黒沼ユリ子(Vn)と共に両国の国際交流に寄与した

プログラム
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11月12~14日 京都市交響楽団 初の海外(香港)公演
「1976年アジアミュージックフェスティバル」(香港市政局アジア音楽祭実行委員会主催)の招聘による。佐藤功太郎、小松一彦の両指揮者に率いられての海外遠征で、外山滋(Vn)、北山暁子(Pf)らがソリストとして同行した。チャイコフスキー《ヴァイオリン協奏曲》やブラームス《交響曲第1番》などを演奏


11月17、18日 関西歌劇団第41回定期公演 モーツァルト《魔笛》(大阪厚生年金会館大ホール)
朝比奈隆指揮 三谷礼二演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部
舞台設定を第2次大戦前の大阪に置き換え、反戦思想を訴えた三谷の異色の演出。ザラストロを善、夜の女王を悪の象徴とし、ミリタリー・ファッションや抽象的な装置を用いた今日的な読み替えにも匹敵する上演に、当時の批評は賛否両論に分かれた。ローラー・スケートを履かせた歌い手を登場させ、舞台上でオートバイを走らせるなど、先鋭かつ実験的な公演であった

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関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より


12月4日 関西歌劇団 第1回室内オペラシリーズ開催(大阪市中央公会堂中集会室)
朝比奈千足指揮 松山雅彦演出 戎洋子ピアノ
室内オペラの魅力をオペラ愛好家に伝えようと開始されたシリーズ。第1回公演として、パイジェッロ《カンタータ・コミカ》の本邦初演、及びモーツァルト《劇場支配人》が上演された

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12月8日 古楽アカデミー(現・エンシェント室内管弦楽団)関西初公演(御堂会館3階大ホール) クリストファー・ホグウッドにより1973年に創設。カウンター・テナーのジェームズ・ボーマンとオリジナル楽器奏者の計5名からなる小アンサンブルでの初来日であった

チラシ
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12月19日 大阪テレマン協会 昭和51年度(第31回)文化庁芸術祭優秀賞受賞
「教会音楽シリーズ・東京特別公演」の成果により受賞。同賞の受賞は関西楽壇初であった

1977年
(昭和52年)

2月7日 ペーター・ホルヘルダー ピアノ特別講義



4月18日、6月15日 昭和51年度大学院修了生による演奏会(郵便貯金会館ホール)
4月に声楽専攻、6月に作曲・器楽専攻の前年度大学院修了生による演奏会を開催

作品発表 中澤道子《室内楽の為の組曲“MU-MA”》
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4月21日 関西音楽大学協会第1回研究会
水川学長が会長を務める関西音楽大学協会が従来の新人演奏会に加えて、新たに研究会を企画。その第1回が「ソルフェージュ教育」をテーマに本学で開催された。協会加盟校は本学のほか、相愛女子大、神戸女学院大、武庫川女子大、大阪教育大、大阪芸大、京都芸大、同志社女子大の8大学

研究会報告書
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4月26日 箕面校舎開所式
当年度よりスクールバスを運行させ、授業や集中講義、アンサンブルや合唱の練習などに使用。炊事、宿泊の設備も完備され、クラブ活動の合宿や教職員の研修施設としても活用を開始する

挨拶をする水川学長
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6月1日 付属幼稚園園長に中井能子就任
大学・短期大学の第三次定員増をめざし、要件整備のために付属音楽高等学校を幼稚園敷地へ移転する案が浮上。一旦園児募集を打ち切るものの、同園敷地が高校設置基準に満たないことが判明し、一転、幼稚園存続に方針転換を行う。新園長を任じ、園児募集を再開、次年度より再スタートを切る


6月16日 フェリックス・アーヨ ヴァイオリン特別講義


6月18日 ショルム 声楽特別講義


6月30日 ダニエル・デファイエ サクソフォーン特別講義


10月7日 クラウス・シルデ ピアノ特別講義

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10月26日 第10回吹奏楽演奏会(豊中市民会館)
第10回を記念して、その意味をこめたシュミット《祝祭協奏曲》を演奏。合唱が初参加し、演奏機会の少ないベルリオーズ《葬送とがいせんの交響曲》op.15(《葬送と勝利の大交響曲》)を取り上げるなど、意欲的なプログラムであった

チラシ
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ベルリオーズ《葬送とがいせんの交響曲》op.15
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10月31日 第21回付属音楽高等学校定期演奏会(毎日ホール)



11月1~4日 大学祭「歩」


11月14日 第20回定期演奏会(フェスティバルホール)
定期演奏会も四年制大学開学の昭和33年開催を第1回とし、20回を数えることとなった。前年、音楽学部に箏専攻が開設されて学生が4年生までそろったことから、箏の合奏をプログラムに入れた。当回の委嘱作として、水川清一考案、吉井勇、与謝野晶子の詩による鈴木英明《交響詩「寂光院」》を演奏。本学定演では初となる外国人指揮者、デイヴィッド・ハウエル氏(のち本学教員)を招聘した

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光崎検校《五段砧》
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鈴木英明《交響詩「寂光院」》
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11月15日 『西日本音楽文化資料1977』刊行
当年5月、音楽文化研究所所長が水川学長から田中喜一へ引き継がれた。「公演曲目選択傾向統計」を発表


11月16日 ローレ・フィッシャー=ネル 声楽特別講義

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11月18~22日 演奏旅行(岡山県)
久世町、新見市、総社市、倉敷市の4地区における本学管弦楽団の音楽教室、演奏会計7公演。ピアノの伊藤勝、富岡潤子、ファゴットの日名弘見がソリストを務めた



12月1日 マルコ・レンツィ ヴァイオリン特別講義

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12月7日 第11回合唱演奏会(豊中市民会館)

1月18~20日 ベルリン国立歌劇場 関西初公演(フェスティバルホール)
音楽監督オトマール・スウィトナーに率いられての初来日。総勢150名の引越し公演であった(同バレエ団は単独で1974年に初来日)。モーツァルトの《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》《コジ・ファン・トゥッテ》を上演。21日には同歌劇場管弦楽団のコンサートを開催(同会場)

パンフレット表紙
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3月16日 アンドラーシュ・シフ 関西初公演(京都府立文化芸術会館)
29日:大阪厚生年金会館中ホール

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3月30、31日 モスクワ・オペラ(現・スタニスラフスキー&ネミロヴィチ=ダンチェンコ記念国立モスクワ音楽劇場オペラ)関西初公演(フェスティバルホール)
4月4、5日:大阪厚生年金会館大ホール
第1回ソビエト・プラズニク(ソ連祭)への参加のため音楽総監督ドミトリー・キタエンコに率いられて初来日。総勢180余名の引越し公演であった(同バレエ団は単独で1973年に初来日)。ロシアの演出家コンスタンチン・スタニスラフスキーのリアリズムを追求した演技理論(スタニスラフスキー・システム)に基づく実験的な劇場として知られ、チャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》の上演、そして同《イオランタ》、ラフマニノフ《アレコ》、スッペ《ドンナ・ファニータ》の3作品の本邦初演を行った

パンフレット表紙
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4月11日 タチアナ・ニコライエーワ 関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)

チラシ
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4月26日  大阪フィルハーモニー交響楽団 ベートーヴェン没後150年記念チクルス開始(フェスティバルホール)
5月12日、9月28日、11月29日、12月29日:同会場
朝比奈隆指揮による交響曲全曲演奏を主軸とした全5回のチクルス。同団創立30周年記念を兼ねての開催であった



6月14日 ギドン・クレーメル 関西初公演(毎日ホール)

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6月18、20日 シカゴ交響楽団 関西初公演(フェスティバルホール)
1969年に第8代音楽監督に就任したサー・ゲオルグ・ショルティに率いられての初来日

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11月6~12日 第20回記念大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
当記念回にヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を招聘。カラヤンのスケジュールに合わせ異例の11月開催となった。同管弦楽団は6日から連続5夜のコンサートを開催し、その内の4夜はブラームス・チクルスとして交響曲全曲と協奏曲を演奏。協奏曲ではアレクシス・ワイセンベルク(Pf)、塩川悠子(Vn)等と共演した。ユニークな編成のベルリン・フィルハーモニー・チェロ12重奏団のコンサート、ワイセンベルクのリサイタルも開催。カラヤン指揮ベルリン・フィルは大阪公演の後、東京の普門館でベートーヴェン・チクルスを行っている。この両都市のチケット予約のため全国から電話が殺到し回線がパンクしたというが、それほど聴衆からの人気は絶大なものがあった

カラヤンとワイセンベルクの共演

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ベルリン・フィル・チェロ12重奏

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(公財)朝日新聞文化財団提供


11月8、9日 二期会関西支部第9回オペラ公演 ヤナーチェク《利口な女狐の物語》本邦初演(大阪厚生年金会館大ホール)
佐藤功太郎指揮 栗山昌良演出 京都市交響楽団 二期会関西支部合唱団
当公演により昭和52年度大阪文化祭賞受賞

チラシ
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公演写真
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関西二期会提供


11月11日 グスタフ・レオンハルト 関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)
来日3度目であったリコーダー奏者ハンス・マルティン・リンデと共演し、チェンバロを演奏

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11月22日 「大阪の秋」国際現代音楽祭 最終回(大阪厚生年金会館中ホール)
1962年より開催の当音楽祭が第15回をもって終結。これまで取り上げられた現代作曲家の総数は100名を超え、関西楽壇に大きな足跡を残した。当回では、手塚幸紀と朝比奈隆が指揮する大阪フィル、及び栗山智子(Vn)、田原冨子(Pf)らにより、松下眞一《ヴァイオリンとオーケストラのための「田園詩」》、藤井園子《ピアノ協奏曲Ⅱ》、辻井英世《ファンタスマ》など、主に関西の現代作曲家の作品が演奏された。本企画と演奏の成果により当音楽祭委員会は昭和52年度大阪文化祭賞金賞を受賞

昭和53年1月1日 関西音楽新聞
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1978年
(昭和53年)

2月22日 《仏陀》演奏会に出演(大阪厚生年金会館大ホール)
松下眞一《仏陀》舞台初演に本学学生有志の合唱団が出演。テノール独唱に林誠、ナレーターに茂山千之丞と本学教員も参加



3月15日 本学三財団発足を発表
卒業式において、水川学長から大阪音楽大学社会福祉事業団・同音楽文化振興財団・同奨学事業財団の発足が正式に発表された



4月1日 大学、新カリキュラム実施
専門特殊研究コース新設


4月1日 大学専攻科器楽専攻に箏を導入


4月1日 朝比奈隆に名誉教授の称号
長年にわたり本学教員として、また大阪フィルハーモニー交響楽団指揮者としての数々の共演を通じ、学生を指導してきた同教員が前年度末をもって定年退職した。本学2人目の名誉教授の称号授与となった


現行のチャイム使用開始


5月13日 付属音楽高等学校・石山高等学校音楽科交歓演奏会(滋賀県立石山高等学校)
音楽高校同士の交流を目的に、横井輝男校長以下、3年生と指揮・引率教員の計62名が石山高校を訪れ、同校との演奏会を行った。終演後は生徒たちの語り合いの時間も持たれ、校歌合唱のエールを交わした

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5月14、15日 第1回五月祭「我」開催
新入生の歓迎、クラブ同好会の紹介、教職員と学生相互の親睦などを目的に、本学初の試みとして、学生自治会主催による五月祭(テーマ「我」)が開催された。教職員百数十名も参加、新入生懇親会という企画には90余名の教員が出席し、25教室で熱心な話し合いがもたれた。秋の大学祭とともに、学生自治会の大きな催しとなった

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5月30日 付属音楽高等学校閉校を決定
文部省の国庫補助金配分の見直しにより、大学・短期大学の入学定員増加が必要となり、その必要条件である校地基準を満たすため、高校の閉鎖という苦渋の決断を行った。6月14日、大阪府に生徒募集の停止届けを提出、3年後に閉校することとなる



6月30日 フランコ・グッリ(Vn)/エンリカ・カヴァッロ(Pf)室内楽特別講義

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7月20日 女声コーラス「せせらぎ」「アルス・ノーヴァ」結成
大学の施設を開放し、音楽を通じて地域の文化振興に寄与しようと、女声コーラスを募集、指導することとなった。これは当年度より始動した音楽文化振興財団の助成事業の一つであった。18歳から67歳まで、184名の応募があり、豊中市内と市外の2グループに分けて練習を開始。指導には本学教員の谷川勝巳、八木宣好があたり、受講料は無料とした

募集チラシ
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土曜日・八木宣好クラスの「アルス・ノーヴァ」
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10月12日 第1回邦楽演奏会(郵便貯金会館ホール)
大学専攻科に箏を導入し、大学・短大ともに専攻科まで邦楽部門がそろったことを記念し、邦楽演奏会を開催することとなった。当演奏会のために作曲された山口福男教員の《─触─邦楽器と弦楽五重奏のために》の初演や、大栗裕・須山知行編曲の宮城道雄《春の海》における和洋音楽の融合は、「諸般の芸術は之の学校によって統一され新音楽・新歌劇の発生地たらん」とする創立者永井幸次の建学の精神をまさに具現化するものであった。現在も本学の主要演奏会の一つとして継続開催している

チラシ
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八橋検校《六段の調》
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宮城道雄《春の海》(箏と管弦楽)
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10月28日 庄内第二校地、第三校地を取得
大学・短期大学の入学定員増の申請に伴い、必要条件であった中心校地の拡張のため、豊中市名神口1丁目の鉄筋5階建ての建物付き土地を買収、さらに不足分として野田グラウンドに近接する3,003㎡の土地を長期借用することとなった。庄内第二校地、第三校地である。第二校地の建物は内部改修工事を行い、各種教育・研究施設として活用(現・K号館)、第三校地は運動場の新設を計画した

改修前の現・K号館
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 建物は元ボーリング場であった
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10月30日 第22回付属音楽高等学校定期演奏会(毎日ホール)



11月2~5日 大学祭「見るまえに翔べ」
一般公募により7月に結成されたばかりの女声コーラス「せせらぎ」「アルス・ノーヴァ」の演奏や、在校中に作曲した《あなた》がミリオンセラーとなった、付属音楽高等学校卒業生、小坂明子の友情出演などがあった

小坂明子のライブ演奏
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11月21日 第21回定期演奏会(フェスティバルホール)
4年ぶりのベートーヴェン《交響曲第9番》と、田島亘教員の新作《ピアノとオーケストラによる前奏曲》の初演というプログラム。定期演奏会をより全学的な催しとするため、コーラスに声楽専攻以外の学生も初めて公募で募り、350名におよぶ合唱団と90名のオーケストラで演奏した

チラシ
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 田島亘《ピアノとオーケストラによる前奏曲》
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11月22日 ロベルト・ギュンター 特別講義
ケルン大学教授である同氏の特別講義を開催

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11月24~27日 演奏旅行(鳥取、島根県)
指揮者の宮本政雄教員ほか管弦楽団81名の一行が松江市、鳥取県若桜町、安来市で演奏を行った。ソリストとしての特別出演など、各地において卒業生の協力があった。安来市では本学管弦楽団の演奏会が初のオーケストラ公演となった



12月13日 第12回合唱演奏会(豊中市民会館)


12月14、15日 ロマン・オルトナー 声楽特別講義

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12月19日 第11回吹奏楽演奏会(西宮市民会館)
当年より、広く大阪府下、兵庫県下の吹奏楽が盛んな地域で演奏し、地元の吹奏楽関係者とも連携を図って、各地域の吹奏楽運動の発展に貢献しようということになった。初回は西宮地区を選んで開催。西宮は全日本吹奏楽コンクールで全国優勝を重ねる名門校、市立今津中学校などを有し、すでに独自の吹奏楽連盟も組織していた。アンコールでは本学卒業生で、今津中学校を指導してきた得津武史教諭の飛び入り指揮による《星条旗よ永遠なれ》が演奏されるなど、盛会であった

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 得津武史教諭指揮による《星条旗よ永遠なれ》
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12月1日 『西日本音楽文化資料1978』刊行
音楽文化研究所の調査編集により「関西に於けるベートーヴェンの公演史」を発表


12月25日 大学入学定員変更(150名→225名)
12月25日 短期大学第一部入学定員変更(200名→300名)

2月22日 松下眞一《カンタータ「仏陀」》第3巻 舞台初演(大阪厚生年金会館大ホール)
仏教に造詣が深かった松下眞一が法華経の音楽化を意図し、1975年から3年をかけて第1~3巻を作曲(当初全7巻の構想であったが第4巻以降は未完)。作曲と平行してレコード録音され(佼成出版社)、第3巻は前年度の文化庁芸術祭レコード部門国内盤優秀賞を受賞。これを記念した舞台初演であった(全6楽章のうち第3楽章のみ割愛)。演奏は山田一雄指揮大阪フィルハーモニー交響楽団など総勢409人。大阪音楽大学学生有志が合唱に参加、初演に尽力した

プログラム表紙
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2月25、26日 ローラン・プティバレエ団 関西初公演(フェスティバルホール)
27日:神戸文化ホール 28日:京都会館第一ホール
振付家ローラン・プティ率いる総勢60名の初来日。代表作の《ピンク・フロイド・バレエ》やデュティユー《狼》等を上演。《コッペリア》ではコッペリウス役でプティ自ら舞台に立った

チラシ
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3月1日 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス・バッハ・オーケストラ 関西初公演(フェスティバルホール)
ゲルハルト・ボッセ(Cond・Vn)に率いられての初来日
 

 

 

 

 

4月10日~10月5日 大阪国際フェスティバル フェスティバルホール20周年記念 祝祭シリーズ(フェスティバルホール)
当年は回数を掲げず(実質的には第21回目)、会場であるフェスティバルホールの開場20周年を記念した「祝祭シリーズ」として開催。同ホールの開館記念日である4月10日、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(ヘルベルト・ブロムシュテット指揮)の公演で開幕し、初来日のルドルフ・フィルクスニー(Pf)による10月の閉幕公演まで5演目9公演が行われた。ロリン・マゼール指揮のフランス国立管弦楽団・国立放送合唱団、同じくマゼール率いるクリーブランド管弦楽団が来演。 旧ソ連からアメリカへ亡命したマーク・ゼルツァー(Pf)の初来日公演も話題になった

ロリン・マゼール指揮フランス国立管弦楽団
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(公財)朝日新聞文化財団提供

ルドルフ・フィルクスニー
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(公財)朝日新聞文化財団提供






5月19日 イーストマン・ウインド・アンサンブル 関西初公演(和歌山県民文化会館)
20日:京都会館第一ホール 30日:神戸文化ホール 31日:姫路市文化センター 6月1日:大阪厚生年金会館

京都公演チラシ
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6月22日 アンドレイ・ガヴリーロフ 関西初公演(大阪郵便貯金ホール)

チラシ
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6月30日 貴志康一作品演奏会(甲南高等学校・中学校講堂)
貴志康一の母校である甲南高等学校・中学校の講堂竣工を記念しての演奏会。講堂の一角には貴志の遺品を集めた記念室も新設された。演奏会は関係者のみの公開であったが、朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団、辻久子(Vn)、樋本栄(Sop)が出演。辻はヴァイオリン協奏曲の全曲初演を行った。同校は同年10月に昭和53年度兵庫県文化賞を受賞

演奏会収録によるLP
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9月19日 クリスチャン・ツィメルマン 関西初公演(神戸国際会館大ホール)
20日:京都会館第一ホール 22日:大阪厚生年金会館

チラシ
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10月 大阪府立労働センター(現・エル・おおさか)竣工




10月6日 文化庁芸術祭大阪公演 「オーケストラの夕べ」開催(フェスティバルホール) 1946年に発足し東京のみで開催されてきた文化庁芸術祭が、当年(第33回)から大阪でも開催。主催公演として洋楽、邦楽、洋舞の3演目が行われ、このうち洋楽部門に朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団と石川静(Vn)が参加し「オーケストラの夕べ」を開催した。同出演者は2日、東京・虎ノ門ホールにての文化庁芸術祭開幕祝典にも参加

プログラム表紙
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10月9日 ガルネリ弦楽四重奏団 関西初公演(毎日ホール) 




10月18、19日 二期会関西支部第11回オペラ公演 ニコライ《ウィンザーの陽気な女房たち》関西初演(大阪厚生年金会館大ホール)
手塚幸紀指揮 栗山昌良演出 京都市交響楽団 二期会関西支部合唱団

チラシ
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公演写真
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関西二期会提供







11月6~8日 堺市民オペラ(現・堺シティオペラ) 初公演(堺市民会館大ホール
塩瀬順久指揮 益子務演出 アルモニア・ディ・アルス室内合奏団 堺市民オペラ合唱団
堺市制90周年記念オペラ公演(堺市民劇場第187回公演)として、メノッティ《アマールと夜の訪問者》、プッチーニ《ジャンニ・スキッキ》を上演。6、7日は高校生のための鑑賞会として開催された

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ジャンニ・スキッキ
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堺シティオペラ提供
『堺シティオペラ生誕30年の歩み』より





11月22~24日 現代の波 現代音楽祭 開催(大阪府立労働センター、ラックス・オーディトリアム)
現代音楽を推進してきた大阪楽友協会音楽研究所(辻井英世代表)の創設10周年記念として、3日間にわたり開催。22日は20世紀の作品によるコンサート、23日はテープ・コンサート・講演・シンポジウム、24日は同研究所所員の新作初演が行われた

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1979年
(昭和54年)

1月22日 学長選挙 水川清一を再選



3月1日 楽器博物館『楽器目録』刊行


3月2日 文化センター(現・K号館)地鎮祭
庄内第二校地の建物を「大阪音楽大学文化センター」と命名。水川理事長・学長をはじめ61名が参集し、地鎮祭が執り行われた。本学の教育・研究施設と同時に地域への大学開放に活用する多目的施設をめざし、1~3階部分を第一期工事、4~5階部分を第二期工事とする改修工事を開始した


5月2日 楽器博物館の一般公開開始
年1回、大学祭での一般公開を行っていたが、目録出版を機に「開かれた大学」をめざし、学外の研究者や地域市民のために定期公開を行うこととなった。毎週水曜日の午後1時~4時半であったが、団体の場合は予約により、それ以外も来館可能とした。各種マスコミにも取り上げられ、大きな反響があった(当時点の資料数:邦楽器298点、東洋楽器311点、西洋楽器276点 計875点)


5月8日 菊原初子、人間国宝に認定
菊原初子教員が多年にわたり古典芸能地歌(箏・三絃)の保存、および後継者育成に尽力、その功績が顕著であるとして人間国宝に認定され、東京の国立教育会館で認定式が行われた

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5月13、14日 第2回五月祭「響」
「大音大に望むもの」をテーマに、参加した学生約700名、教員70名が43クラスに分かれてシンポジウムが行われた。学生が日頃感じていることを自由に発言し、討議した

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6月6~9日 韓国・啓明大学校芸術大学へオペラ視察行
1967年の演奏旅行から12年ぶり、本学二度目の公式渡韓。桂直久、永井和子、柿木功の教員3名が啓明大学校芸術大学のオペラ視察のために、韓国・大邱に向かった。同大学の総長、副総長らと会い、両国の音楽事情、両学の交流などについて情報・意見交換を行った。大邱市民会館で同大学主催のヴェルディ《リゴレット》を鑑賞して帰国。啓明大学校は現在、海外提携校の一つである

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6月27日 ヨナ・エットリンガー クラリネット特別講義
公開レッスンを一般にも公開した

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9月18、20日 ローター・ブロダック ピアノ特別講義


9月26日 プーリー・アナビアン サントゥール特別講義

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10月8日 ブルグハルト・シェファー フルート特別講義

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10月12日 大阪音楽大学文化センター(現・K号館)第一期改修工事完了

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10月20日 音楽文化研究所年報第8集『音楽文化1979』刊行
次年度に迎える設立15周年に向けての研究所の発展的計画も見据え、『西日本音楽文化資料』を改題して発行。当年度より、「関西洋楽文化史」を当研究所の継続的機関研究の成果として逐次発表していくこととなった。今号はその第1回で、明治20年以前の洋楽渡来期について考察、発表を行った


10月22日 第2回邦楽演奏会(大阪府立労働センター)
水谷一郎教員の新作《溶明》が初演された。プログラムには「邦楽器と洋楽器の両方の楽器に対して伝統的なものを離れた奏法を用いることにより、両者が互いの音響領域に少しずつ侵入してゆくべく構成した」と作曲者の弁が述べられている

チラシ
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水谷一郎《溶明》─三群の箏と十七絃および弦と打楽器のために─
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10月29日 第23回付属音楽高等学校定期演奏会(毎日ホール)



11月1~4日 大学祭「TUTTI」


11月20日 第22回定期演奏会(フェスティバルホール)
当回の新作は田中邦彦教員の《Omnes gentes…》。エーファ・タナカ・トーマンのラテン語による詩歌“人間讃歌”の一節が核になって作られた、合唱とオーケストラのためのカンタータ

チラシ
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田中邦彦《Omnes gentes…》
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11月29日~12月1日 演奏旅行(淡路島)
淡路市民文化祭にもメインゲストとして演奏


11月30日 音楽学部4回生声楽専攻 オペラ試演会
《カルメン》《トロヴァトーレ》《フィガロの結婚》よりそれぞれ抜粋で上演された。阪上和夫指揮、桂直久演出

フィガロの結婚第2幕より
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12月8日 第13回合唱演奏会(豊中市民会館)


12月18日 第12回吹奏楽演奏会(堺市民会館)
堺市での開催となった。鈴木英明教員の新作《吹奏楽の為のカルマ─Ⅰ・Ⅱ》初演を含む6つの吹奏楽オリジナル曲を演奏

チラシ
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演奏後握手を交わす鈴木英明、指揮者辻井清幸両教員
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1月22日 第1回日本フルートフェスティバルin大阪 開催(御堂会館)
日本フルート協会(1966年設立)の関西部会主催。当フェスティバルは、同協会の関西地方の会員であるオーケストラ団員や学校関係者、及びソリストとして活躍するフルーティスト等が出演する祭典として開催された

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2月28日 ドレスデン十字架合唱団(現・ドレスデン聖十字架合唱団) 関西初公演(フェスティバルホール) 総勢150名という規模で初来日。来日3度目となるドレスデン・フィルハーモニー室内管弦楽団が同行した

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3月8、9日 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団 関西初公演(フェスティバルホール)
10日:神戸文化大ホール
音楽監督であったエド・デ・ワールトに率いられての初来日

神戸公演チラシ
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4月8~23日 第21回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
再来日のクシシトフ・ペンデレツキがNHK交響楽団を指揮し本邦初演を含む自作自演により開幕を飾ったのが話題に。ラファエル・オロスコ(Pf)、ジェームズ・ゴールウェイ(Fl)が来演。イタリアの金管アンサンブルであるペザロ五重奏団が初来日、そしてルドルフ・パウムガルトナー率いるルツェルン祝祭弦楽合奏団が関西初公演(1971年初来日)を行った。当回では特別行事として「バイロイトのワーグナー・フェスティバル100年展」(大阪高島屋5階特別展覧会場)も開催された

ペザロ五重奏団
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(公財)朝日新聞文化財団提供
 
「バイロイトのワーグナー・フェスティバル100年展」ハガキ
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4月28日 リヨン管弦楽団(現・フランス国立リヨン管弦楽団) 関西初公演(大阪厚生年金会館大ホール)
音楽監督であったセルジュ・ボドに率いられての初来日

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6月6日 フランツ・リスト室内管弦楽団 関西初公演(毎日ホール)


6月16~18日 ウィーン・フォルクスオーパー 関西初公演(大阪厚生年金会館大ホール)
総勢250名による初の引越し公演で、メラニー・ホリデイ(Sop)、ワルデマール・クメント(Ten)等が参加。レハール《メリー・ウィドウ》とJ.シュトラウスⅡ世《こうもり》を上演

 

パンフレット表紙
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6月27日 ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団 関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)
28日:京都府立文化芸術会館


6月28日 キングズ・シンガーズ 関西初公演(神戸文化中ホール)
29日:大阪厚生年金会館大ホール

チラシ
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7月11~14日 関西歌劇団・二期会関西支部特別合同公演 プッチーニ《トスカ》(フェスティバルホール)
小澤征爾指揮 栗山昌良演出 大阪フィルハーモニー交響楽団 関西歌劇団合唱部 二期会関西支部合唱団 大阪放送児童合唱団
関西歌劇団創立30周年と二期会関西支部創立15周年を記念しての初の合同公演。小澤征爾の《トスカ》初上演に日本の音楽界が注視した

チラシ
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公演写真
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関西二期会提供


9月1日 森ノ宮ピロティホール 開館
敷地内の森ノ宮遺跡の保存のため特殊梁によるピロティ方式(高床式)を採用し建設。大阪市の施設としては2008年3月末に一旦閉館。2010年に新装オープンし民間企業の運営となった


9月25~27日 英国ロイヤル・オペラ 関西初公演(フェスティバルホール)
音楽監督であったコリン・デイヴィス率いる総勢350名による引越し公演(同劇場のバレエ団は1975年に単独で関西初公演)。モーツァルト《魔笛》、プッチーニ《トスカ》、ブリテン《ピーター・グライムズ》を上演した。フランコ・ゼフィレッリ演出の《トスカ》ではモンセラート・カバリエとホセ・カレーラスの共演に注目が集まった

チラシ・プログラム
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10月5日 ウラジミール・スピヴァコフ 関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)
11日:京都会館第一ホール
5日はリサイタル、11日は京都市交響楽団と共演

チラシ
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11月29日 アルバン・ベルク弦楽四重奏団 関西初公演(毎日ホール)

チラシ
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1980年
(昭和55年)

2月1日 理事長代行に田中喜一

2月26日 水川清一 永眠(79歳)
学長事務取扱に近藤圭

3月5日 故水川清一大学葬(本学ホール)
専務理事久保田藤麿が葬儀委員長を務めた。本学関係者はもとより、各界からの参列者は1500名を超えた。故水川学長・理事長に従四位が追賜される

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3月6日 第3代理事長に久保田藤麿、副理事長に田中喜一就任

3月24日 学長選挙 田中喜一選出

4月1日 第3代学長に田中喜一就任(大学・短大併任)
4月1日 学長補佐永井譲

4月1日 小橋潔に名誉教授の称号

5月18、19日 五月祭

5月23日 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ チェロ特別講義
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチに初の特別名誉教授の称号
大阪国際フェスティバルに出演中のロストロポーヴィチによる公開レッスンを開催。1,000人を超す教員、学生たちがホールの通路、ステージ上を埋めつくした。通訳のヴァイオリニスト佐藤陽子を伴って現れた同氏は3人の学生に、自らピアノを弾きながら、ユーモアを交えて熱い指導を行った。ときおり行われる模範演奏に、ホール全体が感嘆の嘆息に包まれたという。本学初の特別名誉教授の称号を贈り、感謝の意を表した

魅了された模範演奏
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芳名帳に記された同特別名誉教授サイン
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5月27日 常任理事会設置
同日理事会、および評議員会において常任理事会の設置が決定。構成員は理事長、副理事長と常任理事4名


6月9日 ガブリエル・チョドス ピアノ特別講義

6月21日 関西音楽大学協会 第1回アンサンブルの夕べ(大阪厚生年金会館中ホール)
関西音楽大学協会の新たな企画で、各大学のアンサンブル活動にも目を向け、音楽交流を図る目的で開催されることとなった。

6月27日 アンリ・ドゥ・レクリュー クラリネット特別講義

6月27日 ジークリント・クレーマー ピアノ特別講義

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7月 短期大学改革諮問委員会発足

7月19日~8月17日 「アジアの楽器展」に出品(尼崎市総合文化センター)
大学開放事業の一環として、本学楽器博物館のコレクションによる特別展が尼崎総合文化センター・神戸新聞社共催により開催された。120点の邦楽器、中国、朝鮮からトルコに至るアジア諸地域の楽器340点を出品し、図録編集や展示プランの監修にあたった。会期中、本学教員の講演、演奏も行った

​​チラシ
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​​ テープカット
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7月30日 大阪音楽大学「文化センター」を「水川記念館」(現・K号館)と改称


8月 中庭造園工事
田中新学長の「音楽という情緒豊かな教育を行う本学に緑が少なすぎる」との声を受け、大規模な造園工事が行われ、現在の中庭の姿となった

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9月18日 水川記念館第二期工事完成、同館内に楽器博物館、音楽文化研究所を配設

9月24日 第2回TUTTIコンサート オペラ《愛の妙薬》
専攻、学年の垣根を越えて、みんなで一つのものを創り上げたいとの学生たちの自発的な意志から、4年生が中心となり、4月にアンサンブルのコンサートを開催。それに続く第2回としてオペラ上演を行った。このとき大学院生であった指揮者高橋徹をはじめ、この公演に関わった学生たちの中に、のちに本学教員となる顔ぶれが多数見受けられる。一時中断もあったが、これが現在毎年続けられているTUTTIオペラの第1回公演である

練習風景
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公演写真
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キャスト・スタッフ
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集合写真
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9月26日 ローター・ブロダック ピアノ特別講義

9月27日 クラウス・シュトール コントラバス特別講義

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10月13日 中国音楽家代表団視察
中国音楽家協会主席の呂驥氏を団長に、計3名の代表団が中国領事館の随行員とともに本学の各施設を視察

握手を交わす田中学長と呂団長
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井野辺館長が楽器博物館を案内
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10月15日 水川記念館開館、完成披露
65回目の創立記念日に合わせて開館。4階若人広場に各界から600名を招待し、完成披露式を行った。のちに館内各所でデモンストレーションを交えて、施設の機能、特性を紹介。2階ロビーにおいて創立65周年と記念館完成を祝うパーティーが催された

外観写真
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 挨拶をする田中喜一学長
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10月17日 ヘルムート・ドイチュ ピアノ特別講義

10月22日 第3回邦楽演奏会(大阪厚生年金会館中ホール)
田島亘教員の新作《尺八と箏と打楽器のための小協奏曲》初演、2月に逝去した水川前学長への追悼の意味を込め、合唱が参加して《日蓮》などを演奏

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 宮城道雄《日蓮》
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10月27日 第24回付属音楽高等学校定期演奏会(毎日ホール)
今年度末での閉校ということで、今回が高等学校最後の定期演奏会となった。在校生の演奏に続き、大学在学中の卒業生、教員も加わり、ヴィヴァルディ《四季》より「冬」、初代学長永井幸次の作品より《春の海》《郊外散歩》《菊》(水谷一郎編曲)、高田三郎《心の四季》などを演奏し、音楽高校33年の有終の美を飾った

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10月31日~11月4日 大学祭「響応(こだま)─2307人の響き─」
最終日の4日には「水川記念館オープン記念祭」と題して、記念館の各教室において様々な演奏が行われた


11月5日 中国文化省文学芸術研究院代表団視察
10月に続き、中国から二度目の視察団が本学を訪問。白鷹団長はじめ、8名の代表団員が水川記念館などを視察した

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11月14日 ブルーノ・サイドルホッファー 特別講義

11月19日 第23回定期演奏会(フェスティバルホール)
当回では教員による新作初演はなく、フォーレとサン=サーンスという、フランス音楽による定期演奏会となった。《レクイエム》を演奏し、亡き水川前学長への哀悼の意を捧げた

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フォーレ《レクイエム》
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11月19日 サンガム・インドミュージック・グループ 楽理特別講義

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11月24~28日 演奏旅行(鳥取、岡山県)

11月25日 ニコーレ・ビッキーホルダー ピアノ特別講義

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12月6日 第14回合唱演奏会(豊中市民会館)
学生による指揮や、初の試みとして約80名の副科オーケストラが出演するなど、前回までになかった演奏会となった

12月23日 第13回吹奏楽演奏会(森ノ宮ピロティホール)
大阪市での開催。田中邦彦教員の《ピアノと打楽器群と管楽器群の協奏曲》初演や、リムスキー=コルサコフの大曲、交響組曲《シェエラザード》に挑んだ

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リムスキー=コルサコフ《シェラザード》
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2月4日 カナディアン・ブラス・アンサンブル(現・カナディアン・ブラス) 関西初公演(毎日ホール)
5日:神戸文化中ホール 6日:京都会館第二ホール

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3月18日 ケルン放送交響楽団(現・ケルンWDR交響楽団) 関西初公演(フェスティバルホール)
24日:京都会館第一ホール 25日:神戸文化ホール
首席指揮者であった若杉弘に率いられての初来日

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3月29日 メロス弦楽四重奏団 関西初公演(京都会館第二ホール)
31日:大阪厚生年金会館中ホール
同団は1978年に初来日。当公演が関西初となった

プログラムより
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4月7日~27日 第22回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
初来日のワシントン・ナショナル交響楽団の公演で開幕。ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの指揮でロシア・プロ等を披露し、アレクシス・ワイセンベルク(Pf)が共演した。4年ぶりとなったフェスティバル能や、サルバトーレ・アッカルド(Vn)のリサイタルも開催。閉幕公演として関西初登場となったセルジュ・チェリビダッケがロンドン交響楽団を指揮し大きな話題に。翌5月22~26日には特別公演として再びロストロポーヴィチが来演。小泉和裕指揮の大阪フィル、夫人のガリーナ・ヴィシネフスカヤ(Sop)や娘のエレーナ・ロストロポーヴィチ(Pf)と精力的な4夜の公演を行った

ワシントン・ナショナル交響楽団を指揮するロストロポーヴィチ

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(公財)朝日新聞文化財団・(株)朝日ビルディング提供『永遠の響き~フェスティバルホールの半世紀』より

セルジュ・チェリビダッケ
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(公財)朝日新聞文化財団提供



4月12日~5月2日 大阪フィルハーモニー交響楽団 カナダ・北米公演
同団初の欧州公演から5年ぶりとなる海外遠征。朝比奈隆と秋山和慶の両指揮者に率いられカナダ、北米にて全17回の演奏会を行った。潮田益子(Vn)と弘中孝(Pf)がソリストとして同行

プログラム表紙
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5月12日~10月24日 朝比奈隆 ブルックナー交響曲シリーズ開催(東京カテドラル聖マリア大聖堂)
ブルックナーの交響曲を豊かな響きの会場で演奏するという趣旨で企画された全5回のシリーズで、梶本音楽事務所と日本ブルックナー協会が共催。同協会の会長であった朝比奈隆が在京オケ4団体と手兵の大阪フィルハーモニー交響楽団を振り分け、満員の聴衆を熱狂させた。大阪フィルとは10月24日に《第8番》を演奏。1983年9月、再び朝比奈は大阪フィルと共に同聖堂でブルックナー連続演奏会を開催している

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昭和55年12月1日 関西音楽新聞



6月2日 ゲリー・カー 関西初公演(千里協栄生命ホール)

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6月4日 スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団 関西初公演(近江八幡市文化会館)
11日:フェスティバルホール
ズデニェック・コシュラー、ラディスラフ・スロヴァークの両指揮者に率いられての初来日であった。当80年代より、欧米のメジャー楽団以外のローカル的なオーケストラの来日が増加してゆく

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6月24日 ミハイル・プレトニョフ 関西初公演(大阪厚生年金会館中ホール)

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10月7日 モーツァルト室内管弦楽団 モーツァルト交響曲全曲連続演奏開始
門良一の指揮により全74曲(交響曲形式の序曲、セレナーデの抜粋による交響曲や偽作等も含む)を演奏する企画であった。関西の9ヶ所の会場を使用し1986年11月に完結。単独の演奏団体としては日本初の試みで